友人をたきつけてみた
「さあ、立ち上がれ! その足はただの飾りか? 座り込む時間は終わりだ」
俺はレイヴンをハピネスの元に送り届ける。
そのためには恥などいくらでもかいてやろう。
……いや、これは恥とは呼ばないはずだ。
友人と元部下のため、俺が今していることは……!
「立ち上がるのは足だけじゃない。心もだ。お前の心はそんなに柔なはずがない。デュークも立ち直ると信じたからこそ、あそこまで言ったんだ」
デュークの言葉はただ、怒りや呆れの感情が入っていただけじゃない。
あいつも待っていると言っていた、レイヴンを信じているのさ。
「行くぞ、レイヴン。そら、歩け、走れ! お前のためにハピネスは走っているんだからな。さっさと合流するぞ」
「……ああ。ヨウキ、済まない……いや、ありがとう。なんだか、悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。いや、これも経験にすべきだな。どちらにせよ、俺は馬鹿だ」
「ふっ、安心しろ! レイヴンが馬鹿なら俺はその上を行くぞ!」
俺の発言にレイヴンは目が丸くなる。
そして、口を大きく開けて盛大に笑いだした。
「……はははっ、ヨウキ。それでは、お前は大馬鹿ということか?」
「レイヴン、お前は俺が普通だと思っていたのか」
「……その質問は他者を計る時に使うものだろう。しかも、その聞き方はヨウキ自身が普通ではないと認めているようなものだぞ」
「残念だな、レイヴン。俺という存在は言葉なんかで表現できる程、甘くはない!」
厨二病という言葉三文字で俺は終わる男ではないのだ。
「……ふっ、俺たちは一体、何の話をしているんだっかかな」
さっきまで暗い顔をしていたのが嘘のようで、笑いが止まらないご様子。
これは暴走して話が変な方向にいったわけではなく、全て計算の内だったと言っても信じてはもらえないだろう。
まあ、今の俺は計算などしなくても、気づけば目的地にたどり着くことができるけどな。
「その顔ができるならもう、大丈夫だな。さっさと戻るぞ、遅くなりすぎたら、またデュークに叱られてしまう」
「……そうだな。デュークも同じ日に何度も同じ相手を注意するのは疲れるだろうし。頭を下げるよ」
「当然だ……が。まだまだ、今日は始まったばかりだからな。せいぜい、頑張るが良い」
「……ああ。だが、今日は力まずに自然体でいさせてもらおう。自分でも笑ってしまうくらい、まぬけな話だよ。最近の自分は休むことを忘れていたみたいでな」
「ふむ、確かに無気力な日が続いていたが、休んでいたわけではないからな。むしろ、悩み疲れて……ということもある」
あの状態で充分に休めていたとは考えられないし。
「自分の弱さが原因だけどな。それに今日は純粋に楽しもうと思うんだ。……深い意味はないから、考えなくてもいい」
「純粋に楽しむか……ならば俺も全開でいこうか」
「……ヨウキはセシリアに苦労をかけないためにもセーブした方が良いと思うぞ」
「ふむ。では、合流する頃には元に戻るようにしようじゃないか。我が力、オン、オフは自由自在だ!」
「……ヨウキはヨウキだな」
「当たり前だろう。俺は俺だ。何を言っている」
レイヴンもおかしなことを言う。
いや、ヨウキは陽気と言いたかったのかも。
それとも、俺が発音を間違えてとらえてしまったのか、わからん。
「……そうだな。妙なことを言った」
「ふ……よくわからんが、そろそろケーキ屋に向かうか。俺たちを待っている者たちがしびれを切らしているかもしれん」
「……ああ、行こう。待たせ過ぎた分、それなりに覚悟しないとな」
「そこは自分で切り抜ける……いや、受け入れるしかないだろうな」
説教必須とわかっている分、戻るのは憂鬱なのかと思いきや、表情を見る限りそうではなさそうだ。
これで大丈夫だなと安心し、レイヴンを連れてケーキ屋に向かった。
「ヨウキさん、お疲れ様です。無事にレイヴンさんを連れ戻せたのですね。……ヨウキさんは無事ではなさそうですが」
「……穴があったら入りたい」
今日は絶対に封印、好青年でいようと決めていたのに!
いつにも増しての厨二、何割増しだ、畜生。
現在、ケーキ屋に着いて役目は終わったかのように厨二スイッチが切れた俺は羞恥に身を悶えさせていた。
……そして、悶えている俺をセシリアが介抱している図が出来上がっている。
「ヨウキさん、ケーキですよ。新作だそうです。一緒に食べましょう」
「あああ……調子に乗ってすみません。あそこで終わっていればっ……口走り過ぎた。この口が憎い」
「今回、ヨウキさんはレイヴンさんを立ち直らせるために自分の持ちうる全ての力を発揮したんです。結果、レイヴンさんはこうして立ち直りました。何も悪いことはしていないのですから、元気を出して下さい」
地面に体育座りな俺と同じ視線になるよう、しゃがみ込んで語りかけてくれるセシリアの優しさが痛い。
完全に情けない男丸出しだ。
わかっているのに……ダメージが大きすぎる。
「……ったく、なんで連れ戻しにいった方が今度は落ち込んでいるんすか。意味がわからないっす」
「……不思議」
「あ、あわわ……えっと、私も慰めに……」
「いや、セシリアさんに任せるっす。隊長の扱いは慣れているでしょうし」
俺が落ち込んでいても、元部下は言いたい放題だ。
デューク、それは俺が面倒だからセシリアに投げるというわけではないよな。
まあ、嫌な予想は的中するものでデュークは俺とセシリアから視線を外す。
「帰ってきたっすか。ま、隊長ならやってくれると思ったっすよ。レイヴンのことだから、帰ってこないってことはないと信じていたっすけど」
「……ん」
デュークはほっとした様子で、ハピネスは特に怒っていないのか、レイヴンに買っておいたクレープを差し出す。
しかし、中々レイヴンはクレープを受け取らない。
ただ、立ち尽くしているだけだった。
取り乱していた俺も、レイヴンの様子を見て正気に戻る。
「……聞いてくれ」
レイヴンの口から出た謝罪の言葉。
待たせて迷惑をかけたから、謝罪の理由はそんなところだろう。
しかし、筆談ではなく声に出しての謝罪。
この場には声を聞かれたくないセシリアやイレーネさんがいるはずだ。
だからこそ、博物館までの道のりで会話した際もこそこそと話していたというのに。
「……皆で楽しく過ごしていたのに勝手に抜け出してすまなかった。デュークもせっかく、計画を立ててくれたのに台無しにして申し訳ない。俺の身勝手な行動、本当にすまなかった」
頭を下げるレイヴンに皆の反応は様々。
おそらく、デュークは俺と同じことを考えている、ついに自分の殻を破ったってな。
さすがのセシリアも冷静になれないのか戸惑っているのが、表情に出ている。
イレーネさんはさっきから慌てているから、平行線。
ハピネスは……目を見開いているぞ、一番驚いているみたいだ。
「ま、まあ、迷惑をかけたんだし、謝るのは当然っすね。さ、隊長もセシリアさんもこっちに来るっすよ。ケーキ食べて、小休止するっす」
デュークの号令により、全員が正気に戻る。
その後はデュークが立てた計画通りに過ごした……と思う。
俺は一度誓約を破ったせいか、所々で厨二を連発。
セシリアに引っ張られて、注意を受け反省、そして後悔というループ。
イレーネさんは持ち前のどじっ子を披露し、度々デュークがぎりぎりフォローに入ることで大事にならなかった。
要は笑いの絶えない一日になったということである。
レイヴンも完全に復活したし、俺もデュークもセシリアもほっとしていた。
しかし、数日後、別の問題が発生する。
ハピネスが書き置きを残して姿を消した。