勇者と落ち込んでみた
「ごふっ!?」
俺は血を拭きだすかと思う程のダメージを受け、テーブルに突っ伏した。 恋のキューピッドの言うことは正しい。
物語でも現実でも恋愛には障害はつきもの。
自分よりハイスペックなライバルとか。
ちらりとユウガを見る。 こいつもこんなんだが、セシリアのことが好きだと言っている以上、ライバルなわけだ。
トラブルメーカーだろうが関係ない。
好意向けられているのだから、セシリアがなびかない可能性がないとは言えない。
「彼にも言ったけど、だからといって焦るのは違うよ。君の好きな子が君を待ってくれているかもしれないけど、相手にされてない可能性もあるからね」
「おおふ……それは考えたくないな。ショックすぎる」
セシリアから見たら、良いお友達かもしれないってことだよな。
「はっはっは。ネガティブなことばかり考えるのも良くないか。君は好きな子とどれくらい過ごしている?」
「どれくらいって……相手の都合に合わせてるかな。まあ、迷惑かけて、いきなり来てもらったりもしてるけど」
セシリアも多忙な時は多忙だ。
無理して時間作ってもらうのも悪いしな。
そんな中で俺がアホをやった時はすぐに飛んできて、ありがたい言葉を聞かせてくれるのだ。
……あれ、俺ってすごいセシリアに迷惑かけてないか。
「一緒に過ごしてくれる。それだけで、君は幸せだと思わないかい」
「いや、そりゃあ、まあ」
「考えてみるんだ。その子は自分の時間を君と過ごすことに使っている。そう考えると……特別な感情が浮かばないかい」
「時間……か。そうだな、俺のためにって考えるのはちょっと自惚れが過ぎると思う。でも、俺と過ごすことを選んでくれているなら……素直に嬉しい」
「そうだろう。感謝とかじゃなく、純粋な嬉しさ。好きだという感情が大きければ大きい程、比例して増すものさ。好きな子も君に好意を抱いていたら……」
何かを言おうとした所で指を鳴らす。
その行動に意味があるのか。
とりあえず、先の言葉は察しろということだろう。
「頑張りたまえよ。君たちはまだ若い。心の内をさらけ出して、全力でぶつかることだ」
「出来るかどうかわからないが、善処する」
別の意味合いのことでなら、セシリアにはいろいろとさらけ出している気もするが。
ちなみにユウガはまだ帰ってきていない。
一応、救済処置もあったんだから回復しろよ。
「僕の、選択で、誰かが……」
「おい、もう終わったし帰るぞ!」
「……えっ? あ、ヨウキくんの方は終わったの」
「お前、自分の世界に行ってたから聞こえてなかったのな」
聞こえていなくてこちらとしては好都合。
察しの悪いユウガだがトラブルメーカーは伊達じゃない。
こいつの場合、何がきっかけでハプニングが発生するかわからん。
聞かれてないなら、言う必要もなしだ。
「うーん、ヨウキくんの話も聞いてみたかったのにな」
「つーか、お前友人の頼み事についてはどうすんだ」
「あっ、そうだった……。どうしようかな、もう一度、友人から話を聞いて情報の出所を探ってみるよ」
「そうか、頑張れよ」
俺はさっさと行けと言わんばかりに、入ってきた扉を指差す。
あとはお別れの挨拶として、手を振るだけだ。
「え、ここまで一緒に来たのに帰るときは別行動なの?」
「俺は一緒に来たんじゃなくて引っ張られて来たっていう感覚だがな」
仲良く並んで来た覚えもなければ後ろを着いていった覚えもない。
「うぅ、わかったよ。じゃあね」
ユウガは寂しげな表情を見せ、とぼとぼと部屋から去っていった。
女だったら保護欲をくすぐるような雰囲気を出していたぞ。
何をやっても様になるってのは勇者の特権なんだろうな。
「……で、君は何故残ったのかな。もう、恋愛相談は終わったはずだけど」
「いや、確認したいことがあってな。……ちょっと待ってくれ」
嗅覚を強化して、ユウガの位置を探り、廃城から出るまで待つ。
ユウガに聞かれたら不味い話題だからな。
しかし、歩く速さが遅いのか、中々離れない。
そんなに俺と一緒に帰れなかったことがショックだったのか。
「待つとはどれくらいかな。私も暇ではないよ」
「そうか。……城からは出てないけど、充分離れたっぽいし、いいか」
俺は一呼吸置いて恋のキューピッドを名のる男を見つめる。
こいつがついた一つの嘘を糾弾するために。
「あんた、吸血鬼だろ」
「……何を言っているのかな。さっきも言ったはずだろう。それは誰かが流したデマさ。私はいたって普通の人間さ」
「隠すなって、わずかに口から血の臭いがするんだよ。俺は騙されないぞ」
嗅覚強化している俺にはわかる。
はっきりした血の臭いだ。
それに、この廃城は入った時から何かを違和感があったからな。
こんな所に一人でひっそりと住んでいるなんて、どう考えてもおかしい。
「臭い……ね。君は獣人だったかな。微かな臭いしかしないはずだけど」
男の身なりがいきなり変わった。
正体を表したのか、口から鋭利な牙を覗かせている。
「獣人じゃないぞ。俺は魔族だ」
俺はわかりやすいように角と翼を生やす。
俺が魔族だということが意外だったのか、男は一瞬だが目を丸くした。
「……魔族だったとはね。失礼したよ。まさか、魔族が僕の所に恋愛相談に来るなんて思わなかったから」
「俺だって吸血鬼が恋のキューピッドをやっているなんて思わなかったけどな」
優男の情報が正しければこの吸血鬼、少なくとも二百年は人間の恋愛相談にのっていたことになる。
血の臭いは感じるのだから、血を吸っていることは間違いない。
しかし、俺やユウガの恋愛相談は的確だったので、恋のキューピッドであることも間違いない。
「そんなに吸血鬼が恋愛相談にのっていることが変かな。私がどう生きようと勝手だろう。君も何故か人間として生活をしているみたいだし」
「まあ、俺はいろいろと事情があるからな」
「だったら私もそうだよ。人にはいろいろな事情があるものさ」
「俺も貴方も人じゃないけどな」「違いないね。君は面白そうだ。……そういえば、まだ名乗っていなかったね。私の名はカイウス。恋のキューピッド歴二百三年のカイウスさ」
「俺はヨウキだ。前世は人間で現世は魔族。現在、人間の僧侶に恋をしている」
「ほほう、本当に君は面白いね。積もる話が沢山ありそうだ」
「そんなには……あるっちゃあるな」
話そうとしたら、一日では終わらない気がする。 まあ、さすがに会ったばかりの吸血鬼に俺のこれまでの生きざまを語る気にはならない。
「はっはっは、私もいろいろとあるがね。……ああ、念のために言っておこう。君が感じた血の臭い。人のものではないから安心したまえ」
「町をさっと回った限りじゃ、吸血鬼が住み着いているとは思わなかったからな。その辺は大丈夫だと思っている」
仮に町の人たちではなく、旅人を襲っていたとしてもだ。
旅人でも何人もこの辺で消息を断っていたら、変な噂になるだろうし。
ギルドにも依頼が来るはず。
「美味しくはないけど、獣で我慢をしているのさ」
「ふぅん、そうか。なら話は終わりだな」
俺がしたかったのは吸血鬼の目的の確認だ。
嘘は言っていないっぽいし、町の人たちの様子を考えるとこいつが何かをしているとは考えられにくい。
俺は角を折り、翼を千切って魔族モードを終了する。
用も済んだわけだし、帰るかな。




