友人の後押しをしてみた
どうやらハピネスとの出会いは、俺とレイヴン以外の勇者パーティーが大騒動を起こした日だったようだ。
レイヴンは騎士団長を勤めているが、言葉でのコミュニケーションがとれないことから王都の見回りを一人でやっているらしい。
その日は問題がたびたび起こる、路地裏を中心に見回りをしていたようだ。
「……ふう。異常なしか」
そして、違う場所の見回りに向かおうとしたが、チンピラの声が聞こえたらしい。
声が聞こえた場所に向かった所、メイド服を着たハピネスがチンピラにからまれていたようだ。
チンピラを軽く蹴散らして、いつものように去ろうとしたんだそうだ。
「……」
だが、ハピネスに服の袖を掴まれたので、立ち止まると。
「……ども」
とても小さな声で礼を言われたらしい。
「……仕事だからな」
いつもなら、礼を言われても頭を下げる程度で済ませていたレイヴンだったが、つい、言葉を発してしまったのだ。
しまったと思った時にはすでに遅く、ハピネスは目を見開いていたらしい。
また、馬鹿にされてしまうと思ったレイヴンだったが。
「……良い声」
ハピネスはそう言ったようだ。
レイヴンは馬鹿にされることはあれど、褒められたことはなかった。
だから、不思議に思い、さらに質問をしてしまう。
「……俺の声を聞いて馬鹿にしないのか?こんななりでこの声だぞ……」
つい聞いてしまったレイヴン。
俺も馬鹿にはしなかったが、別に褒めもしなかったからな。
「……羨ましい」
「……え?」
まだ、話し足りなかったレイヴンだが、そのまま走り去っていってしまったらしい。
レイヴンもまだ、見回りの仕事があったので追いかけることができなかったようだ。
そして、ハピネスことが忘れられずメイド服を着ていたことから、どこかの使用人だと気づき調べたらしい。
そして、俺に相談、後押しされ、告白をして現在に至ると。
「……もう、いいか?」
話終えたレイヴンは非常に疲れたような顔をしている。
レイヴンが、ではなくハピネスが先に興味を持ったような気がするな。
……友達からとかならいけるのではないだろうか?
とりあえず、放っておいたらキノコが生えてきてしまう気がするのでレイヴンを連れ出すことにしよう。
デュークのところにでも行ってハピネスの情報を聞かせてやるか。
「レイヴン、外に出よう。そのメイドの知り合いを俺は知っているから会いに行くぞ」
まあ、俺も知り合いだけどな。
最初は渋ったレイヴンだが、半ば強引に引きずるようにしてデュークを探しに行った。
先程、セシリアの家で解散したので、宿かギルドのどちらかに戻っているだろうと思い、ギルドに行くと、案の定、デュークはいた。
「あれ? 隊長、用があるんじゃ……そいつがハピネスに告白したっていう奴っすか?」
レイヴンに気づいたデュークがじろじろと見てくる。
まあ、デュークにとってハピネスは仲間みたいなものだからな。
悪い男に好かれてないか確かめているのだろう。
何だかんだで、仲間思いで義理堅い奴だからなぁ。
「……ヨウキ、こいつが彼女の知り合いか? ……というか隊長って何だ?」
レイヴンが小声で聞いてくる。
「俺のあだ名みたいなもんだ。それよりも……」
ギルドの皆がレイヴンに気づいて騒ぎになってきた。大騒動に発展するのはごめんだな。
「二人共、場所を変えるぞ」
二人の腕を掴み、全力疾走で俺が借りてる宿に向かった。
「隊長走るの速いっすよ〜」
「……同感だ」
騒ぎになる前に急いで宿に向かいたどり着いたというのに、どうやら全力を出してしまったので二人には少し辛かったようだ。
つい、少し本気を出してしまったが、この二人も鍛えているので、そこまで苦ではなかっただろう。
それよりも……。
「レイヴン、声……」
レイヴンは気づいたのか口を押さえる。
近くにデュークがいただろうに。
デュークは声のことを気にしてないのかどうしたんすか?
と言っているので、事情を説明した。
「別にそれぐらい気にしないっすよ。……で、あんたっすね? ハピネスが好きとか言っている奴は」
「……ああ」
少し間をおいて答えるレイヴン。
なんだ、このピリピリした感じの空気は。
この二人、何の因縁もないだろう。
「ハピネスは仲間だったっす。彼女は男にトラウマを抱えてるっすよ。あんた、そんなハピネスを癒すことできるっすか?」
人間じゃなく男にしたのか。
まあ、ハピネスはセシリアやソフィアさんには全然怯えたりしなかったもんな。
「……わからない」
少し間をおいて出した回答だ。
まだ、会って日が浅いので仕方ないとは思うが。
それじゃあ駄目だろう。
「はあ? そこはかっこよく、俺が癒すって言う所っすよ。あんた、とんだヘタレっすねぇ。そんなんだからハピネスに告白してもフラれるんすよ」
「……何だと」
デュークの言葉がカチンときたのか、腰の鞘に納めてある剣に手をかけるレイヴン。
「やるっすかぁ? 勇者パーティーだか何だか知らないっすけど負けないっすよ」
デュークも鞘から剣を抜こうと構える。
……こいつら馬鹿なんじゃないだろうか?
今いる場所は俺が借りてる宿の一室で六人も入ればいっぱいになるような部屋だ。
こんな所で切り合いを始めればしゃれにならない事態になることは目に見えている。
さすがに宿を追い出されるのは嫌なので二人を止める。
「お前等落ち着け。ケンカするならよそでやれ! というか今日はこんなことするために集まったわけじゃないだろ」
今日はレイヴンのためにデュークの所に連れてきたのに何故こんなことになっているんだ。
俺の必死の説得により、二人共剣から手を離す。
まだ、お互いを睨んでいるようだが。
「……ふぅ。馬鹿馬鹿しいっすね。隊長の言葉に免じて決着は今度つけるっすよ」
「……ああ」
双方、なんとか納得できたらしい。
これで宿を追い出されずにすむな。
「さて、ハピネスの話に戻るっすよ。あんたはハピネスを癒せるかわからないと言ったっすね。そんなんじゃ駄目っすよ」
「……ああ」
これはその通りだ。
レイヴンも冷静になったのか、自分が駄目だと自覚したようだ。
「まずは友達から始めて、ハピネスのことを少しずつ理解していけばいいと思うっすよ」
さすが、デュークだな。
的確なアドバイスをレイヴンにしている。
レイヴンも納得しているのか、こくこく頷いているな。
俺は完全に空気になっているけどな。
時には笑い、時には言い合いになるということを繰り返す二人。
完全に二人の熱い世界に入ってしまっている。
一人仲間外れになった俺はただ二人を傍観していることしかできなかった。
数十分ほど経ち、ようやく二人の会話に終止符がうたれたようだ。
「男見せるっすよ。頑張ってハピネスに気持ちを伝えるっす」
「……ああ、今なら行ける!」
がしっと握手を交わす二人。
正直何故こうなったのかわからない。
この二人こんなキャラだったか?
恋愛は人や魔族の心まで変えてしまうだろうか。
……何を言っているんだ俺は?
二人はそのままの勢いでアクアレイン家の屋敷に向かって行く。
俺も最終的にどうなるのか知りたいので着いて行く。
屋敷に着くと、ちょうど門の前を掃除しているハピネスがいた。
デュークに後押しされ近づいていくレイヴン。
ハピネスはこちらに気づいたようで、一旦掃除をやめて立ち止まる。
「……友達になろう」
余りの恥ずかしさからか、顔を紅くし、がちがちに緊張したレイヴンがか細い声を振り絞り言った。
ハピネスの返事はというと。
「……友達なら」
その言葉の後、互いに無言が続く。
そして、二人の顔が真っ赤になり、ハピネスは屋敷に、レイヴンは来た道を同時に全力疾走していった。
残ったのは満足しているデュークと呆然としている俺だった。
まあ、レイヴンも少しは満足できただろうし、ハピネスもこれで、人間の男になれてくれればいいんだがな。
後日聞いた話だが、セシリアがそれとなく、ハピネスを説得していたらしい。
ハピネスにしては簡単に承諾したと思ったらセシリアも協力してくれていたようだ。
まあ、ハピネスもまったく渋っていたわけじゃかったようなので、無理矢理ではないらしい。
やはり、声に惹かれた部分があったようだ。
是非、これからは内面も見てやってほしいものだが。
ちなみに、今度はデュークがレイヴンに連れていかれた。
後日、本当に剣を交えたらしい。
さすがのデュークもレイヴンには勝てなかったが、中々良い勝負をしたようだ。そのまま、騎士団長の権限を使い、スカウトというわけだ。
だが、これでまさかのシークと二人きりの宿生活が始まるということになってしまった俺である。
「隊長〜遊んで〜」
シークが俺の体に引っ付いてくる。
「ええい、放せ。俺は依頼があるんだ。ハピネスー、デューク。戻ってきてくれー!」
俺一人でシークのお守りをしなければならないという最悪な展開になってしまった。




