恋人と子守りを終えてみた
肩車、そんなものではない。
これは俺が人形の帽子を被っているようなものだろう。
そんな表現が正しい状況でシークはお菓子を食べておいしーと騒いでいる、いい加減に降りろ。
説明を求めてきたフィオーラちゃんとクインくんには飛び回っていた煩いハエを叩き落としに行ったとぬかしやがった。
二人ともそれで納得がいくはずもなく……。
「心配したんですよ。急にいなくなって……あの慌てようは何かあったに違いありません! さあ、誤魔化さずに教えてください」
シークは俺の頭の上にいるため、下から目線で何とか話させようと説得中。
「教えろ~心配したの~」
一方、フィオーラちゃんは俺の肩にスペースを見つけたらしく、乗っかって物理的な手段でシークに迫っている。
……だからさ、俺の上で遊ぶなって。
「ふふっ、ヨウキさん大人気ですね」
「いやいやいや、俺はもうめちゃくちゃなんだけど」
パラパラとシークのお菓子の食いカスも落ちてきているし、二人の取っ組みあいの余波をすごく受けてる。
誰か止めてくれ、まじで。
「話さないなら、お菓子をもらうのー」
「だめだよ、フィオーラちゃんは僕がいない間に食べたんでしょ~。代わりにこれあげる~」
シークのやつ、隙を見てフィオーラちゃんの口に何か入れやがった。
……何を食わせたのか、そこら辺に落ちていた木の実とかなら良いんだが。
「うえっ……飲んじゃったの」
「お、おい、シーク!?」
「あははは~」
まあ、こんな感じでシークは誤魔化し通した。
フィオーラちゃんに放った物はシークが調合した胃腸薬だったらしい。
そうならそうと言えばいいのに、馬車でミネルバに戻り解散する直前までネタばらしを引っ張ったのか。
フィオーラちゃんは馬車の中でずっと引っ付いて何を飲ませたのか聞いていたのにな。
おかけで眠れなかったと愚痴をこぼしてクインくんと共に帰っていったぞ。
シークはとても良い顔をしていたし……まさか、そういった趣味に目覚めてないだろうな。
この年でそういうことを覚えるとは、将来が心配だよ、隊長は。
……セシリアともばたばたし過ぎてデート感を出すことできなかったし……ダメだな俺と反省。
セシリアも予定があることだし、依頼をこなそうと意気込み、ギルドに向かったのだが。
「クレイマンが……普通に仕事をしている……!?」
「うるせー」
カウンターで真面目に書類仕事をこなすクレイマン。
いつものだらけたオーラはなく、仕事ができる人間ですといったオーラに満ちている。
服装もネクタイをびしっときめ、シワのないジャケットを着ている……一体、何があった。
「あっ、そういえば、この前」
セシリアの所へクインくんとフィオーラちゃんを連れていった時にソフィアさんが走り去っていったっけか。
「なんだ、いつものことか」
「お前が何を想像したのかしらねーが、まあ、それで合ってる」
「結果、その姿か」
「……今度からたまに抜き打ちで顔を出すらしい」
「おおっと、まじか」
それはきつい、ソフィアさんはメイド長だし、昼休みは交代で入っているとしたら、時間はある程度ずらせるだろう。
いつ来るかわからないんじゃ、しっかりしないとならんな。
「……昼休みにわざわざ屋敷からギルドまでの往復なんてさせんのはな。真面目に働くぜ。ソフィアに負担をかけたくねーしな」
「なるほどな。……まあ、頑張れ」
「ああ、ま、今まで仕事をやってなかったわけじゃねー、自分のノルマこなして、ギルドの経営が傾かない程度には仕事をしてたんだ。俺が本気を出したらどうなるか……つーわけで、今、このギルドはな……」
「ああ、なるほどな。それで、この有り様か」
普段の何倍もギルドが賑やか……と言えば聞こえは良いのだろうけれども。
うん、すごく忙しそう、正に修羅場。
シエラさん、涙目で冒険者さばいてるし、戦場だわ、これ。
「全く、普段やれやれって言ってるくせによ。しっかりやってもらいたいぜ」
「んー、そんなにギルドの職員て仕事多いのか? 一回、クレイマンだけでギルドまわしてた時あったよな。クレイマンが本気を出したなら、仕事は減るんじゃ……」
「……ミネルバ周辺の魔物生態系調査、各ギルドとの連携に情報交換、依頼の獲得、失敗した依頼の尻拭いの手配、抱えている冒険者の書類作成に整理。やれば利益の上がることなんざ、いくらでもある。一日をなんなく終わらせることなんざ、俺一人で充分だ。ただ、ギルド全体のことをやるなら話は別になる」
俺と会話しながらも涼しい顔で膨大な書類を片付けている。
あと、シエラさんたち職員の動きもチェックしているようだ。
指示を的確に出すためだろう、終わっても次の仕事が待っていると、シエラさんが涙目になるのもわかるな。
「おーい、シエラ。受付業務やりながら、書類作成やれよ。ああ、冒険者が空いてきたら、外回りな。商会ギルドに護衛や採取の依頼がないか、聞いてこい」
「……はい、副ギルドマスター」
「……」
なんともしんどそうな感じに何も言えない。
クレイマンは式神も総動員しているようなので、まさしく本気モードなのだ。
あのクレイマンが……失礼だけどもあのクレイマンかこんなにも働くなんて。
ソフィアさん、あなたは一体何を言ったんですか。
「なんだ、その目は。俺もな、たまに、極稀には本気を出すんだよ」
「自分で言うなよ……」
「うるせー。……まあ、本気出す云々は置いといてだな。お前にクインとフィオーラを任せた日、ソフィアに色々と言われたわけだ。……空気を読めと力強く言われたんだが、どういう意味だ?」
「空気を読め……と」
子連れでセシリアの元へ、子連れで山へピクニック、子連れで騒いで楽しんで……特に何もないような。
「最近お前、何か変化あったか?」
「変化、変化ねぇ」
思い当たるのはあるっちゃあるけど……自分から言うのって意外と恥ずかしいような。
……いや、そんなこと考えたらセシリアに失礼だ。
俺にとってセシリアは大切な人なわけで……周りに言いふらしすぎるのも駄目だろうけども、クレイマンなら、な。
……ソフィアさんには言っていないはずなんだけど、やっぱり気づいているみたいだし。
「ま、言いたくねぇなら、構わねぇが」
「いや、内緒にしてくれるなら良い。俺に恋人ができた。大切な人ができたんだ」
「……そうか。そいつは、悪かった、のか?」
「いや、そうでもないけども、俺は」
「相手は……まあ、言うまでもねぇな。何処の誰が聞いてるかわからねぇし。良かったんじゃねぇか」
「あ、ああ、ははは……」
俺は思わずクレイマンから視線を逸らした。
そういえば、セシリアのクレイマンへの印象は猫耳メイド服好きという、よくわからないものになっているのだ。
クレイマンは気を遣ってくれているというのに申し訳ない。
どうやってセシリアにクレイマンのこと話すかね、ありのままのことを話せば良いか、全ては誤解だと。
「ま、大切な人ができたってんなら、仕事も頑張らねーとなぁ。ほら、行ってこい」
依頼書数枚を投げつけられた。
内容も見てないのに、受注したことにされてるし、おいこら。
「おらおらぁ、まだまだやることあるぞー」
「ぼ、忙殺されそう……です」
シエラさんの嘆きを聞いた後、俺は渡された依頼をこなすためにギルドを出た。
数日が経つと、やる気がぱったりと途切れ、普段のクレイマンに戻った。
ギルド職員の大多数が安堵したとか、そんな話をシエラさんから聞いて思った。
クレイマンを本気にさせるのは、ソフィアさんしかいないんだなぁ……と、そして、その逆も。
やる気を無くした理由はソフィアさんの、最近少し頑張り過ぎではないかという労いの言葉からきている……らしい。
結論、クレイマンはソフィアさんがスイッチ。




