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第三話『自由の時間』

 ――恋愛って難しいですね。

 いつだったか、僕のPCにそんなメッセが届いたことがある。

〈難しく返す必要なんてないんじゃないですか?〉

 そんなことを言われたって、僕だって困る。僕も恋なんて、ろくに経験したことがないんだから。

 相手の人がやけに軽い調子で言うものだから、僕はその人がどういう気持ちでそんなことを言っているのか判断できなかった。軽い冗談――ではなかったのだろう、とは思うのだけど。

〈わたしね、自分がやりたい恋愛を小説で書いてる気がするんです。意識的にしろ無意識的にしろ〉

 小説には作者の意識が反映される。どんなにできが悪かろうと、頭で考えた文章を書いている時点で、それは避けようもない事実だ。だから自分の理想とする恋愛を恋愛小説に書いてしまうというのは、当たり前と言えば当たり前のことだ。

〈それが嫌なんですか?〉

〈そういうわけじゃないんですけどね〉

 じゃあどういうわけなんだ、とはさすがに聞かなかった。

〈夢見がちなのが嫌ってことですか?〉

 理想の恋愛を書いていると言うのなら、僕が読んだあの小説は夢見がちな恋愛と言えると思う。

〈いやいや(笑) やっぱり人は夢を見なくちゃいけないと思います〉



 かぜ子ちゃんは僕が渡した未完の小説を、興味深そうに読んでいる。ふんふん、とか、ほうほう、とか、それらしく唸っている。彼女が小説に興味を持って僕についてきたのは、少なくとも本当のことだとわかった。

 待っている時間が無駄なので、今読んでもらっている小説の設定を深める作業に移った。僕は所詮ネット作者であって、作家でも何でもないのだけど、自分の小説の完成度はできるだけ上げたいと思っている。手を抜くところは抜くけれど、抜くべきでないところは抜かずに頑張りたい。

 しばらく無言の時間が続いて、かぜ子ちゃんが大きく息をつく声が聞こえた。

「ねえ、秋」

「なんだ?」

 呼び捨てにされるのはもう諦めた。それにかぜ子ちゃんに呼び捨てにされても、なぜか嫌な気がしない自分がいる。

「他の小説も読ませて」

「それはいいけど、その前にそれの感想が聞きたい」

「気になることがあるんだよね」

「気になること?」

「うん」

 真面目な顔でうなずく。

「……『銀色の夢』でいいか?」

「ちなみに内容は?」

「姉弟が夢に囚われて、現実と夢の境が曖昧になってどんどん先行きが暗くなっていく話」

「なるほど。うん、それ読ませて」

「ああ。紙媒体はないから、PCで読んで」

 かぜ子ちゃんを促して、今まで僕が座っていた椅子に座らせた。文書ソフトを起動して、『銀色の夢』を開く。

「結構長いんだけど、全部読む気?」

「うーん……何日かにわけていい?」

 かぜ子ちゃんはPCに表示されたページ数を見て、苦笑しながら言った。

「じゃあ、僕が利用してる小説サイト教えるから」

 かぜ子ちゃんの後ろからPCを弄って、サイトを開ける。

「このサイトでタイトルを検索したら読める」

「言いにくいんだけどさ」

「うん?」

「うち、PCないんだ」

「ないのか。じゃあどうするか。携帯で読むのも大変だしな」

 携帯で読むくらいなら、今日一日で全部読んだほうが楽なくらい――というのは、少々言い過ぎか。とにかく携帯で読むのは大変だ。ネット小説とは言っても、僕は携帯に配慮した書き方なんていうのは一切していない。そんなことをするのは、僕にとっては無駄なこととしか思えないからだ。携帯に合わせて書くとレイアウトも変になるし、書きにくい。

「ここに来ても、いいかな?」

「ここに?」

「うん。わたしの学校が終わったらさ、ここに読みに来てもいいかな?」

 許可してしまってもいいものだろうか。僕には平日から遊ぶような友達はいないに等しい。バイトも恥ずかしながらやっていないので、かぜ子ちゃんがいつ訪ねてきてもいつでも対応することはできる。けれど、かぜ子ちゃんのほうが困らないか? 高校生なら、クラスの子と放課後を過ごすのが通例じゃないのか?

 女の子の通例なんて知らないけど。

「まあ、きみがいいならいいよ。携帯は持っている?」

「もちろん」

「アドレスを交換しよう。来る前には連絡してくれ」

「うん」

 かぜ子ちゃんはポケットから赤い携帯を取り出した。ストラップの類は一切ついておらず、飾り気のない携帯だ。僕も人のことは言えないような携帯を取り出して、赤外線通信を使ってアドレスを交換した。

「今日は二話まで読んで帰るよ」

「ああ。そうしてくれ」


 その日の夜、PCに未読のメッセがあることに気づいた。

〈みんなでチャットしよー(○´∀`)ノ゛〉

〈ごめん、気づかなかった。みんなって?〉

〈南角さん。もしかしたら白竜くんも来るかも〉

 南角さんか。久しぶりだな。

〈了解。まあ、今いるのはふたりだけみたいだね〉

 会議ツールという名だけあって、複数人でチャットや通話をすることができる。それを利用して、僕たちは時折集まってはチャットや通話を楽しんでいる。今日は僕とれんれんさん、それから北堀南角さん。南角さんは本格ミステリを書いている人で、今は新本格にも手を出そうとしているらしい。

〈白竜くんは、今は宿題?〉

 白竜くんは中学生らしい。チャットに誘った時の断り文句は、ほとんどが宿題だった。正統派ファンタジーを書くことが多いけれど、たまに『一匹スライム』のようなギャグ小説を書くこともある。

〈そうなんじゃないかな?(´・ω・`)〉

〈こんばんは。私が最後かな?〉

 南角さんがログインして、今日のメンバーが揃った。

〈お仕事は大丈夫なんですか?(´・ω・`)〉

〈さっき採点が終わって、記録し終えたところだ。ちょっと休息がてらにね〉

 南角さんは小学校教師をしているのだそうだ。小説の更新は定期的に行われているけれど、仕事の都合上、チャットにはあまり顔を出すことはできない。

〈秋さんの『銀色の夢』はいいね。読み進めるほどに最悪な気分になれる〉

 最悪の気分とは、これはまた――――最高の褒め言葉だ。

〈きみの心理描写は見習いたいね。もっとも、私は極端に言えば、人を殺す方法を考えればいいだけなんだが〉

〈せんせー、物騒ですよぅ((o(;□;`)o))〉

 僕らがどんな集まりか知らない人が見たら、ちょっとまずい内容かもしれない。

〈怖いものだな。普段は子どもの教育をしているんだから〉

 全くです。

 なんて、そんなことは思っていないけれど。小説と現実は違う。そこは切り離して考えるべきで、たとえば学校の教師が『バトルロワイヤル』のような作品を作ったとしても、それによってその人の人間性を疑うべきではない。もちろん『バトルロワイヤル』がただの殺戮映画だなんて思ってもいないけれど。

〈自分が書いたものと自分は切り離して考えるべきですよ。人間、書こうと思えば何だって書けるんですから〉

 僕だって書こうと思えば恋愛ものも書けるし、ミステリもホラーも書けるだろう。それでも僕がそれを書かないのは、書こうと思わないだけだ。僕はそれよりも人の内側を書きたい。リセットもエンディングも許してくれない――終わることを許してくれないこの世界に生きる人の内側を書きたい。

〈私は自分の小説と自分は、ほとんど同じもののように感じているがね。れんれんさんはどうかな?〉

〈わたしも南角さんと同じかな? やっぱり人が書いたものには、その人の感覚って出てくると思う〉

〈そんなものですかね〉

〈そんなものだと思うね〉

 南角さんとれんれんさんが言うなら、きっとそうなのだろう。僕もこの論にこだわりがあるわけじゃない。

〈まあ、普段からそんなことを考えて小説を読んでいる人なんて、評論家くらいのものさ。特にアマのネット小説なんて、みんな面白ければいいくらいにしか考えていないだろう。深く考えなくてもいいと思うがね〉

〈それもそうですね〉

〈私はそんなことよりも、現実のほうで楽しいことが起きてほしいね。何かないかい?〉

 楽しいことを熱望しているのは僕だって同じだ。

〈あ、わたし今度、同窓会があるんですよー( ̄ー ̄)〉

〈それはいいね〉

 同窓会か。さて、みんなは今頃何をやっているのだろう。大学に入ってから、そういえばほとんど連絡を取っていない。それなりに元気にしているのだろうけれど、まあ、思い返してみるとあまりの交流の無さに笑えてくる。

〈私も同窓生と会いたいな。この年になると、ちょっと会うにも一苦労さ〉

〈大学生になると自由度が高すぎて、むしろ会えませんね〉

〈あ、それわかるかもw〉

 こんなことを言うと、大人からは色々言われてしまうのだが。これは多くの学生が思っていることなんじゃないだろうか。学生になって、自分が自由に使える時間が増えた。しかし、増えすぎた自由は、むしろ自分たちを縛っている。中学や高校の時のような、ほどよい拘束の中にいたほうが、むしろ楽に楽しく、のびのびと生活できていたのではないか。そう思っている人は、存外多いように思う。

 かく言う僕も、その一人だ。

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