友人を励ましてみた
「デュークからのお誘いなんて、珍しいよな」
宿部屋で俺は身だしなみを整えつつ、一人呟く。
相談したいことがあるから、集まろうなどという置き手紙があったのは数日前。
ケーキ屋で待ち合わせ、男同士でだ。
なんとも嬉しくないといえば嘘になるがデュークが相談なんてよっぽどのこと。
何があったのか知らないがデュークには色々と頼りっぱなしな部分もある
借りがあるということでもないが、困っているなら相談くらいにはのらないと、ばちがあたるというものだ。
準備も終わり、戸締まりの確認もしたところで宿を出た。
「……で、いつものケーキ屋に来たわけだが」
「誰に話しているんすか、隊長?」
「一人言だ。ところで、その真っ白になってて、目に光が無く、髪もぼさぼさ。最早、騎士として最低限の働きが出来るのかわからないレイヴンは何があった?」
ケーキ屋に着いて、真っ先に見えたのが全身フル装備のデューク。
その横に灰になりかけているレイヴンの姿があったわけだ。
「言ったじゃないすか。この前、隊長とハピネスと出掛けてからおかしくなったって」
ハピネスの名前に反応したのか、レイヴンの身体が一瞬、動いた。
こいつは……かなりの重症だな。
「いや、普通の様子じゃないし、明らかに何かあったように見えるよな。でも、俺は何があったのか知らないんだよ。ハピネスにぶっ飛ばされたからな」
また、ハピネスの名前に反応したな。
ちょっと面白いが……口にしたらデュークに怒られそうだし、スルーしよう。
「ぶっ飛ばされたって……」
「言葉通りの意味だよ。あいつ顎めがけて、渾身のストレート叩き込みやがったからな。首が強制的に九十度曲がったんだぞ!?」
「ふんふん。隊長の首がどう曲がったかは置いとくっす。落ちたら俺と一緒になるだけっすから」
「曲がるだけ俺は幸せだな。悪かったよ」
世の中には首が取れているやつもいるもんな。
しかも、割りと身近に、なんなら目の前にいるよ。
「話の脱線は無駄っす。それで、隊長をぶっ飛ばしてまで、見られたくなかったことがハピネスにはあったと」
「ああ。そうだろうな。あの時何があったのか、ハピネスには聞いても答えないし、レイヴンは……」
ちらりと視線を向けるとさっきと状態は変わらず。
まあ、そういうことだ。
「ふーん。そういうことっすか」
「何かわかったのか」
「ん、いや、全然っすよ。現場にいた隊長がわからないのに、話を聞いただけでいなかった俺がわかるわけないじゃないすか」
何言ってるんすかと、まるで俺がアホな発言をしたかのような言われよう。
ちょっと待て、こいつ、いかにもわかったみたいなそぶり見せたよな。
「じゃあ、寸前に言っていたそういうことってなんだよ?」
「ああ。とりあえず、ハピネスがある程度まで心を開いた行動をしたんだなって思っただけっす。何か知らないし……探るは野暮っすね。そういうのは二人だけの思い出にしてあげるのが、俺たち周りの人間の優しさっすよ」
俺たちは人間かと聞き返そうになったが、レイヴンもいるし、気遣いに種族の差は関係ないと考え止めた。
「下手につつくのは止めるべきか」
「見守るっすよ。本人いる前で堂々とこんな話はどうかと思うっすけどね」
「今更それかよ」
兜の中から笑い声が聞こえる。
普通の世間話をするために俺を呼んだわけでもないだろうに。
「デューク、本題は違うだろ。何があった?」
「今日は鋭いっすね隊長。実はレイヴンがこんな調子っすからね。副団長がこれを期に、団長の座を狙ってるみたいなんすよ」
「なんだ、その展開は。どこの王道ファンタジーだよ」
これで決闘とかになって、熱い勝負になるか、一瞬で終わるかっていう感じだろ。
そもそも、レイヴンは勇者パーティーとしての功績もあるし、簡単には騎士団長の地位を降ろされない
と思うけどな。
「王道って、よくわかんないっすけど。ま、隊長も思っているでしょうけど、レイヴンの今までの功績を考えたら、現実味のある話とは思えないっす」
「だろ?」
「でも、レイヴンのことを良く思っていない連中は何人かいるっすよ。副団長派っていうんすかね。派閥とかっていうやつっす」
組織的な物にはつきものだと思うが、デュークはげんなりとした表情。
同じ組織にいる仲間だというのに、その辺は人間も魔族も変わらないな。
「そんな中、この状態のレイヴンのフォローをするのが疲れたと」
「そうっす!」
「……だってよ。何か反論はあるか」
脱け殻になっているレイヴンに声をかけるが、返事は返ってこない。
肩を揺すって現実に戻れと言い聞かすが反応なし。
真面目に何があったのか、ここまでくるとおかしいと思うレベルだ。
「おい。これは……何か毒か何か盛られてるんじゃないのか」
「または、闇属性関連の魔法にかけられているかもしれないっす」
二人で好き勝手な憶測を立て始める。
ここまで言って何も反応しないのなら、本格的に薬や魔法にやられているとしか……。
「……安心しろ。ずっと、起きている」
「あ、大丈夫だった」
「……俺が反応しないからと言って、全く。安心しろ、ヨウキ。俺は正常だ」
「そういうこと言うやつに限って無理してるパターンが多いから、信用できねぇ」
魔法や薬のことは心配しなくて良いかと思うが、病んでいるのは間違いない。
そして、理由も何となくわかる。
「そうっすよ。心配するなっていっておいて、最近空回りばっかじゃないすか」
ちゃんとした証人もいるから言い逃れ出来ないな。
「……くそっ。俺は何をしているんだ。こんなんじゃ俺は……」
「気負ってんな。なんかあったのか。愚痴なら聞くぞ。悩みがあるなら、相談に乗るし。気晴らしにはなるだろ」
「ほら、普段は甲斐性なしな隊長がここまで言ってくれてるんすから、お言葉に甘えるべきっすよ」
「悪かったな、甲斐性なしで!」
「……ふっ、すまない。心配をかけたな。もう、大丈夫だ」
大丈夫とか無理に作った笑顔で言われてもな。
説得力皆無で安心できない。
「んなわけあるか! こんな漫才みたいなやり取りを一回見ただけで元気になるなら、デュークは俺を呼ばないだろ。なっ、ハピネス」
「……何!?」
ものすごい速さで振り向くレイヴン。
そこにハピネスはいない、俺がついた嘘だからな。
しかし、これで何が原因でレイヴンがこんな状態なのか、確信することができたな、うん。
「隊長……今のレイヴンにそれはやっちゃダメっすよ。ほら」
デュークの指摘を受け、レイヴンを見る。
そこには両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏すレイヴンの姿があった。
ここまでの大ダメージになるとは、予想外だ。
よし、一度、話題を逸らそう。
「レ、レイヴン、すまなかったな。俺も最近、空回り気味で、どうすれば良いかと迷ってて」
「……そうなのか。ヨウキも」
「ああ。この前は都市伝説を信じて旅行がてらに恋のキューピットに恋愛相談をしに行ってさ」
「……へぇ、そんな伝説がある町があるのか」
このままハピネスの名前を出さない話題に持っていく作戦でいこう。
レイヴンも恋愛相談に食いついてきたし、興味のある話で地雷は踏まない方向で。
「ブライリングっていう町にな。ユウガと遭遇して大変だったよ」
「……ユウガと二人か。大丈夫だったのか?」
レイヴンにも心配をされたか。
これでミカナにも心配されたら、ユウガも不名誉な称号を獲得できるな。
一人は心配勇者……カッコ悪いな。
「まあな。それで色々とあって、ミネルバに帰ってきたら、速攻でセシリアに会いに行った……あ」
つい、思い出したくもない、ユウガとの思い出話をスルーしてセシリアに会いに行ったことを話してしまった。
「……そうか、ヨウキは、セシリアに、会いに」
「隊長、レイヴンが落ち込んだっす」
「俺のせいかよ!? いいか、レイヴン。俺がセシリアとティータイムするのは俺とセシリアの自由だ。だから、ハピネスに会いに行くのもレイヴンの自由なんだぞ」
だから、会ったぐらいで嫉妬するなという話だ。
そういうのは良くない、ハピネスに嫌われるぞ。
あいつがそういうの気にするか知らないけどな。
「……そうだな。すまん、ヨウキ」
「わかってくれれば良いんだ。それで、まとめると会いたいなら会えってことだな」
「どうまとめてそうなったっすか!?」
デュークがうるさいが最終的にはそういう見解になるだろう。
ハピネスに会えば、万事解決するさ、必ず。
「よし、今から行くか」
「……それは、さすがにな。つ、都合もあるだろうし。おっと、そろそろ鍛練の時間だな。デューク、行くぞ」
「は!? 聞いてないっすよ。ちょ、まじっすかあぁぁぁ」
小さくなっていくデュークの声。
まさか、逃亡するとは思っていなかった。
全然、大丈夫じゃないなやっぱり。
「これは多少の荒療治が必要か……?」
一人で突っ走り、やらかすという構図にはもう何度も経験した。
今回はしっかりした人に相談してから、行動に移そう。
というわけで俺はセシリアに連絡をとり、作戦会議の日程を決めたのである。




