好きな子と騒動を解決してみた
ユウガとミカナの話を終えると、二人とも沈黙。
今日は平和そのもの、騎士団も黒雷の魔剣士も必要ないかな。
……なんて、考えていた時期が俺にあった。
「誰か、助けてくれ、木材が倒れて作業員が下敷きに!」
悲痛な叫び声がミネルバに響く、俺とセシリアは何も言わずに走り出した。
俺が魔法……ではなく、普通に手動で木材を撤去し、セシリアが怪我人を癒す。
幸いにも死者は出ず、救出、治療が早かったおかげが重傷者も出なかった。
「助かったよ。あんたら二人のおかげで大した事故にならなかった」
親方っていう感じのおっさんが頭を下げてくる。
事故の原因は仕事の効率化を目指して、作業のいくらかを短縮しよ
うとした結果起きたようだ。
今はもう倒れた木材をしっかり固定し、作業は一旦中止している。
「通りがかっただけだしさ。次からは気を付ける感じで」
「身体は一つしかありませんし、魔法で完全に治療できるわけでもありませんから。安全面を考慮して作業にあたってくださいね」
俺とセシリアからは軽く注意を促し、作業場から離れる。
離れる直前に作業員たち全員からお礼を言われた。
俺には特に筋肉質な作業員が集まり、見事な仕事ぶりでしたと言われた。
まあ、肉体強化の魔法を使っているので、純粋に鍛え上げた筋力で作業をしたわけではないのだけれど。
それにムキムキに囲まれて喜ぶような気質も持ち合わせていないし。
「ははは……そんなことないっす。いや、どーも……」
こんな感じでやんわりと渇いた笑みを浮かべながら、流すことしかできなかった。
一方、セシリアは治療を施した作業員に囲まれており、一人一人から感謝の言葉を送られていた。
こういった場には慣れているのか、慌てることなく対応していたな。
俺と違って場数が違うということを思い知らされた。
黒雷の魔剣士だったら、すぐにかける言葉がぽんぽん出てくるんだけど。
「まさか、事故現場に遭遇するとはな」
「はい。……ですが、大事にならずに済んで良かったです。あのまま、騎士団や治療院の応援を待っていたら、後遺症が残った作業員の方もいたかもしれません」
「すごく、感謝されたな。今度、酒場で騒ごうって誘われたよ」
「私もです……」
僧侶が酒場で騒ぐのはありなんだろうか。
イメージ的な問題でアウトな気がする。
そもそも、セシリアが酒場で酒を豪快に飲んでいる姿が浮かばない。
うーむ、酔ったらどうなるのかも気になるな。
飲む予定はないので、話題には出さないけれど。
酒のことを考えていたらお腹が鳴った、何故。
ぐぅ~と空腹と報せる音がセシリアにも聞こえたのか、笑われてしまう。
「……ちょっと、小腹が空いたかな」
「そのようですね」
「たまにはその辺に売ってる串焼きを食べるのも悪くないと思うんだ」
俺の案は採用されて、無事に串焼きを購入。
セシリアの分も買うことも忘れない。
串焼きを持って、公共のベンチに座り、一休み。
熱々の串焼きを頬張って、腹ごしらえタイムに突入だ。
「そういえば……串焼きじゃないけれど、レイヴンとフードファイトをしたことがあった」
「どうして、そのような展開になったのでしょうか」
「現場にはミカナもいた」
「ますます、わからなくなったのですが」
そんな思い出話を交えてランチタイム終了。
串焼き一本でも、小腹を満たすのは充分だ。
さて、どうするかと考えているとまたもや、悲鳴が聞こえた。
「またか!」
「行きましょう、ヨウキさん」
セシリアと共に悲鳴が聞こえてきた場所まで走る。
今度は冒険者同士の喧嘩が原因のようだ。
真っ昼間から喧嘩とは暇なのか。
とはいえ、周りに被害が出始める前に止めねばなるまい。
急ぎ、仲裁しようとしたが先に止めようしている者の姿が見える。
まさか、蒼炎の鋼腕とやらかもしれない。
最近、息を潜めていたがついに活動を再開したのか。
「なんだ、てめぇは!」
「関係ないやつはすっこんでやがれ!」
騒ぎを起こしている冒険者の罵詈雑言が聞こえてくる。
その中心にいる人物が気になり、視線を向けた。
「失礼ながら……店の前での喧嘩は控えて頂きたいのです。妹共々で経営をしている店でして、お客さまがケーキを食されるのに集中が出来なくなります故」
丁寧に喧嘩の仲裁をしていたのは、マッスルパティシエ、アンドレイさん。
通常装備であるエプロンを着て、話し合いで解決しようとしている。
……蒼炎の鋼腕じゃねーのかよ!
「ヨウキさん、あの方は確か……」
「俺の行き付けのケーキ屋のパティシエ、アンドレイさんだな。店の前で喧嘩が発生していたんだ」
そりゃあ、止めに入る気持ちもわかるけれども、大丈夫だろうか。
誰かがもう巡回中の騎士を呼びに言っているだろうし、自ら止めに入る理由は……。
下手に刺激すれば怪我をする可能性がある。
「んなこと、知るかってんだよ」
「引っ込め、バーカ」
冒険者の暴言は止まらない。
止めに入ったマッスルパティシエにターゲットを変えてないか、お前ら。
喧嘩していたはずの相手とタッグを組んで、別のやつを責めるってどういうことだよ。
しかし、マッスルパティシエは引かず、むしろ受けてたつような姿勢を見せている。
「成る程、聞き入れてはもらえないか……ならばっ!」
ふんっという力んだ声と共にエプロン下に来ていたコックコートが弾け飛ぶ。
上半身裸エプロン、ちらちらと見える完成された彫刻のような身体。
成り行きを見守っていた一部の冒険者からはおおっ、という歓声が上がれば、女性陣からはきゃーっ、という悲鳴が。
最早、この騒動の中心になっているマッスルパティシエ、アンドレイ。
「言葉で伝わらないならば、身体で伝える他、道は有るまい……? 」
ポージングを決めながら、先程まで騒いでいた冒険者に詰め寄っていく。
今は、もう……絶句しているみたいで大人しいんだけれども。
「……ヨウキさん、止めなくても良いんでしょうか」
「止めないと不味いよ。このままじゃ、騎士団がやってきたら勘違いをされかねないぞ」
間違って連行されるレベルだよ、あれ。
怯えている二人の冒険者にじりじり迫る上半身裸エプロンの筋肉質の男……どっちが悲鳴を出させた原因かって問われたら一目でわかるだろう。
まあ、答えはどっちも悲鳴を上げさせているんだけれども。
もう、冒険者は無害だしその辺で良いだろうと説得しようと近づく。
「兄さん!? 何をしているんですか」
しかし、俺よりも早く、しっかり者の妹、アミィさんが店から飛び出してきた。
店の外で起こっている騒動に気づいたのだろうな。
「え、なんでこんなことになっているの。あー、コックコートがビリビリに……せっかく新調したのに! しかも、店の前で上半身裸エプロンなんて信じられない。衛生面のイメージが……もう、早く店の中に入って、着替えて」
「む……だが、アミィよ、まだ身体での語り合いが終わっていないぞ」
「知らないよ、そんなの。良いから、早く着替えてきて」
アミィさんに押し込まれるようにして、店の中へと消えていくマッスルパティシエ。
その光景を呆然と見つめる冒険者、野次馬、俺とセシリア。
やがて、マッスルパティシエを完全に押し込んだアミィさんはため息をついて俺たちの方へと振り向いた。
「えっと、兄が失礼致しました。店は通常営業しておりますので……お騒がせしてしまい大変、申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるアミィさん、しばらくの沈黙。
そして、沈黙が破られると同時に野次馬が店に押し寄せていった。
ちゃっかり、騒ぎを起こしていた冒険者も含め。
「えっ、えっ? 」
突然の大量入店に戸惑いつつも、直ぐに我に帰り、店の中へと戻っていくアミィさん。
「……俺たちも食べていこうか」
「そうですね。これから騎士の方々も来るでしょうし、事情の説明にも協力しましょう」




