勇者の本音を聞いてみた
ユウガはミカナの乗った馬車が見えなくなるまで、その場から動こうとしなかった。
……そんな、今生の別れみたいな雰囲気出されてもな。
お前が半ば強制的に送り出したんじゃねーのかっていうツッコミはした方が良いのかね。
……セシリアの意見を聞くか、メモ帳にペン先をとんとんしている騎士団長はほっとこう。
「セシリア、ユウガにツッコミは必要かな」
「……まず、家に上がらせてもらっていることを伝えるのが先かと。話はその後ですね」
俺とセシリアはそこそこ冷静だった、もう慣れてしまったのだろうか。
それともこういった状況は結婚前のカップルからしてみたら、普通なんだろうか、謎だ。
その辺は隣で同棲計画を現在進行形で練っているレイヴンに聞けば少しは分かるのかね。
「あれ、三人ともどうして家に……あっ、セシリアとレイヴン。ちょうど良かった。実は二人に贈った結婚式の招待状なんだけど、不備があったみたいで」
「今、それなのか……」
頭の中は結婚式でいっぱいなんだなと思いつつ、ユウガに家に来た理由を説明した。
ミカナか不安になっていたと、ユウガに無理させているんじゃないか心配していたと力を込めて説明する。
「……とまあ、そんな感じでミカナなりに葛藤していたわけだが」
「ミカナがそんなに悩んでいたなんて! 直ぐに謝らなきゃ……」
「レイヴン。ユウガに聖剣を使わせるな!」
早速、飛んで行こうとしたのか聖剣に手をかけようとしたので、レイヴンに止めてもらう。
男子禁制なんだろ、採寸してんだろ、楽しみにしてんだろ、我慢しろよ。
レイヴンによって羽交い締めにされるも、じたばたしている。
ここはセシリアの出番だな。
「セシリア、よろしく」
「はい。……勇者様、ミカナはようやく決心がついたばかりです。気持ちの整理がようやくついたところで気苦労をかけるのは、同じ女性としてはあまり良く思えない行為ですね」
「うっ」
「……恋人は大切にした方が良いぞ」
「レイヴンまで……」
「俺からは特にない」
「それはそれで酷くない!?」
いやだって、共に旅をした仲間の言葉で充分だろうよ。
結婚相手もその仲間だし、そこに俺の言葉はいらんさ。
「でも、ミカナがそんなに悩んでいたなんて……本当に申し訳ないことをしたよ。ミカナのために何かしないと」
「そっとして置くべきではないでしょうか。ミカナも疲れるでしょうし」
「大丈夫。ミカナの好きそうな小物を買ってくるだけだからさ。この前、デートしている時に欲しそうにしていたから」
「そ、そうなんですか。ミカナのこと、見ている時は見ているんですね……」
なんだろう、セシリアが一瞬俺を見た気がする。
俺ってそういう細かいところの気配りできていなかったっけ。
……意識的にやっていなかった気もする、不味い。
「……ユウガ、ミカナとデートなんてしていたのか。見かけた試しがないんだが」
「うん。人に囲まれたらミカナが疲れるでしょ。僕のせいでミカナを大変な目に合わせてたって気づいたからさ。デートをする時は川に釣りに行ったり、山に行って動物を観察したりが多いんだ。あとは辺境の町に行ったりするかな。ミネルバよりは騒ぎにならないから。もちろん、泊まりがけになっちゃうけど。そこはお互い忙しい中、予定を合わせてるからさ」
「泊まりで旅行、二人きりで……だと」
レイヴンのペンを持つ手が震えている。
そういえば、レイヴンとハピネスって二人で旅行に行ったことないのか。
俺がいたり、騎士団の面々がいたりするもんな。
「俺はあ……うーん」
「ヨウキもあるのか!?」
「いや、あれは数に入れて良いのか……?」
二人で依頼を受けて遺跡探索に行ったけど、あれは黒雷の魔剣士としてだからな。
ノーカウントかね……ちらりと視線をセシリアに向けると首を横に振っていた、ノーカウントだな。
「いや、ないな」
「……考えたということは二人きりで旅行に近いことはしたと。すまない、ハピネス……」
レイヴンががっくりと項垂れてしまった。
……まさか、ユウガがここまでの進化を遂げているとは。
セシリアから感じた視線を考えると俺の立場も危ういんだけど。
「レイヴンもセシリアもどうしたのかな、ヨウキくん。僕、変なこと言った?」
「いや……誰もがお前の成長に驚いているだけだ。あと、俺は危機感を感じている」
「何に危機感を……って、ヨウキくんは僕に心配されるほどの人じゃないよね。いつも心配をかけていたのは僕だったみたいだし。僕が成長したように見えるなら……それはミカナのおかげだよ」
「自分でも成長を感じる部分はあると思うけどな……」
聖剣の隠された力が解放されたのもそうだし。
「うーん、どうだろ。今は自分の成長を感じている暇があったら、動きたいんだよね。やることが山積みだからさ。ミカナと一緒に……」
「よし、セシリア、レイヴン、帰ろう。こいつらはもう全く心配する必要はないっ!」
これ以上いたら、惚気を聞かされて終了である。
元々はミカナが結婚に不安だと言うから、話を聞きに来たのが目的だった。
今では不安が晴れたどころか、顔を真っ赤にし花嫁衣装について考えていることだろう、全く、人騒がせなカップルだ。
未だにぶつぶつ言いながら考え事をしている二人の腕を掴んで玄関に向かう。
「もう帰るんだ、またね、ヨウキくん、セシリア、レイヴン。日時が決まったら、改めて招待状贈るね」
「招待状だけな、確認のためにお前も来なくて良いから」
それだけ言い残して俺たちはユウガ、ミカナの愛の巣から脱出した。
「……なんか、俺たちが行かなくても良かった気がするな」
「そうですね。今の勇者様はミカナのことを考えて行動しているように見えます。暴走がちにも見えますが、最終的には目的地にたどり着くでしょうね」
「そうだよな、勇者だし元々持ってるものは持ってる。自分とミカナの幸せを考えて突っ走って……婚約、同棲、結婚。その後はなんだ?」
ユウガは結婚後の計画も立てているのだろうか。
結婚したからとはいえ、あの熱が冷めるとは思えない……新婚旅行で世界一週とかやりそうだが。
今は無事に結婚式が終わることを祈る方が先か。
目先の問題もあるんだよ、隣にいるメモ剣士。
「おい、頭から煙出てんぞ。しゃんとしろ!」
「……ああ、すまない。俺はなんて恋人に冷たい男だろうと考えていた。二つ名もそんな感じだったんだ……世間の目は正しいな。目を閉じると温かい家庭どころか冷えきった生活を強いている自分が……」
「いないから! 安心しろって、レイヴンは充分頑張ってるから。ハピネスは幸せだ」
「……旅行の計画も満足に立てられない、仲間を見てようやく気づくようなざまでか?」
ミカナが解決したと思ったら、今度はレイヴンかよ。
ハピネスは口数少ないが顔にも言葉にも感情が出る。
最近の様子を見る限り、不満を抱いているような節はない、考えすぎだ。
人は人なんだから、これからゆっくりと予定を立てていけば良いだろ。
セシリアもびしっとレイヴンに一言言ってくれないかね、ちらっと横目で合図を……。
「大丈夫ですよ、レイヴンさん」
さすがセシリア、俺の想いが伝わったようだ。
女神のような優しい微笑みを浮かべてレイヴンを励ます。
「私も……ギルドの依頼以外で、ヨウキさんと二人きりという形で旅行に出掛けたことはありませんから」
俺に矢が飛んで来た、ぐさりと深くささる、強烈なダメージだ。
大体、いつも出かける時は誰かがいる。
最近だと子ども三人でピクニック、今度は二人で来ようと話した。
今度っていつなんだろうな、俺から予定を立てる気はないのか、レイヴンのこと励ましている余裕あるのか、おい。
……ミカナを励ましに行ったはずなのに、俺たち三人の方が不安を覚えてしまったらしい。
どうしてこうなった。




