勇者と相談してみた
「待っている……か。彼女はそういう子だったかな。はっはっは……私に見せない一面があったのかい」
ガラス張りの蓋を開け、頬を撫でながら眠ったままの女性に語りかけている。
そういうことしているから、目覚めないんじゃないのかと思ってしまう。
目が覚めたらどれだけ溺愛するのかという話だ。
「……ま、今聞いた話と様子を見るに他の女性に手を出したりはしないってことはわかった」
二百年以上も待ち続けているんだ。
今更、別の女性に乗り換えなんてしないだろ。
「そう、私は彼女一筋さ、好きだ、愛してる」
「そういうのは俺が帰ってからで頼む」
「私の願いはただ一つ。この身が朽ち果てる瞬間まで、彼女と一緒に時を過ごすことだよ」
「重い愛だな」
そこまで想われているのなら、彼女さんもまんざらじゃないと思うけど。
「なんと言われようと、これが私の彼女に対しての愛だ。君にもいつかわかる。……いや、見つけられるよ。愛する者への、君だけの愛をね」
「なんか、まだわからんな」
愛ってすぐに語れるようなものだろうか。
俺はセシリアが好きだと胸をはって言えるが、愛しているは早い気がする。
「ま、君へ向ける言葉は昨日の時点で終わっているからね。これ以上の領域は早いかな」
「人のことをお子ちゃまみたいな扱いすんな」
これでも精神年齢ならそこそこ……。
「これは失礼した。でも、恋愛に年は関係ないさ。例えば君の言うお子ちゃまでも、恋愛に浸っているかもしれないのだから」
「恋愛に浸るお子ちゃまって」
それはませているというのではないだろうか。
「大分、話が逸れたね。結局のところ、本題は私が疑われていたわけだが。君から見たらどうだい。私が浮気をすると、彼女をこんなにも愛しているのに」
こんな、恥ずかしげもなく愛している、愛していると連呼出来るのはすごい……っと、話が脱線してしまう。
まあ、カイウスがショットくんに直接何かをしたってことはなさそうだ。
愛しそうにガラス張りの蓋を撫でている姿を見てると、ため息をつきたくなるけどな。
これは俺が出会ったことのないタイプの人種だ。
カイウスは吸血鬼だけど。
「女がらみの可能性はほぼゼロと言って良さそうだ。じゃ、帰らせてもらうわ」
「何かあったら、また、来たまえ。私は来るもの拒まずさ。恋のキューピッドの異名は伊達じゃいぞ」
「俺の周りで、恋に悩んでいるやつ……うん、いるわ。俺より進んでいそうだけど、すごく心配な二人組」
二人とも似たタイプだから、あれからの進展が心配だ。
ハピネスは特に動揺もしておらず、普通だったが、レイヴンはどうなのか。
最近、会ってないのでわからん。
「私は誰だって歓迎するよ。恋に迷える者を導くのが、私の……いや、何でもない。とにかく、私は君の言うことを信じて、彼女に誠心誠意を込めて謝罪をする!」
「おお、いいんじゃないか」
物語とかだったら王子様のキスとかだけどな。
恋人からの誠意のこもった謝罪か。
ロマンチックさがあるかどうかは置いといて。
「じゃ、お邪魔虫は退散するかな。ごゆっくりとお幸せに」
「言われなくても、私は彼女を幸せにするつもりさ。さて、今日はたくさん話すことがあるからね。ふふふ……楽しみだ」
怪しげな笑みを見ると、改めてカイウスが吸血鬼だということを認識してしまう。
まあ、俺に止める権利はないので、彼女さんに軽く合掌し、部屋を出てそっとドアを閉じた。
最後の笑みに怪しさを感じたことを考慮しても、理由なく貴族にちょっかいをかけるようには思えないな。
「でも、ショットくんだってカイウスにいきなり八つ当たりに走らないよなぁ。わざわざ、ユウガまで呼んで」
「呼んだ?」
「うぉわあ!?」
ぶつぶつ一人言を言って、ユウガの名前を出したら本人が現れた。
良い意味でも悪い意味でもタイミング良く現れることは勇者の特権な気がする。
「いきなり、現れんな。後ろから覗き込むな、そういうことは女性にやれ。俺にやるな」
ドキドキもしないし、顔も赤くならないからな。
したら問題……って、そもそも俺にそんな趣味はねえ。
「あはは、ごめんね。そういえば、この前ミカナにもやったら、注意されたなあ。心臓が飛び出すかと思ったってさ」
「いや、それって……」
大袈裟だよねと言い、笑うユウガに思わず呆れ顔。
こいつはそういうところを直せとカイウスに言われたのでは?
能天気で自由、こいつの頭の中は平和なんだろうなぁ、羨ましい。
「カイウスの言葉を無駄にすんなよ……」
「え、どういう意味」
「自分で気づけ。それに今はお前のことじゃなくて、ショットくんのことだろ」
「あ、そうだね。僕が受けた依頼だし、責任持って聞き込み頑張ってきたよ。実はね、ショットくん、嘘をついていたみたい。信じたくなかったけど」
暗い表情を見せるユウガ。
まあ、こいつもガチガチ主人公タイプの人間だからな。
友人に嘘をつかれるとは思っていなかったっという口だろう。
「ショットくんにも理由があると思うんだ。でも、僕に嘘をついてまで」
「待て待て、まず、嘘ってどんな嘘だ。話についていけん」
「ああ、ごめんごめん。嘘っていうのはショットくんが仲良くしていた女の子たちの話。町の人たちに聞いたんだけど、修道院になんて行ってないって」
「行ってない?」
「うん。皆、幸せに暮らしているってさ」
「うーん」
女の子たちがどうしているかについて、嘘をついたってか。
そんなことに嘘ついて何の意味があるんだ。
「彼氏さんと」
「彼氏さん?」
「うん。皆、それぞれ彼氏さんといたよ。ショットくんのことが好きだった子もいたのにな」
「あー……」
もしかしたら、もしかしたらだが、ショットくんの行動の意図がわかったかもしれない。
俺の想像通りだとしたら、果てしなく自分勝手でくだらない理由だ。
苛立ちと呆れが混じり合う感覚に襲われる。
「ヨウキくん、その表情はまさか……謎がとけたんだね」
「お前は探偵の助手か! まあ、ぼちぼち……全部想像だけど」
あのショットくんが平民嫌い、貴族主義で自分のやることはなんでも許されると思っているようなら確実だ。
「よし、じゃあ、早速ショットくんのところに行こう。間違いは直ぐに正して更正させないと」
「ちょっと、待った」
確認したいこともあるので、ショットくんの所に行くにはまだ早い。
前回のように引きずられないように、こっそり肉体強化してユウガに抗う。
「あ、あれ? なんで」
「行動に出るのが早すぎなんだよ。人の話は最後まで聞けって。……更正するなら、徹底的にやる。まずは掴んでいる腕を離せ」
男と仲良く腕組む趣味はないんだよ。
「どういうこと」
思ったより、あっさりと腕を離したな。
更正させるって話に食いついたのか。
嘘をつかれても友人……いや、ユウガは友人じゃなくても人を正すためなら他人のために行動に出そうだ。
まさに王道主人公だな。
「まあ、ぶっちゃけ。今から俺たちが乗り込んでもあまり状況は変わらん」
「どうしてさ、ヨウキくんはどうしてショットくんが僕に嘘をついたのか。カイウスさんを吸血鬼扱いして、討伐させようとしたのかわかっているんでしょ」
「想像って言ったろ」
ほぼ確実に当たっているだろうけど。
「なら、解決だって直ぐに出来るよ。僕とヨウキくんなら」
「俺らはいつから、何でも解決出来るようになった」
あと、その言い方俺とユウガがコンビ組んでるみたいだから止めろ。
「じゃあ、どうするのさ」
友人のことだからか、冷静になれないのか。
つーか、こういうシリアスな雰囲気は好きじゃない。
ユウガも長く説明しても混乱するだろうし、要件だけ伝えよう。
「カイウスを呼んで、ショットくんの恋愛相談にのってもらう」