一週間最後の日 zwei
ロールガンド軍事基地 第3格納庫にて
ハンス・アグザートは整備士である。整備士といっても一般的な移動手段として使用される自動車や飛行機などの整備士ではない。
彼が整備するのは鉄の塊だ。もちろんそれが正式名称ではなく単なる呼称なのだが、見た目を考えればこの呼称も妥当であると彼は思っていた。
ハンスが鉄の塊と呼称しているそれは『シュタールソルダート』と、この国では呼ばれていた。
シュタールソルダートはその外観や構造から分かるように戦闘兵器である。決して人道的な目的のために使われるのではなく『敵を殺す』という目標の達成のために作られた殺戮兵器だ。いかに敵を殲滅しどうすれば作戦を迅速かつ正確に遂行できるかという考えのもとに開発者が作ったものだ。
整備士であるハンスにとって、目的や開発者の考えは意味をなさないが『人殺しの兵器を万全な状態で人殺しに向かわせている』という間接的な関係があることは重々承知の上だった。ハンス自身も人殺しを全否定するわけでもなく全肯定するわけでもなかったので自分を責めるわけでもなく誰かにあたることもなかった。彼にとって兵器を使っての戦争行為は何かしらの平和を得るための『手段』であるとしか考えてはいなかった。
だから、そんな考えを持っている彼は目の前に居る幼い少女に対する対応に困っていた。
「おじさん。ここどこ?」
「あのね、さっきから言ってるけど僕はおじさんじゃないからね。お兄さんだからね?」
「じゃあ、おじちゃん。お母さん知らない?」
「君のお母さんがどんな顔かわからないから知らないけれど、お“にい”さんだからね」
「それで、おじさんここどこ?」
ハンスは目の前に居る幼い子供とこの問答を続けていた。
なぜこうなってしまったのか。事の発端はハンスが休憩時間中に格納庫内を移動していた時の事だった。
ハンスは自分の休憩時間が回ってきたため整備に使用していた工具箱をしまいに行こうと格納庫を移動していた時に絶対格納庫に居るはずのない幼い子供を見かけた。そもそも最前線の軍事基地であるロールガンド軍事基地には街や大型商業施設があるはずもなく、民間人が立ち入りできる場所ではなかった。そのはずだが、視線の先にはには幼い少女が居るのだ。しかも一人で。なぜここに居るのかと考えたとき浮かび上がる選択肢には、基地司令部の幹部にあたる人物の縁者か基地養育許可を持つ誰かの縁者の2つしかなかった。しかし、後者の場合原則軍事基地の中にある臨時養育場以外への立ち入りは禁止されているのでありえなかった。そうなると選択肢は1つに絞られてくる。だが、この少女を司令部の幹部にあたる誰かのもとに連れていこうにもハンスがその司令部の幹部の誰かと接点を持っているはずもなく結局どうすることもできなかった。
その結果が今の現状である。ハンスとしては貴重な休憩時間を子供のために費やしたくはなかったのでさっさとこの場を立ち去りたかったが、心の中の良心が働くのか少女をここに置いていくことができなかった。
「わ、わかった。もうおじさんでもなんでもいい。で、そのお母さんとはどこではぐれた?」
「おじさん一緒に探してくれるの?」
「しゃーない。こんな危ない所に居てもらったらこっちが困る」
「ありがとね、お兄さん!」
ハンスはその言葉を聞いて少し喜んだ自分を見て、『俺ってロリコンかもしれない』という危惧を抱き、少女の母親探しを手伝う事となった。