好きな子の下に行ってみた
「簡単に言うけどな、今日は無理なんだよ。だって、今日はセシリアのお見合いがあるから会えない」
「あれ、もう終わったんじゃなかったんすか。俺はすっかり結果待ち的な状況かと思ってたっす」
「まだ、現在進行形だっつーの」
次期領主、元勇者パーティー、知的なイケメンというステータスを持ったお相手はいまだにミネルバに滞在している。
数日前はその相手がミネルバを一人で探索するということでセシリアが一日、空いた。
俺はその一日を使って、デートにこぎつけたのだ。
「ふーん……でもセシリアさん、どうするんすかね。自分の立場を考えると断りづらいんじゃないすか。相手の男にもよるっすけど。ハピネスの話を聞くと……はぁ」
「おい、デューク。今の溜息はなんだ。三拍子か、三拍子なのか!?」
露骨なタイミングだし、俺の顔をじっと見てからの溜息。
相手のことを見てすらいないのに、デュークの脳内で俺はどれだけ負けているんだ。
兜をしているというのに、デュークの苦い表情が見える。
あれかな、俺とデュークは長年の付き合いだから、絆の力が働いていて、お互いに何を考えているかがわかる的なやつだろうな、うん。
「いやー、夕飯何にしよう」
「ちょっ、昼飯食ったばかりで、もう夕飯の献立考えるとか……って、目の焦点が定まってないっすよ。戻ってくるっす」
デュークの容赦ない平手打ちが俺の頬に炸裂する。
長い付き合いだからこそ、情けも手加減もない一撃をくらった俺は椅子から転げ落ちて、悶絶。
周りの客からなんだなんだと声が上がっている。
もろに入ったからな、喧嘩かと思われるかも。
「あー、隊長はこんなんじゃなんともないんで、大丈夫っすよ。気にせずに食事して欲しいっす」
「お前……他人事だと思いやがって」
むくりと起き上がり、服についたほこりを手で叩いてはらっていると、何人かからのおおーっ、という歓声のようなものがあがった。
全然、そんな声を上げるようなことじゃないと思うんだけどな。
ただ、張り倒されただけで気絶するもんでもないだろう。
周りからはどう見えていたんだ……。
「だって、隊長なら平気かなって思ったっすよ。それに、それだけ打たれ強いなら、頑張れるっす、ファイトっす」
「頑張るか……そうだな。俺、行くわ。セシリアのところに」
「え、でも、今日は不味いってさっき言ってたじゃないっすか」
「行かないと絶対に後悔する……そんな気がするんだ」
「それっぽい台詞を言ってもダメっすよ」
「ここは俺の奢りだ!」
俺はテーブルに多めに見積もった食事代金を叩きつける。
そんな光景を作り出したことにより、また、周囲からの視線が集まるが、気にしない。
「じゃーな、デューク。お前も頑張れよ」
捨て台詞を残して、俺は店から走り去った。
向かう場所はアクアレイン家の屋敷だ。
俺に何ができるのか、何をする気なのか……プランはない。
だけど、指をくわえて結果だけを待つなんてこともできない。
結局のところ、俺もユウガと同じなのだ。
好きな子の婚約が決まるかもしれないのに、じっとなんてしていられるか!
ここで走らないでいつ走るよという話だ。
「よし……着いた」
アクアレイン家の屋敷に到着した俺は、屋敷の門を守る兵士二人に頭を下げる。
大体、いつもはこれで通してもらえる、顔パスってやつだ。
「あ、ヨウキ殿。実は今日、来客が来ており……すまないのだが、日を改めてはもらえないだろうか」
「……まじか」
屋敷に入るところで挫折、前回はセリアさんの許可をもらっていたからな。
こればっかりは勢いで何とかなるもんじゃない。
しかし、どうしたもんかね……お、能天気そうに走り回っている知り合いを発見。
視線でこっちに来いという念を送る。
通じるわけないよなーと思っていたら、俺に手を振りながら歩いてきた。
これはデュークに続いて長年の付き合い効果が発揮されたか。
「隊長~」
「シーク、ちょうど良いところに……」
「ば~か」
「……」
俺に一言言い終えるとシークはスキップをしながら去っていった。
つまり、俺の顔を見かけたから馬鹿にしに来た……それだけ。
兵士二人が俺を同情するような目で見てくる。
「なあ、すまないがあいつは俺の知り合いなんだ。……ちょっと、説教してくるから、門を開けてくれ」
「そういうことなら。我々で奥様に報告をしておこう。……その、大変だな」
「シーク、待て、こらぁ!」
かくして、俺とシークの鬼ごっこが始まった。
笑いながら逃げ回るシーク、遊びのつもりか、上等だ。
子ども相手に本気を出すのは大人げないので、肉体強化は使わず、体力勝負でいこう。
あはは~と呑気に笑っているが、その余裕がいつまで持つかな。
シーク相手に追いかけっこをする俺、端から見たら休日、子どもの遊びに付き合う親に見えるかもしれん。
ただ……あははー、待てーとかそんな平和的な光景ではなく。
「あはは~、容姿、経済力、将来性~」
「待てや、シークぅぅぅ……つーか、ハピネスのやつシークに何教えてんだあぁぁあ!」
捕まえたらどうしてやろうか、あとシークの次はハピネスを捕獲してやる。
俺がシークと耐久鬼ごっこを繰り広げていると、庭園に来ていた。
「あの野郎、自分の得意な場所を選びやがったな。俺から逃げられると思うなよ」
「……何をやっているんですか」
庭園に隠れたシークを探していたら、セシリアと遭遇。
何をやっているかって、うん、不法侵入はしていないし、正直に言おう。
「追いかけっこだ。シークを追っているんだ」
「何故、屋敷でシークくんと追いかけっこを……いえ、始まった経緯はそれとなく想像できますが」
セシリアとも付き合いが長くなってきたからわかるのか……いつも仲介に入っているからか。
反省会では最初にどうしてこのような事態になったのか、説明を要求されるからな。
「ああ、あいつが俺を……って、違う、違う」
結果的にはシークのおかげで問題を起こさず屋敷に入れたわけで……そう考えると複雑な気分。
感謝しなければならないのか、俺はシークに。
よし、とりあえず、後日シークには何か奢ってやろう。
そして、真のターゲットは……ハピネスだな。
でも、ハピネスに何かしたらレイヴンが怖い、どうしよう。
「何が違うのですか。……それとシークくんはもう追わなくてよいのでしょうか。ヨウキさんを見て笑いがこらえられないといった表情で、走っていきましたよ」
「もう、あいつはいいんだ。今度、お菓子でも買ってきてやるから」
「シークくんが喜びそうですね。仲直りの意味を込めてですか?」
「いや、感謝を込めて」
「ヨウキさん、熱があるのではないでしょうか。それとも、何か辛いことがあったのでは。まさか、そういった趣味に目覚めて……」
「セシリアさん!?」
「……冗談ですよ」
悪戯っぽく笑うセシリア。
少しだけ、呆然としたがすぐにつられて笑ってしまった。
そのまま、地面の上に寝転がる、服が多少汚れるが気にしない。
シークはどこに行ったのか、誰の気配も感じない、不思議だ。
今、俺はセシリアと二人きりである。
部屋の中にいるわけでもないのに、使用人すら近くにいない。
「俺、シークと追いかけっこしてたのは偶然だよ。あいつ……に限らず、デュークやハピネスも含めて突発的に遊び出すからさ。示し合わせてもいないのにな」
「三人ともヨウキさんが大好きなんですよ」
「それはどうだろう……」
あいつらと絡み出すと、ほぼ俺をいじることからスタートする。
嫌われてはいないと思うけど、尊敬とか絶対にしてないよ。
俺は長い付き合いだし……魔王城時代、一番信用していたのはデューク、ハピネス、シークだからな。
「私は三人ともヨウキさんを慕っているように見えます」
「じゃあ、そういうことで」
「事実ですよ、絶対」
また、二人で笑い合った。
「……話を戻すけどさ。俺、セシリアに会いに来たんだ。用事があるって知ってるのに」
寝転がっているので、俺の目の前には空が広がっているだけだ、セシリアがどんな表情をしているのかわからない。
きっと怒るか、困った表情をしていると思う、確認はしない、推測だ。
「それは計画性がなく、思いつきで行動したということですか」
「ああ、そうなる」
言い訳もせずに俺は自分の想いに従って行動したまで。
何か言われるかなと思ったが、セシリアは軽く微笑んだだけだ。
「そうですか。……少しの間だけなら大丈夫です。ソレイユさんはお母様とお話し中ですから。……ヨウキさん、私、ソレイユさんからの婚約の話ですが、お断りすることにしました」
「……そっか」
内心では良かったーと安心している自分がいる。
セシリアの立場とか、相手のことを考えると心配だった。
「俺さ、なんか怖かった。何がって聞かれたら言えないけど……あと、不安もあった。そんで今はほっとしている自分がいる。正直、報われないのはまだ、いい。でも、遠くに行ってしまったら、後悔しか残らない」
寝転がっていた俺は起き上がり、セシリアを見つめる。
ふと、魔王城での思い出が頭に浮かんだ。
「セシリア、好きだ。俺と付き合って欲しい」




