おねえさまはこのような華やかな場所は苦手でいらっしゃいますでしょう?わたくしに任せて!
「おねえさまは無理をなさらなくても良いのよ?わたくしにお任せくださいな。」
派手に飾りつけたピンク色の塊がそう言いながら近づいてきて、わたくしもお話をしていた周りの方々も息を呑んだ。
これは気遣いではない。
大事なことなのでもう一度言うが、わたくしに対する気遣いでは全くない。
「さあさあ、向こうで少しお休みになってらして。皆様のお相手はわたくしが引き受けますから。」
これはわたくしのいもうと、ローゼがわたくしのポジションを強奪する時の合図みたいなものだ。
「おねえさまはこのような華やかな場所は苦手でいらっしゃいますでしょう?わたくしに任せて!」
いつもなら夜会の中盤を見計らって近づいてくるから油断していた。
だって、主催の公爵が挨拶をしてからまだ15分ほどよ?疲れている、という言い訳は無理があるだろう。
流石にびっくりして無言でローゼを見つめていると、徐々に苛々とした表情を見せる。
周りの方も早いな、とは思ってらっしゃるだろうけれどもいつもの事だ。
分かっていらっしゃるから男性も女性も笑みを崩さない。
「マリーネ様、わたくしも疲れましたわ。ご一緒に休憩させて頂いても?」
友人のアズールがそう言ってくれる。
これもいつも通りだ。
何故なら。
「まあ!アズール様もご一緒なら心強いわね!どうぞお二人ともごゆっくりお過ごしになって!」
そう、ここまでがいつもの茶番である。
一度だけアズールの婚約者、フォンセ様が言ったことがある。
「え?だってマリーネ嬢は生徒会や色んなところで活躍しているじゃないか。華やかな所どころか、国王の前でも堂々と自分の意見を述べていたよ?」
フォンセ様のそれはローゼを窘めるものではなかった。
姉思いの妹を微笑ましく思いながらも心配しなくて良いよ、と親切に教えてやっただけのことである。
アズールも、わたくしも。普段その会話に慣れている方々は不味い!と思った。
案の定ローゼはみるみるうちに怒りで眉を吊り上げ…
「フォンセ様!男性である貴方に何が分かるの?!おねえさまは疲れているの!そしておねえさまの代わりにわたくしがそこに入るの!わたくしがそう決めたの!」
こうなると誰にも止められない。
とりなすように気遣いありがとう、休ませてもらうわ、とローゼに伝えてアズールとフォンセ様と一緒に人の輪を離れる。
その日は大変だった。ローゼの告げ口でおかあさまが烈火の如く怒り……いつもより執拗に折檻され。
しばらく茶会も夜会も長袖の首の詰まったドレスしか着られない日々が続いた。
だからそれ以降は周囲は何も言わずにローゼの茶番に付き合ってくれるようになった。
そうすればこう言われるだけで済むのだ。
「ふふふ、おねえさまはお友達が多いとか頼りにされているとか言われているけど…あれは皆さまが侯爵令嬢に気を遣っているだけね。だって、おねえさまを追い出した後はわたくしが話の中心だもの。」
「まあ!やっぱりローゼこそが本物の侯爵令嬢ね!旦那様も早く後継変更の手続きをなさればいいのに!」
おかあさまはローゼに侯爵家を継がせたくてたまらない。けれどお父さまがそれを認めることはないのだ。
例え、わたくしを亡き者にしたとしても、それはない。
お父さまはローゼにもおかあさまにも良い顔をしているが、決してそれだけは認めない。
※※※
「なあ、アズール。本当にこのままで良いのか?もちろん先日の説明で理解したけど、それでもあれはひどすぎないか?」
「ええそうね。ひどいと思うわ。でもね、ローゼさんは未だに気がつく気配さえないでしょう?」
ローゼがマリーネを疲れたでしょう?と言って追っ払う。
咎めると帰宅後にマリーネが大変なことを理解しているから、皆ローゼに合わせて休憩を取ることをマリーネに勧める。
そして。ローゼが気分良く話題の中心、とばかりに話し出すが。
それはせいぜい15分。皆当たり障りなく微笑んだまま会話をし。
「やあやあ、男爵。お久しぶりですねえ。」
「あら、お母さまが呼んでらっしゃるわ。」
「まあ嫌だ!弟がまた草まみれだわ!」
さーっといなくなってしまう。
皆が皆一様に
「ローゼ様とお話しするといつの間にか時間が経っていてびっくりしてしまうわ。」
と、楽しい時間が名残惜しい、という体を取りながら。
そうすればローゼの機嫌は損ねないし、自分たちの時間を無駄にするのは最低限で済むから。
「今はまだこうするしかないのよ。マリーネが成人を迎えるまでは、こうやって時間を稼ぐしかないの。」
ここ数年、そうやってマリーネの居場所を奪ったつもりでいたローゼだったが、
「いまだにおねえさまの周りに人が集まるのも気に入らないのよ!それもこれも!」
いつまで経ってもお父さまが、後継の変更を発表しないからだ。
「わたくしが後継になったって発表されたら、おねえさまに近寄る人なんて一人もいなくなるわ!」
苛々と爪を噛みながらローゼは怒鳴り続ける。
「だっていつもそうじゃない、皆わたくしが来たらおねえさまの事をさっさと追い出すのだもの!」
だからローゼは実力行使に出る事にした。
「おとうさまがね、最近とてもおねえさまのことを心配なさっているの。あんな気弱な子に侯爵家を継ぐなんて重大な責任を負わせていいのか、って。」
女性陣は扇で顔を隠し、男性陣は顔に出さないために眉に力を入れる。
「幸い我が家にはもう一人、健康でどんな大きな場でも気後れせずに堂々としていられる娘がいるからな、ですって。」
話を聞いた人々は皆同じことを確かめる。
「まあ!お父さまが?!」
その動揺にローゼは満足げに頷く。
ばらばらと離れていく人達を見て自分の勝ちを確信する。
皆、侯爵家の後継変更を親に報告しに行くのだろうと。
周囲でこれだけウワサが立てばお父さまも決断するに違いない。
ちなみにお父さまはそんなことひと言も言っていない。
そしてこれからも絶対に言わない。
だって、わたくしを後継から外すなんて宣言したならば。
お父さまもおかあさまもローゼも。
2ヶ月、いや、下手をしたら1ヶ月もかからずに消えることになるのだから。
居場所がなくなる?そんな生優しいものではないわよ?
この世から消えることになる可能性が高いでしょうね。
だからその話を聞いた人たちが慌てて散り散りになったのは。
「ファルベ侯爵家の乗っ取りが画策されている!」
と、両親に報告する為だった。
「やあご令嬢たち。もう休憩は飽きたんじゃないかい?」
フォンセ様がやってきてローゼが何を言ったか説明してくれた。
「だから、今日は侯爵家に帰らない方が良いんじゃないかな、と思ってさ。」
これから何が起こるか分かっているはずなのに、ウキウキした声のアズールが誘ってくれる。
「まあ!それなら今日は我が家でパジャマパーティーね!」
フォンセ様にアズールの家まで送っていただき、お父さまには手紙を一通認める。
「ご自分でお決めなさいませ。」
それだけ、ね。
※※※
アズールとはおむつをしていた頃から、……お母さま同士が大親友だったからわたくし達も大親友なの。
だから、今回のローゼの後継変更の話を聞いてまず、おばさまがわたくしに言ったのが。
「マリーネ、諸々が収まるまで我が家から学園に通いなさいな。」
だった。
「まあ!わたくし居候になっちゃうわ!」
笑いながら言ったけれども、おばさまの眼は真剣だった。
「わたくしはね、貴方のお母さまと約束したのよ?貴方に何かあった時には絶対護る、ってね。」
お母さま。わたくしの本当のお母さま。
おばさまの真剣な目を見て思い出した。
いつも執務室で仕事をしていた姿。
こっそり覗くわたくしに気がつくと手招きしてくれるの。
そしてね、お膝の上に乗せてくれて、
「絶対に秘密よ?」
と言って小さなチョコレートをひとつ。
乳母に見つかると怒られるから、この小さなチョコレートはわたくしとお母さまだけの秘密。
そしてチョコレートを食べている間だけはいつも忙しいお母さまを独り占めできたの。
お父さま?お父さまだって、もちろんわたくしを大事にしてくださったわ。
今だって、本当はわたくしの味方。
お父さまがわたくしを守ってくれなかったら、何度殺されていた事か。
侯爵家の当主はお父さまではなくお母さまだった。お父さまは伯爵家の三男で、学園でずっとお母さまと首位の座を争っていたのよ。
ライバルがいつしか一番大切な人に…ってやつね。
それが何故こんな野心てんこ盛りの義母を迎え入れたかって?
お父さまのご実家に野心家がいたみたいね。
お母さまが病で亡くなった時、わたくしはまだ12歳。成人しない事には当主にはなれなかった。
だから中継ぎとしてお父さまが侯爵となり、成人とともに正当な血筋のわたくしが当主になる予定だった。
父方も母方も。誰もこの流れに疑問も不安も抱かなかった。
まさか、父方の寄子の、しがない子爵家の、素行不良で出戻りした親娘が。
乗っ取る気満々で送り込まれてくるなんて誰も思いもしなかった。
素行不良については、嫁ぎ先の沽券に関わるような事情が絡んでいるらしく、事情は嫁ぎ先と子爵家当主しか把握していなかった。
だから幼くして母を亡くしたわたくしの為に、と後妻とその連れ子として侯爵家に入りこめたのだ。
本人と当主が沈黙すれば誰にも調べようがない。
離縁の理由も尤もらしいものが語られていたから誰も考えもしなかったのだ。
侯爵家を乗っ取るつもりだった、なんて。
彼女達の不穏な言動は徐々に広がっていく。
ある時から流れ始める、次期当主の気弱な一面。不安を煽る具体的なエピソード。
同時に流れる、連れ子への溺愛。実子を軽んじる発言の数々。
最初は父方の集まりで"円満な再婚をアピールする為に"と始めたものだったけれど。
おかあさまは少しずつ風向きを変えていった。そう、父方の親族達が。
"侯爵家を我らが牛耳れるかもしれない。"
そう淡い期待を抱くようになるまで。
父が気がついた時には、子爵家当主の扇動で乗り気な者が大半だった。
その頃からおかあさまたちは本性を露わにした。命に関わるアクシデントに、隠しようのない悪意まみれの言葉に。
お父さまはわたくしを無事に生かす事だけで精一杯だった。
だから、わたくしとお父さまは決めたの。
侯爵家の血統を守り、わたくしに継がせる為に、あの二人を欺き続ける事を。
あと2年。わたくしが成人してしまえば、父方親族にはもう手を出せない。
母方親族はお祖母様を筆頭に姉、妹と血縁には女性ばかり。
家族仲はとても良いのよ?でもね。
もしも、もしもそれぞれの伴侶が欲を出したら?敵が倍になるかもと思うと迂闊に助けも求められなかった。
利害の絡まない友人と一緒にいる時だけが、わたくしの息抜きの時間だった。
今までの事を思い返して感情的になっていたのに、アズールったら!
「物憂げな感じ出していらっしゃるところ申し訳ないのだけど。」
もう!せっかくのセンチメンタルな気分が台無しよ。少しむくれていたけれど、アズールのウキウキした声で現実に戻ってきたわ。
「お母さまが呼んでるのよ。一緒に来て!」
そう言って居間ではなく、応接室に連れて行かれた。
「マリーネ!あの手紙は随分じゃないか!」
そこには少し不満げなお父さまがいた。
「お父さま!もうどうなさるかお決めになったの?」
決めるも何も!
お父さまは少し憤慨しながら叫んだ。
「ごめんなさい、ちょっと意地悪しすぎちゃったわね。…それでどうなったのか教えてくださる?」
お父さまもこうするしか無かったと分かってはいるんだけど、やっぱり鬱憤は溜まっていたの。だからちょっとだけ、お父さまに意地悪をしてしまった。
「……まあ仕方ないな。随分と長い間我慢をさせてしまったからな。」
そう言ってぎゅっと抱きしめられた。
「ふっ、不覚…!」
涙を誤魔化す為にそう言ったらお父さまが笑ってくれた。
あの手紙を見たお父さまはとうとう覚悟を決めた。
※※※
どうにか円満に。まさか従兄弟まであわよくば、などと考えていたなんて。
父と母、兄達は無関係だった事だけが
救いだった。
……妻の父親の計画では、侯爵家を乗っ取れば伯爵家の乗っ取りなんてもっと簡単、という事だったらしい。
できれば穏便に済ませたい。
家門の大多数が関わっているのだ。
唆されなければ堅実に生涯を終えた者だって沢山いる。
だが、穏便に済ませる道は断たれた。
…ならば徹底的にやるしかない。
まず王宮に向かい、爵位簒奪の話を聞いたと訴え出る。
もう証人も確保している。
ローゼが"いつどこで"そんな事を言い出したのか。
次期侯爵として不適格だと言い出したのは誰か。
……命を狙われ始めたのはいつか。
穏便に済ませたいとは思っていたけれど、それは娘を護るより優先する事じゃない。
だから、いざという時の為に証拠は全て残していた。
……穏便に済ませるという望みを捨てれば簡単な話だった。
妻ヴェレーノとローゼは逮捕された。
マリーネを害そうとした証拠はたっぷりあったし、あれだけ堂々と簒奪の話をしていたんだから当然だ。
とはいえ全て未遂。残念ながら処刑にはいたらないだろう。だが強制労働か流刑か。
いずれにしても、もう私たちの前に現れる事はない。
親族は…唆されたとはいえ、ただでは済まないだろう。子爵家は当然取り潰し、その他は自主的な爵位返上で手打ちといったところか。
全く関与していなかったとはいえ、寄子の不祥事だ。実家も伯爵から子爵へと降爵される事になった。
「マリーネが無事で良かった。」
兄からまず言われた言葉だった。
「疑っていた?当然だろう、娘の為に全力を尽くした事を後悔するな。」
父はこう言った。
「減刑なんて考えちゃダメよ?そんな事したら我が家だけでなく全員が減刑されるから。」
母はそう言ってペナルティを受け入れた。
事情を考慮して、二年後には再度叙爵するための査定があるそうなので、できる限り実家に支援していこう、と考えている。
※※※
「では最後に一番大切な物を渡すよ。」
成人を迎えた日。
お父さまがそう言って、今まで肌身離さず着けていたペンダントを外した。
ペンダントトップは2つある。
そのうちのひとつを鎖から外し、そっとわたくしの手のひらに置いてくれた。
「こっちはね、愛する娘にも譲れないんだ。墓にもこのままいれてくれよ?」
お母さまの結婚指輪だ。もちろん、とうなずく。
わたくしに託されたのは、指輪を模した当主印。
お父さまには小さかったのでお父さまはペンダントとして身につける事にしたのだ。
「やっぱりなあ。お前ならサイズもぴったりだと思っていたんだよ。」
お母さまに合わせて調整した指輪は、わたくしの中指にぴったりと嵌った。
「領民の豊かな生活のため励みなさい。」
「はい。お父さまやお母さまのように領民に愛される侯爵を目指して精進します。」
お母さまのお墓の前で、尊敬する両親に誓いを立てたのだった。
さる歴史ある侯爵家の昔話。
「お、お前はなんていう恥晒しな!」
「侯爵家を謀るとは覚悟の上か!」
「子爵殿もどう責任を取るおつもりですか!?」
「ヴェレーノ、なんとか言いなさい!お前も謝罪するんだ!」
ヴェレーノは慌てない。
「わたくしが子を産んで差し上げた事、もっと感謝していただきたいものですわ。」
「な、なんだと…?侯爵家の血を一滴も引かないどこの誰とも分からない男の子をありがたがれと?」
「まあ!それではわたくしは悪女みたいじゃない。」
余裕の表情でにっこり笑う。
「だってわたくしと。この娘のお陰で。」
「侯爵様にもお子を成す能力があった、と胸を張って言えたじゃない?なのに。」
次の言葉に侯爵が青くなる。
「なのに子種が違うなんて話が出たら…ね?わたくしの身持ちの悪さと侯爵様のお身体の欠点、どちらが大きな話題になるかしら。」
侯爵は悔しがったが、確かに。
こんな子爵家程度の女の身持ちの悪さと。
歴史ある侯爵家当主の身体の欠陥。
貴族が好んで話題にするのは当主の醜聞だろう。
だから離縁に際して彼女の筋書きを聞き入れるしか無かった。
「ええ?ようやくお子さんに恵まれたのに離縁?」
「そうなのよ、侯爵様が世継ぎとして男の子にこだわっているらしいんだけど、前の出産でトラブルがあったとかで。」
「離縁して次の奥様を、となったらしいわよ?どうしても離れがたいと泣き縋って、娘さんは奥様が連れて出られたんですって。」
……この離縁騒動の真実が明らかになってしまうまであと10年。




