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勇者が現実を知ってみた

「そんな、だって、セシリアは婚約の問題もあってそんな暇はなかったのに」



「お前を炭坑送りにしておいて、俺はセシリアに告白した。……責められても仕方ない、何を言われても言い訳はしないさ。でも、自分の中で言い訳ばっかりで嫌だったんだよ」



温かい日常が壊れることを恐れて、理由をつけ逃げていた自分とは卒業したんだ。

セシリアとのことで、ユウガは避けて通れない関門だ。



ユウガがどんな人物だろうが、セシリアへの想いは偽りじゃない真実。

こういうのは勇者とか魔族とか関係ないから……な。



さて、セシリアに先をこされたがカミングアウトをしてしまったんだ。

唖然呆然、現在進行形で狼狽え中のユウガはどうくるか。



俺は何を言われてもと覚悟を決めていたのだが、ここで肩透かしをくらう。

ユウガは下唇を噛み、拳を握り締め感情の爆発を押さえつけていた。



しかし、ここでその押さえつけていた感情を爆発させずに部屋から飛び出していったのだ。

突然、部屋から飛び出していったのでセシリアも驚きを隠せないみたいだ。



セシリアもユウガから色々と言われることを覚悟していただろうから、尚更か。



「まさか、深い事情を聞かずに出ていくなんてな」



「はい。勇者様ならば、もっと追及してくると思っていたのですが」



「俺もだよ。ユウガの性格上、最悪の場合を想定して屋敷の半壊すら考えた」



「考え過ぎですよ。それに……そうなる前にヨウキさんが勇者様を止めてくれるじゃないですか」



「そ、そうだな」



セシリアからのツッコミがいつもと微妙に違ったように聞こえたのは気のせいか。

少し違和感を覚えたせいで、俺の返しもキレがない感じになった。



「ふふ、あ……雨が降ってきたみたいですよ」



セシリアが窓を見てくださいと促すので、見てみると確かにポツポツと雨が降り始めていた。

まだ、本降りではないようなのでびしょ濡れになるレベルではない。



「ん……あ!」



窓から雨を見ていたら、屋敷の玄関から飛び出して全速で疾走するユウガの姿があった。

降り始めの雨など関係ないと言わんばかりの走りだ。

門の前にいた兵士が何か声をかけたようだが、ユウガはスルーして走り去ってしまった。



「あいつ大丈夫かよ、傘もささずにさ」



「そうですね。雨が本降りになる前に家に着けると良いのですが」



「失恋した後、一人で雨に濡れるってのも嫌だろうな」



心身共に寒くなる、俺はそんな目に合うのはごめんだ。

傘ぐらい届けてやろうか、ユウガは俺の顔なんて見たくないだろうけど。



「セシリア、傘ないかな。ユウガに届けてくるよ。……あいつの母親みたいなことするようだけど」



「傘ならありますよ、どうぞ。……濡れた道は滑りますから気をつけて下さいね」



「ありがとう、気をつける。じゃあ、また……」



セシリアから傘を受け取る際、手が触れ合ってしまい二人して、あ、と言ってしまう。

すると今度は二人同時にお互いの顔を見るわけで……息ぴったりだな、おい。



ぎりぎりお茶らけ思考でごまかそうとしたけど、なんか雰囲気が……。

セシリアも何かを感じとったのか、目が泳いでいる。

このまま、見つめあっていたらやばいような、でも、付き合ってるんだから良いかとも考えてしまうわけなんだけど。



「あ、あはは……お、お邪魔しましたー」



ヘタレな俺は何もできず、振り返ってユウガの元へと全力で走り出した。

俺の選択にセシリアはどんな表情をしていたのか、落胆したろうか。



マイナスでネガティブな想像が頭の中を駆け巡る、後悔するぐらいなら……と自分に問いかけた。

そして、気づいたんだ……セシリアと手が触れ合い動揺した結果、受け取った傘を落としていたことに。



「……戻ろう」



どんな顔してセシリアの部屋へ戻ればわからないが、仕方ない。

セシリアと見つめ合っていたら、傘を受け取り損ねたことに気づかなかったと、アホな俺でごめんと言おう。



ハピネスとシークにアホ呼ばわりされても、しばらくは反論できないな。



「……あ」



セシリアの部屋へ戻ろうとしたら、傘を持ってこちらへと走ってくるセシリアが見える。

心の準備……なるものは何もできないままセシリアと再び対面した。



「……忘れ物ですよ」



「あー、その、ありがとう。本当、俺アホだわ」



今度こそしっかりと傘を受け取った、また、手が触れ合った、見つめ合いもした。

二人の間に沈黙も流れ……限界がきた。



「ヨウキさん……」



「え、あ、っと……また、今度ゆっくり!」



セシリアを優しく抱き締め、今度こそ俺は屋敷を出て走り出した。

デュークからまだまだだと、ハピネスからヘタレと、シークからはえ~と言われるかもしれない。



ただ、これが俺にできる精一杯だ。

他人がどう思うがじゃなく、当人同士がどう思うかだ。

……この理屈、セシリアの心中によっては、俺ヘタレ認定されるけどな。



「頭を冷やすにはこの雨はちょうど良い」



雨は強くなってきているが、今は雨に打たれたい気分だ。

セシリアから貸してもらった傘を握り締め、俺はユウガを追う。

しかし、この雨では聴覚も嗅覚も強化してもあまりあてにならない。



まあ、ユウガがよっぽど脇道に逸れたり遠回りしていなければすぐに落ち合える。

俺は整備された道を駆け抜け、ユウガの姿を探した。



しかし、中々、ユウガとは遭遇できない、確実にユウガ以上の速さで走っているので追い付いても良いはずなのにだ。



「くそっ、どこを寄り道しているんだよ!」



雨だけじゃなく、風まで強くなってきているので早めに宿に帰りたい。

空模様は最悪で、このままだと雷が落ちてくるんじゃないかと思うぐらいだ。



歩いている人も少ない、大方、建物の中に入って雨宿りでもしているんだろう。



「ん……そうか!」



この雨ではさすがのユウガも雨宿りをしに建物中に入っているかもしれない。

……そしたら俺が持っている傘はどうすればよいのだろうか。

せっかく、セシリアが貸してくれた傘だ、使わないままなんていうのは失礼だ、何より、俺が許せない。



もう既に濡れており、あまり意味はないかもしれないが俺は傘をさして歩く。

一応、ユウガがいないか探索もしながら宿へと向かっていた。



「あ……」



宿までもう少しというところでユウガを見つけた。

どこかで入れ違いにでもなったのか、帰り道で全く会わなかったのに。



ずっと雨に打たれたまま、町中をさ迷っていたんだろうか。

俺は本来の目的を果たすために、傘を渡そうとユウガに近づいていく。

ユウガは俯いており、表情で見えないのでどんな反応をするかぎりぎりまでわからない。



俺は一抹の不安を抱えながらもユウガに声をかける。



「おい、これ傘……手遅れかもしれないけどさ。セシリアが貸してくれて」



「……え、ああ、ヨウキくん、さっきぶりだね」



顔を上げたユウガは……泣いているようだった。

雨のせいでそう見えているだけなのか、俺の気のせいかと思ったが……違う。

目が腫れているし、ユウガの声に嗚咽も混じっている。



これは俺とセシリアが付き合っていると言ったせいなのか。

ユウガにはまだ早かった、言うべきではなかったかと考える。



「ヨウキくん……ミカナにね。嫌いって言われちゃった……」



「……は?」



「僕は……もう、立ち上がれないかもしれない……な」



ユウガはそれだけ言い残し、地面に仰向けで倒れた。

雨によってできた水溜まりにダイブしたので水しぶきが上がる。

最後に勇者っぽいコメントを残して倒れられても困るんだけどな。



ほうっておいたら騎士団に連行されてしまいそうなので、とりあえずユウガを背負って宿へと向かった。






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