人魚の悩みを聞いてみた
「ここは……綺麗な場所。町からそんなに離れていないですよね。まさか、こんな大きな町にこんな場所があるなんて」
「お、おう。ここならあまり人も来ないし俺も見張ってるからさ。遠慮なく水浴びをしてくれ」
実はここ、マッスルパティシエ、アンドレイさんが使ってる筋肉トレーニング後に使っている水風呂なんだけど。
パティシエの腕じゃなくて、筋肉を磨いていた時代に空き家を買って改造したそうな。
ミネルバの都心から離れており、立地の悪さもあるのだが、昼夜関係なくふんっ、ふんっ、ふんっ……と気合いのこもった声が聞こえるということで周辺にいた数少ない住民はお引っ越ししていったとか。
今でもアンドレイさんは利用しているわけだけど今はパティシエとして、アミィさんと働いているからな。
緊急事態だし、使わせてもらっても大丈夫だろう。
男の汗を流す場所が今ではシケちゃんの癒しになっている。
……なんかごめん、シケちゃん。
心の中で謝罪をする、外で誰も来ないか見張ってるから許してくれ。
女の子のシャワーシーンを見るなんてユウガクラスの力がないと……まあ、見る気はない。
シケちゃんの魅力がどうこうというわけではなく、俺には好きな人がいるからな。
「……この状況は大丈夫なのか?」
二人で人気のない建物に行き、女の子が水浴びをしている。
……駄目だ、弁明の余地がない、勘違いとか言っても信じてもらえないぞ。
相手がシケちゃんだから大丈夫……なんて通用するかね。
セシリアなら許してくれる、それは甘えだ。
付き合っているという自覚があるなら、他の女性と二人きりで行動はしちゃいけないんだ。
「ヨウキさん……? あ、上がりましたけど」
「うん、あ、ああ」
考え事をしていたら、出てきたシケちゃんに気づかなかった。
顔色も戻っている、本当に回復したようだ。
「すみません、ありがとうございました。やっぱり、水に浸かっていない生活に慣れなくて」
「あ、そうか。そうだよね」
普段は海の中で自由に泳いで暮らしているんだもんな。
足も魔法でごまかしているわけで、本物じゃない。
色々と不都合があるのだろう、観光だけでも苦労しているな。
「ミサキは段々と慣れてきたって言うんですけど、私は全然慣れなくて……どうしてなんだろうって。せっかく、ここまで来たのに。走ったりするだけで気持ち悪くなるんです。こんなんじゃ駄目なのに……」
「ダメって……」
「私、メモ剣士さんが忘れられなくて、手紙を書いたんです。最初は感謝の気持ちだけを書こうと思って筆を取りました……だけど、気がついたら胸の中が熱くなる感じがして、苦しくなったんです。これで良いのかなって、私……最低ですよね、ハピネスさんのことも知っているんです」
二人の関係を知っている上で気持ちを押さえきれないということか。
まあ、あの二人はシケちゃんを助けたから頃から雰囲気は良かったからな。
別れ際にハピネスと話していたし、そこでも何か聞いていたんだろう。
レイヴンに恋をしてしまったことに罪悪感を感じているということか。
「シケちゃんがレイヴンを好きになったことはそんなに悪いことなのか。俺はそうは思わないけどな」
好きになるなんて仕方ないことだ。
セシリアに恋人がいたら、俺は諦めていただろうか……と考えると複雑だが。
本当に好きなら相手が幸せになれる選択を応援するべきかもしれない。
だが、そんな理屈で自分の気持ちを抑えられるかと言えばそうじゃない。
「気を遣う必要はない、シケちゃんが思った通りの選択をするんだ……どうしたら良いかわからないと思っても、自分自身と相談して決めなさい……」
こんな風に語ってる俺は何様なのだろうか。
偉そうなことを言ってるが、お前も悩みまくっていたじゃねーかという話である。
まあ、こんな俺の言葉にシケちゃんは目を見開いて何かを考えているご様子。
レイヴンとハピネス、シケちゃんの三角関係がどう転ぶのか、俺のこの行動が一体、何をもたらすのか。
「……ありがとうごさいます。少し、気が楽になりました。考えてみます、私。自分はどうしたいのか」
「そっか」
「ヨウキさん、ありがとうございました」
お礼を言うとシケちゃんは去っていった。
悩みは消えてないだろうが、少しだけ迷いがなくなったのか、背筋がぴんと伸びていたな。
結果的に背中を押してしまったような気がする。
カイウスとセシリアに相談した意味がこれでは……俺の行動は余計だったかもなぁ。
「やあ、ヨウキくん」
肩を落としている俺に声をかけてきたのは、棺桶を背負った恋のキューピッドだった。
タイミング良いな……もしかしてつけられていたのだろうか。
「はっはっは。そう不安そうな顔をしないでくれよ。たまたま君たちが人気のない場所に入っていったからね。これは不味いんじゃないかと思って、後をつけたのさ」
「不味いって、何が?」
「おやおや……君には大切な恋人がいるだろう。それなのに女性と二人きりで町を歩き、誰もいない建物に入る。これは良くないね」
「あっ!」
カイウスに言われて思う、確かにそうだ。
俺とセシリアはもう仲の良い友人関係じゃない。
いくらほっとけないとかそういう理由があるからって、勘違いされるような行為はさけるべきだ。
「理由があっての行動なら仕方ないさ。ただ、ヨウキくんは自覚をした方が良い。もし、恋人という存在を友人の延長なんて考えていたら……」
「か、考えていたら?」
どうなってしまうのか、早く言ってくれよ、ためるなよ。
「まあ、ヨウキくんはそんなこと考えていないだろうから大丈夫かな」
ずるっとこけた、ためておいてなんだよそれ。
地面に転がっていると、棺桶から札が見える。
カイウスの彼女さんだな……バツ印の札だ。
カイウスも札に気づいたらしいが、これは何に対してのバツなんだろう。
「おやおや、残念ながらヨウキくん。私の恋人は君に対してバツ印をプレゼントしたいようだよ」
「えっ、俺!? シケちゃんと二人きりになったのが不味かったのはわかったけど……」
俺の言い分への返答はやはりバツ印の札である。
どういうことなのか、他に何かよろしくない行動をしただろうか。
カイウスは棺桶に向かって語りかけている、彼女さんと話しているようだ、相変わらずカイウスの声が微かにしか聞こえない。
「ふんふん、なるほどね。……ヨウキくん、頑張りたまえよ。我が愛しの恋人からの評価は低いようだからね」
「えっ、だから理由は……」
「そこは自分で考えろということらしいよ。まあ、悩みがあれば私の所にきたまえ。恋のキューピッドはヨウキくんのような迷える者の味方さ」
「ははは……今後もよろしく頼みます」
情けない話だがまだまだ俺には課題がありそうだ。
「ああ、人魚の彼女への助言は的確だったな。私もヨウキくんと同意見でね。聞いていて、ヨウキくんなら恋のキューピッド二代目になれると頭によぎったくらいさ」
「そ、そうかな」
都市伝説にまでなっている恋のキューピッドにそこまで言ってもらえるとは。
路頭に困れば職業変更も選択肢の一つにいれても良いかも……。
だけど、そこまで言ってもらえる程の実力が本当にあるならさ。
「何故、ここまで助言できるのに自分の恋愛は上手くいかないのだろうか……」
自分に自分の相談が出来ないのはわかっているけどさ。
「おやおや……そこに繋がってしまうのかい。それでは二代目になれないね。じっくりと考えると良い。ヨウキくんはまだ若いのだから」
俺の疑問は初代恋のキューピッドならわかるのか。
二代目になる予定は今のところないけど、考えるべきことなのだろう。
俺の意識や行動をなど、問題が発覚したおかげでこれからの生活をどうすべきかが見えてくる。
……俺、精神的には若くないんだけどな。
「さて、私はそろそろ自分の城に帰ろうかな。もしかしたら、恋に迷う者が私を求めて城に来ているのかもしれないからね」
「あ、そうだな。カイウスも忙しい身だもんな。今回は助かったよ。まだ、どう転ぶかわからないけどさ」
正直な話、頼りになるカイウスには解決するまでいてもらいたかったんだけど。
カイウスに相談したい人は沢山いるんだよな、例によって俺もその一人なわけだし。
「もし、何かあれば直ぐに連絡したまえ。出張恋愛相談、いつでも承ろう。では、さらばだ少年!」
「少年じゃないって……」
俺の声は小さくなっていくカイウスには聞こえなかった。
次に会う時は呼び方戻ってるな、これ……。
こうして、棺桶を背負った吸血鬼で恋のキューピッドなカイウスは帰っていった。
翌日、カイウスの助けが欲しくなるような、出来事が早速起きてしまうなんてな……。