友人と元部下と人魚を尾行してみた
「えっ、修羅場……?」
話をつけてきたのかと思いきや、連れてきちゃったのかよ。
あれで良いのか騎士団長と叫びたい。
雰囲気は和やかに見えるけど、腹の中では何を考えているかわからないからな。
どんな話をしてこんな結果になったのか知らないが、状況は良くないような気がするぞ。
「おやおや、遅かったかな」
「いいえ、そんなことはありませんよ。ハピネスちゃんのためにもはっきりさせるべきです。ヨウキさんとカイウスさんはここで待っていて下さい。私が偶然を装って、直談判してきます」
「えっ、セシリア!?」
止める間もなく、単身レイヴンの元へと突っ込んでいった。
今日は随分と行動が早いな、いつもは俺が止められているくらいで、慎重なはずなんだけど。
絡んでいるのがレイヴンとハピネスってこともあるのかね。
腕を組み、悩んでいるとカイウスが声をかけてきた。
「どうかしたかな、少年」
「だから、俺は少年って年じゃないっての。前にも言ったろ」
「これは、失礼。では、翼を持つ者と呼ばせてもらおうか」
「おい、その呼び方俺の正体に直結するだろ。普通にヨウキで良いよ」
翼を持つ者なんて公共の場で連呼されたら、悪目立ちするわ。
棺桶からもバツの札がこっそりと出された、彼女さんの意見も聞いてくれ。
俺の視線でバツの札に気づくと、カイウスは棺桶を三回叩いた。
「わかった、これからはヨウキくんと呼ばせてもらうよ」
「ああ。ちなみに棺桶を叩いた意味は何だったんだ?」
「三回は感謝を伝える時さ」
「……そうか」
他にも彼女さんと決めた伝達方法があるんだろうけど、詳細は後程聞こう。
「ところで、君の彼女は随分とせっかちなんだね。深く考えずに走っていくとは。私の読みだと、先走るヨウキくんを彼女が止める……というものだと思っていたんだがね。私とのやり取りで思ったが、君の彼女はとても他者への思いやりが強く、的を得た発言も多い。それでいて、冷静に相手の言動も見抜いていて、そこから会話の組み立てをしているように見える」
「セシリアってそんな風に考えて、人と接しているのかな。あれは素だと思うんだけど」
「……素だというのなら、今の君の彼女の行動はどうなんだろうね。」
「うーん、普段と少し違うかもしれない」
「彼女の焦りに似たものは何が原因なんだろうね。身内が関連していることだからか、自分たちにも降りかかるかもしれないことに対する不安からか……まあ、あの様子だと止めに入った方が良いと思うよ、見たまえ」
視線をレイヴンたちに向けるともうセシリアが三人に接触していた。
セシリアの剣幕に押されてレイヴンが小さく見える。
まるで三股がばれて本命の彼女に浮気現場を目撃され、説教を受ける男のようだ。
そう見える……セシリアが本命……いやいやいや。
「俺がセシリアの本命だあぁぁぁぁぁー」
「そうそう。いってらっしゃい」
カイウスに見送られて俺は走り出した。
暴走しているんじゃない、俺は俺の思うがままに行動しているだけだ。
この先に何が待っているのかわからないけど……本能に従って。
「ドロップキックだ!」
「……ぐふっ!?」
レイヴンが軽く吹っ飛んだ、セシリアは目を丸くしていた、シケちゃんは吹っ飛んだレイヴンを目で追っていた、そして、ハピネスは冷静に俺の腹にパンチをしてきた。
結果、男二人はその場でうずくまるという光景が出来上がった。
これが俺の望んだことなのかは定かでないが、まあ、良いかなって思う。
「えっ、何でこんなことになっているのですか。メモ剣士さんがいきなり襲われて……って、あれ? あなたはあの時に助けてくれたメモ剣士さんの仲間」
「ヨウキさん……」
シケちゃんはこの雰囲気に慣れていないからか、少し動揺中。
セシリアからか、またやってしまいましたかとため息をついている。
俺は後悔していない、今のレイヴンにはドロップキックすら生温い。
「よし、次は関節技を決めてやる……うこぉっ!?」
拳をポキポキと鳴らしながら、レイヴンに歩み寄ると、また腹パンがとんできた、しかも二発。
動揺していたはずのシケちゃんまで拳を振りかぶったようだ。
レイヴンの隣に俺も仲良く寝そべる形になり、沈黙。
「レイヴン」
「……なんだ」
「空が青いな」
「……ああ」
「綺麗にまとめた風にして、その場を強制的に収めようとするのは駄目です」
セシリアからの無慈悲な判定が下された、駄目らしい。
「……昼食」
「……そういえば、もう昼過ぎか。どこかで食べよう。シケ、ハピネス行くぞ。ヨウキたちも来るか?」
「ん、ああ。セシリアも良いよな」
「ええ、レイヴンさんたちが良ければ」
全員が納得したので、ご飯を食べに行くことになり、移動する。
行く先は俺が決めさせてもらった。
ミカナ御用達のレストランである。
各々席に着き、一息吐いたところでレイヴンが口を開いた。
「……誰だ?」
レイヴンの眼差しの先には棺桶を持ち、なに食わぬ顔で俺の隣に座るカイウスへと向かっている。
レストランへ向かっていた時から後ろをちらちらと気にしていたからな。
まあ、疑問に思うのは当然か、棺桶背負った見知らぬ男が当たり前のように相席しているんだからな。
「はっはっは。私の名はカイウス。ある町で恋のキューピッドをやっている。恋愛で困ったことがあれば、遠慮なく相談してくれたまえ」
「……ヨウキ、知り合いか?」
「まあ、カイウスの言っていることは本当だから。俺もユウガもお世話になったし」
「……類友」
ハピネスの発言に少し悪意を感じるが案外間違ってはいない。
まさに類友だ、そういう意味ならお前もカイウスと類友だぞ。
気づいているのか、いないのか、このいつもノリの言い方だと後者かな。
「あのー、その時々動いている棺桶には何が……?」
シケちゃんから痛い質問が飛んできた。
やっぱり気になるか、避けて通れるなら良かったのだけれど。
レイヴンもハピネスも疑惑の視線を棺桶に向けている。
「どう、言い訳をする気ですか」
セシリアが小声で聞いてきた、カイウスなら普通に答えてしまいそうだな。
ならば俺が華麗にかわしてみせよう。
「実はこの中にはゼリーがぎっしり」
「中には私の大切な人がいるだけだが」
カイウスが普通に答えてしまった、せっかく上手い言い訳を言ったというのに。
「あれでレイヴンさんたちを納得させられると思ったんですか……?」
「いや、こう……和ませてうやむやにしようかと」
「……」
セシリアから鋭い視線を浴びた。
あと、周囲を確認すると誰も俺の発言を気にしている様子がない。
「……回復魔法、かけてくれない」
「ヨウキさんの望んでいる効果は出ないと思いますよ」
心の傷は魔法では癒せないようだ。
「……すまないが騎士団本部まで同行してもらっても良いだろうか。ヨウキの知り合いとはいえ、見逃すわけにはいかない」
レイヴンの騎士としては当たり前の判断に対して、棺桶からバツの札が出てくる。
会話が聞こえているんだ、彼女さんの意志もこれでわかる。
「レイヴン、カップルにはさ。カップルの数だけ、それぞれのつきあい方ってものがあるんだよ。レイヴンたちもそうだろ。カイウスの彼女さんはさ。これについては了承済みでやっているし」
今度は棺桶からマルの札が出てきた、彼女さんナイスアシスト。
しかし、レイヴンの表情はあまりよろしくない、もう一押しくらいいるな。
「レイヴンさん、カイウスさんにお会いした時、私も驚いてその……色々とお話させてもらいました。私自身、納得ができていないところもありますが、危険はないと思いますよ」
「……そうか、セシリアが対応済みなんだな。それなら安心できるか」
旅をしていた頃、様々な問題を解決してきたセシリアの信頼度の高さが窺える。
あとは止めのだめ押しといこうか。
「俺とユウガも世話になってる人物なんだ。詳しくは話せないけども、カイウスは彼女さんを大切にしている、変なことはしてない」
このタイミングでハピネスに目で合図を送ると、レイヴンの服の袖をぎゅっと掴んだ。
レイヴンが僅かに反応し、意識がハピネスに向いている。
うん、これで大丈夫そうだ。
棺桶からマルの札が出ないことに少々、焦ったけど。
カイウス、普段、何をしているのか知らんが程々にしておけよ。
それから、誤解が半分ぐらい解け、全員で昼食を取る。
公共の場ということもあり、レイヴンたちもイチャイチャは控え目、というか無し。
俺とセシリアも料理の感想を言い合うくらいで、特別なことはなかった。
カイウスが一番イチャついていたな。
「君と一緒の食事は最高だね」
「飲み物は何が良い? コップはいつものにするかい。ああ、ごめんね、あれは二人きりの時だけだったかな」
「食後のデザートはどうしようか。私としては……はっはっは、拗ねないでくれよ、冗談さ」
棺桶を改造したのか、会話ができるようにもしたらしい。
カイウスの声は聞こえるが、彼女さんの声は聞こえない。
聴覚強化をすれば聞こえるけど、そこはプライバシーに関わるので止めておいた。
カイウスの言葉だけで何を話しているのか大体、わかるから。
とりあえず、そういうことをするから、さっきマルの札が出てこなかったと。
……カップルにはそれぞれのつきあい方があるから、仕方ないな。
レイヴンに言ったことを今度は自分に言い聞かせた。
「……出るか」
「……ごち」
「美味しかったです。初めて食べる料理ばかりで、いっぱい食べてしまいました。普段、こういう物を食べているんですね」
レイヴンがお金を支払い、三人は店から出ていく。
全てがレイヴンの奢りではない、俺もお金を支払う立場だ。
セシリアとカイウスの分は俺がもつ。
「ありがとうございます、ヨウキさん」
「セシリアにはいつも紅茶をご馳走になってるからさ。ほら、レイヴンたちを追いかけよう」
店を出るとレイヴンたちが待ってくれていた。
さて、このまま一緒に行動するか……悩みどころ。
これ以上着いていくのはレイヴンたちに悪い気がする。
三角関係なんて雰囲気も感じないし、セシリアとカイウスもそういった気配を感じていないだろう。
「じゃあな、レイヴン」
「……ああ」
「……永久に」
「勝手に今生の別れにすんな」
やはり、ハピネスもいつも通りで問題ないか。
俺への態度で判断するのは非常に不本意だが、これが一番分かりやすい。
人混みの中へと消えていく三人の後ろ姿を見つめる。
「ヨウキさん、心配し過ぎだったのではないですか。やはり、レイヴンさんは誠実な方ですよ。ハピネスちゃんも普通でしたし、観光のために連れてきたのではないでしょうか」
「ハピネスとシケちゃんの間に負の感情がぶつかり合ってる感じもなかったしな。うーん……」
二人で考えると結論は俺の心配し過ぎだったということでまとまる。
ただ……俺たちが話している間、カイウスはレイヴンたちが去っていった方をずっと見つめていた。
引っ掛かるものが恋のキューピッドにはあったのだろうか。
「カイウス、どうかしたのか」
「観光……ね」
「おい、意味深な言い方するなよ。……違うのか、やっぱり」
「いや……観光だろう、私たちと一緒さ。さて、それでは私はこれで失礼するよ。彼女に似合う服を買ってあげたい、どこか、良い店はあるかな?」
「え、ああ。それなら……」
デュークの尾行デートで見つけた服屋が良いだろう。
店まで案内しようか尋ねたら、遠慮された。
相談にのってくれたお礼も含めて案内したかったんだけど。
「少年、ここからは恋人との時間さ。頑張りたまえよ」
棺桶を背負ったカイウスは、そう言い残し、服屋へと向かっていった。
「……どうしようか」
「そうですね。屋敷の庭で軽く手合わせでもしませんか?」
「えっ!?」
「食後の運動になりますし……何か予定がありましたか」
「いや、ないない。よっしゃ、任せてくれよ。得意分野だから、セシリアの気が済むまで付き合うからさ」
「お手柔らかにお願いしますね」
その後、セシリアとがっつり組み手を行い、ティータイム。
これが一番落ち着く……まさに俺とセシリアらしい付き合いである




