二羽の小鳥
二羽の小鳥がえっほこえっほこ、地面を歩いておりました。
「ねぇ」
と、とぼけた一羽が云いました。
「僕らはどうして歩いているんだろうね。翼があるのに」
「さてね」
と、皮肉な一羽が云いました。
「翼があるからなんじゃないかね」
「翼があるから?どうして?」
「翼があれば、飛ぶことができるからさ」
「‥‥君の云うことはよく分からないよ」
とぼけた一羽が困惑したように云うと、皮肉な一羽は少し笑いました。
二羽の小鳥がえっほこえっほこ、地面を歩いておりました。
「ねぇ」
と、とぼけた一羽が云いました。
「木々とは、大きなものなのだね」
と云いました。皮肉な一羽は笑うと、
「普段この足の下にしているものの偉大さを、知ったのだね」
と云いました。
とぼけた一羽が云いました。
「知らなかったね」
「知らなかったな。我々には翼があって、いつだって空を行くのだからな」
「地を行くのは偉大なことだね」
とぼけた一羽は満足そうに笑って、皮肉な一羽は面白そうに笑いました。
二羽の小鳥がえっほこえっほこ、地面を歩いておりました。
「ねぇ」
と、とぼけた一羽が云いました。
「地面にも、花は咲いているのだね。
見てごらんよ、この小さな花を。小さいといっても僕らの背よりも高くて、見上げなければ花は見えないのだけれど」
「知らなかったな。一面の花畑を見下ろしたことはあっても、それを作っている小さなものがあることなど、知らなかったな」
皮肉な一羽は珍しく、素直に驚きを表しました。
二羽の小鳥は飽きもせず、その小さな花を見つめておりました。
二羽の小鳥がえっほこえっほこ、地面を歩いておりました。二羽は黙って歩いておりました。木々や、花や、草が生えていたようなところは遥か後方で、二羽はそれから長い長い道のりをずっと歩いて、今は枯れた大地に至っておりました。
(なにか、凄いな)
とぼけた一羽は声に出さず、そう思いました。
(なにか、凄いな。
このままずっとこんな景色だったとしたら、僕の心も枯れてしまいそうだ)
そう思って、ぶるりと一度身を震わせました。
(飛びたいな)
と、思いました。
(もぅ、長いこと歩いてきた。飛ぶことを忘れてしまってやしないだろうか)
とぼけた一羽が試すように翼を動かすのを見て、皮肉な一羽は何も云いませんでした。
辺りは見渡す限りの荒野で、歩き続ける二羽以外に、動くものもありません。とぼけた一羽は意を決して、口を開きました。そのくちばしを開くのは久しぶりでした。
「‥‥ねぇ」
と云って、その声がかすれているのでびっくりして、それでもとぼけた風だった一羽は云いました。
「‥‥僕はもぅ、飛んで行こうと思うよ」
「そうか」
と皮肉な一羽は云いました。その声も枯れていたけれど、どうしてか、とぼけた風だった一羽のそれほど頼りない感じはしませんでした。
「それじゃ、ここで、お別れだな」
と云いました。
「‥‥どうして僕らは歩いていたんだろう?」
最後のように、云いました。
「さてね」
と皮肉な一羽は云って、空を見上げました。
「俺は疑問に思ったんだ。翼があるからって飛ばなきゃならないのかな?
‥‥だから歩いているんだ。君が何を想って共にいたのかは、君にしか分からないと思うよ」
呟くような皮肉な一羽の言葉に、とぼけていた一羽は少し考えて、目を閉じて、開けました。
「‥‥そう。僕はどうだったのか、僕にもよく分からないよ。
それじゃ、さよならだね」
かすれた声でそう云って、後ろめたそうに翼に力を込めました。
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一羽の小鳥がえっほこえっほこ、地面を歩いておりました。
ようやく荒野の終わりが見えて、一羽はほっとしておりました。
「ようやくここまで来たのだなぁ」
かすれた声で云いました。
もう連れはいないので、別に声に出さなくてもよかったのですが、それでも虚空へ向けて云いました。
「そりゃ、飛んだほうがはやかったのは分かっているけどな」
自嘲するように云いました。それから、息継ぎだけをはさみながら、確かめるように云いました。
「歩いていたかったから、歩いていたんだ」
「翼があるから飛べるのは確かだけれど、飛ばなければならないわけでもないはずだ」
「意地だけで歩いて来れたんだ。翼があっても、歩いていいじゃないか」
「いろいろと発見もあった。
確かに、飛ぶより遅いし疲れるけど、
翼があっても、飛ばなくたっていいじゃないか」
「でも――」
ふと小鳥は言葉を途切れさせました。
周りを見回して、ちょっと肩を落としました。
「‥‥流石に一羽だと、つらいのは確かだ」
一羽の小鳥は空を見上げて、視線を落として前を見て、一羽っきりで歩いておりました。
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一羽の小鳥がえっほこえっほこ、地面を歩いておりました。
一羽の小鳥が空から降りて、その目の前に立ちました。
「やぁ」
と、降りてきた一羽が云いました。
「よぅ」
と、歩いていた一羽が云いました。
空から降りてきた一羽は気まずそうに何も云えず、歩いていた一羽も何も云いませんでした。二羽の小鳥は黙ってそこに立っておりました。
「‥‥止まっていても仕方ないよね」
降りてきた一羽は意を決したようにそう云いました。歩いていた一羽はにやりと笑うと、
「それもそうだな。
俺は歩くけれど、君はどうする?」
と云いました。
「‥‥」
二羽はそろって歩き出しました。
「‥‥」
「‥‥」
やっぱりしばらく黙って歩いておりました。
「‥‥あれから」
「ん?」
「あれからも、ずぅっと歩いていたのかい?」
飛んできた一羽は気まずそうに、歩いていた一羽はそれを笑い飛ばしました。
「意地っ張りだからな」
「‥‥」
と、少し黙って、
「‥‥君は凄いな」
と云いました。
歩いていた一羽は、やっぱり笑い飛ばしました。
「別に凄いことないさ。ただ引っ込みつかなかっただけでさ。
やり直したりできる君も、凄いよ」
いつになく陽気に、歩いていた一羽は云いました。
「‥‥」
「‥‥」
また黙りました。
「‥‥あれから」
「ん?」
「あれから空を飛んだけど。
確かに空こそ僕らの生きる場所だと思ったけど。
わくわくするような新しい発見は、地の上にこそあるんだなぁと思ったよ」
いつになく真摯に、飛んできた一羽は云いました。
「‥‥」
「‥‥」
また黙って歩いておりました。
「‥‥また、しばらくの間かもしれないけれど、共に歩いてみてもいいだろうか?」
「君は正直だな」
と、歩いていた一羽は笑って、
「いいも悪いもないよ。やりたいようにやればいい。
嫌になるまでは、共に歩こうか」
「共に歩こうか」
二羽の小鳥がえっほこえっほこ、地面を歩いて行きました。