勇者が再起してみた
「僕が知らない間に色々と変わったんだねぇ」
「レイヴンも散々悩んでたけどな」
俺もうじうじしていたし、とんとん拍子で進むことなんてなかったぞ。
今でも自分は不甲斐ない部分があるってわかっているし……成長しないとならないからな。
「ああやって後ろに隠れてろってレイヴンが言うなんてね。……そういえば、レイヴンの声をすごく久し振りに聞いたな。もしかして、あの子のおかげとか」
「自らの殻を破ったのはレイヴン自身だ。ハピネスが関係していないわけじゃないけどな」
あいつはまず自分を変えた、そんなレイヴンにハピネスも勇気を出して自分の正体を打ち明けた。
レイヴンはハピネスを受け入れて……ラブラブな現在に至る。
「……羨ましいな」
「おいおい」
ユウガがささっとレイヴンたちの前から去ったのは嫉妬していたからなのか。
後ろを振り向いてため息をついても、レイヴンとハピネスはいないぞ。
結構距離を取ったからな、今頃イチャイチャしているか、急にユウガを殴り付けたことに対して、レイヴンが説教しているかだろうよ。
「いや、あんな風にしているレイヴンは初めて見たからさ。一緒に旅をしていた頃は……差がついたなぁ」
「差とかじゃないだろ。レイヴンは自分なりの幸せを見つけただけだし」
「僕も僕なりの幸せを見つければ良いってことだね」
よしと隣で意気込んでいるユウガだが、大丈夫だろうか。
俺も人のことを言えた義理ではないけれど。
「ヨウキくん、あれ!」
「ん……うわっ、あれは不味いぞ!」
ユウガが指差した先には馬が暴走し、猛スピードで道を駆ける馬車。
御者の商人は必死に馬を止めようとしているが、制御ができないようだ。
巡回中の騎士が止めに入っているが、馬の勢いは凄まじく止められていない。
馬車の行き先にいる人たちは慌てて逃げているが、少女が転倒してしまった。
このままでは大変なことになると、俺とユウガは走り出したが間に合わない。
凄惨な事故が起こ……らなかった。
止めたのは巡回の騎士でも俺でもユウガでもない。
防寒具に身を包んだ鬼が馬を直接受け止めたのである。
中腰で踏ん張りを効かせて、後ろに下がったものの、倒れることのなかった鬼は見事に暴走した馬車を制止させた。
逃げ回っていた人たちも、止めようとしていた騎士たちも、俺もユウガも全員が口を開け固まってしまう。
「む……なんだ、何故、皆固まっている。馬車の暴走は止めたのだが」
転倒した少女の前に出て、馬車を止めたのはガイだった。
全員の考えは鬼が馬車を止めた、そんな感じだろう。
「守り神様、ありがとうございました」
「うむ……怪我はないか。転んだだろう」
「大丈夫です。守り神様こそ、お怪我はないですか。守り神様のお体に何かあったら大変です。一刻も早く帰って確認しましょう。さあ、早く!」
転倒した少女はティールちゃんだった。
自分の怪我よりもガイを優先している……変わってないなこの二人。
「よっ、久し振り」
「む、小僧ではないか」
「ああ。……良く止められたな」
「これぐらい、我輩ならばそこまで労力を使わずに止められるわ」
ガーゴイルとはいえ、あの馬車を簡単に止められるか……俺の知らない間に成長しているようだ。
今度、一緒に依頼を受けて実力を見てみたいな。
「す、済まなかった。本来、我々が止めねばならなかったのだが」
巡回中だった騎士二人が申し訳なさそうに近づいてくる。
……あれは騎士二人でどうにかなるようなもんじゃないし、仕方がないと思うけど。
ガイに引っ付いていたままのティールちゃんがもう少し、しっかりして下さいと言っている。
まあ、そうだけども……ガイが危険な目にあったからっていうのもあるからだろうよ。
目に光が灯ってないから分かる、これは長いぞ……。
「ヨウキくん、知り合いなの。この、おっきい人と」
「ん、まあな」
「……ヨウキくんに集まる知り合いって色々とすごいよね」
「お前も含めてな」
俺の周りにいる常識人はセシリアとデュークぐらいではなかろうか。
ちなみに常識人の中に俺は入っていない、自覚はある、悲しいことにな。
「驚いたよ、馬車をその身一つで止めるなんてね」
ユウガは自分よりも身長の高いガイを見上げている。
俺は魔物だとばれないかひやひやしているが、ガイは堂々しており、全く慌てている様子がない。
「小僧の知り合いか。我輩はガイという」
「えっと……」
ユウガが俺に視線を向けてくる、正直に名を明かして良いか迷っているようだ。
ガイは勇者がここにいようが、騒いだりしないからな。
俺は親指を立てて、大丈夫だとサインを送る。
「僕はユウガです。よろしく」
「うむ、そうか。小僧の相手は大変だろう。我輩もとばっちりを何度か体験している。せいぜい気をつけた方が良いぞ」
「お前も人のこと言えねーだろ。良いか、ユウガ。こいつは年端もいかない少女をたぶらかして……」
「止めろ!」
俺とガイはギャーギャーと喚きながら取っ組み合いに突入した。
ユウガは渇いた笑みを浮かべて傍観していただけだ。
しょうもないことから始まったバトルはティールちゃんによって簡単に終わりを迎えた。
久々にティールちゃんの恐怖を味わったぜ。
あのユウガも顔がひきつっていたからな、体験したことがない女性の一面を知ったことだろう。
人生勉強になって良かったじゃないか。
「……初見だというのに、見苦しいものを見せたな。すまん」
「あ、あはは……気にしなくて良いよ」
ユウガからしてみれば俺とガイの喧嘩より、ティールちゃんの方がショックがでかかっただろうに。
「さっ、行きましょう守り神様。まだまだ、時間はたっぷりあります。それとも、帰ってゆっくりしますか。私は守り神様と一緒なら何処でも良いので!」
「……失礼する」
自分の世界に入ってしまったティールちゃんを連れ、ガイは去っていった。
どこまでもぶれないティールちゃんをさすがだなあと思いつつ見送る。
姿が見えなくなったところで、ユウガもたまっていたが言えなかったのであろう疑問をぶちまけだした。
「ところでヨウキくん、あの子もセシリアの屋敷で働いているメイドさんだよね」
「……そうだな」
「どうして、彼女はガイさんのことを守り神様って呼んでいたの?」
「……あだ名ってやつだ」
「そうなんだ。あと、別れ際にガイさんと握手したんだけど。手袋の下、岩みたいにカチカチだったよ。どう鍛えたらあんな風に……」
「……努力の証だろ」
「あの二人は付き合っているのかな」
「……俺にはあの二人の関係をどう表して良いかわからん」
「それとあの格好は……」
「……人にもセンスってもんがあるだろ。または趣味のどっちかだ」
「……何一つ、僕の疑問は晴れていない気がするよ」
ユウガは釈然としないみたいだが、ガイについて話せないことが多い。
ごまかした部分、俺もわかっていない部分もある。
あの二人はそっとしておくのが一番だ、探りを入れると……恐ろしい目に合いかねない。
腑に落ちない様子のユウガだったが、気持ちを切り替えたのか、目が鋭くなった。
……何か閃いたのか、このタイミングで。
「実は僕、ヨウキくんに相談しようと思って押し掛けたんだ。それじゃ、今までと変わらない。誰かに甘えちゃいけないのにね。結局、ヨウキくんに何も言えず、振り回す形になっちゃった」
「それで、何か答えを出せたのか」
「うん、レイヴンとガイさんを見てね」
「……あの二人を見て?」
レイヴンと会えばわけもわからず恋人から殴られ、ガイに会えば、謎が謎のまま残っただけ。
……何か活路を見出だせるようなヒントがあったかな。
「二人とも、彼女を大切にしていたんだよ。守ろうとしていたんだ。僕とは逆だったよ、守られてばかりの僕とはね。変わらなくちゃ、早く。そうじゃないと迷惑をかけるから」
「そんな簡単に人は変われないぞ。俺もそうだし、レイヴンもガイも苦悩したんだから」
変わりますって言ってすぐに変われはしない。
俺は何度も挫折して、覚悟を決めても中々進めなくて……段階を踏んでいったんだから。
「そんな……いや、落胆なんてしてられない。変われなくても自分なりに頑張ってみるよ」
「全力を出すのは良いけど……取り返しのつく範囲にするべきだ。自分の良い所をセーブしたらさ。それはそれで後悔するし」
「わかった。突っ走るけど、一歩分、止まるようなイメージで動いてみる。……ありがとう、ヨウキくん。答えが出たよ」
「ん、そうか」
はてさて、どんな答えを出したのか、そこまでは聞かない。
まだセシリアが好きというなら、全力でぶつかる。
暴走はしないだろう……今のユウガは決意に満ちた目をしている。
決して軽率な行動はせず、取り返しのつく範囲内で動くさ。
「それじゃ、やることができたから失礼するね。今日は付き合ってくれてありがとう」
ユウガは拳を握りしめて走っていく。
やることって……なんだ?
やっぱり少しだけ不安を募らせてしまった。




