『I・CODE』
十数年前、突如リリースされた謎のフルダイブ型MMORPG『I・CODEーアイ・コードー』。
『あなたのコードを探して──』というキャッチフレーズの元、プレイヤーは荒廃した世界で戦い、数多の『コード』を集め、この世界の謎を解き明かしていく。
ありがちな設定にも関わらず人目を引いたのは、イラストを用意すれば3Dモデルが出力され、それを操作アバターとして使用できる特異性。
その自由度の高さに惹かれ、『I・CODE』は一世を風靡していた。
これはそんなゲームの誰かの物語。
☆
「敵性個体、三体視認」
誰に向けるわけでもない、ただ情報を整理するだけのセリフが、暗がりの空洞に反響する。
「グゥゥ……」
少女の声を上塗りするように低い唸り声が反響し、もっと敵がいるのではないかと錯覚させられる。
対峙しているのは、ここを根城にしている洞窟オオカミの群れ。
徐々に距離を詰めてくる光る眼を見つめながら、少女は黒コートの裾を翻した。
「コード:烈火の撃」
詠唱とともに前に踏み込んだ少女は、見合ったオオカミに向けて右足を振り上げる。
黒曜の装飾を施したブーツから火花が散り、炎を帯びた華麗な回し蹴りが炸裂する。
「ギャウッ!」
横っ腹に一撃を喰らったオオカミは、炎に巻かれながら床に転がっていく。
それを横目に、残り二匹が獲物を狙って飛びかかる。
「コード:迅速」
今度はふわっと軽くなった足取りに任せて、二匹の攻撃を躱して敵の側面を取ると、再び構えた足に炎を宿す。
「はぁっ!」
「グギャァッ!」
短い掛け声に合わせて、横薙ぎの蹴りが二匹のオオカミをまとめて吹き飛ばす。
「……掃討完了。戦闘を終了し──」
「クゥン……!」
「……っ!?」
いい手応えを感じていたせいで、てっきり二匹とも即死だと思っていたが、まとめて蹴った二匹のうち、外側だった個体へのダメージは致命傷にはならなかったらしい。
起き上がってきたオオカミは怯えたように吠えると、一目散に暗闇の方へと駆け出していく。
「あっ……、逃げた…………」
手負いの魔物は、放っておくと仲間を呼んでくる場合がある。
巣に帰る前にトドメを刺さないと、あとが面倒になるかもしれない。
「追わないと……」
すでに姿のない手負いのオオカミを追って、少女は暗闇の中へと駆け出した。
しかし──
カチッ
足先に嫌な感覚が走る。
踏み出した地面には小さな小石のような突起。
「トラップ……!」
ゴゴゴゴ……
状況を認識する間も無く、岩で覆われた壁に亀裂が走る。
割れるような音を立てながら、亀裂の隙間から魔物が次々に飛び出して来る。
モンスターハウスだ。
あるエリアに侵入すると、数十体から百体程度の魔物がポップするトラップ。
「敵性個体、33、34・・・さらに増加。戦闘状態を継続します」
一瞬にして魔物の巣窟と化した暗闇に、少女は平然と切り込んでいった。
☆
「ふん、ふっふふ~ん♪」
跳ねる足取りでご機嫌な鼻歌を披露するこの少女。
頭上には《Yunako》というプレイヤーネーム、レベル、そして白魔導士を指すマークが表示されている。
『I・CODE』のプレイヤー歴は五年。
以前は一緒にゲームを始めた友人と、パーティでの攻略に参加していたが、時の流れと共に一人、また一人と別ゲーの世界へと旅立っていく友人を見送り、ここ半年ほどは、すっかりソロで過ごすことが多くなっていた。
『I・CODE』自体も二年前のアップデートを最後に更新が途絶え、現在は毎週の定期メンテナンスが行われるだけ。
それでもユナコはこの世界に魅せられていた。
未だに眠る数多の『コード』の発見によって、この世界はゆっくりと変化を続けているから……
「とはいっても、ソロじゃ最前線にはいけないから、こうして地道に素材集めてポーション屋さんしたりしてるんですけどね~」
そう呟きながら、魔導灯にほんのりと照らされた坑道を進んでいく。
拠点にしている街の外れにあるこの坑道は、『昔魔石を採掘していた鉱山だった』という設定で、幾重にも層が重なるような構造になっている。
この魔導灯が照らしているエリアは、比較的低レベルの魔物が出現する、『上層エリア』という区分けになっている。
ここにはわずかに残った魔石の鉱床に、ポーション素材の薬草が自生しており、ユナコはその採取に訪れていた。
「さて、次の採取ポイントは~」
マップウィンドウを開いて、自らマークした採取場所の目印を確認する。
「この道の突きあたりかな」
マップが示す通りにまっすぐ進むと、魔石が放つぼんやりとした光が視界に入る。
「あったあった~! これで足りるかな?」
小走りに駆け寄り、鉱床に生える薬草に手を伸ばそうとそっと屈む。
しかし、引き抜こうとしたその時、辺りの異変を感じて、ユナコは動きを止めた。
ゴゴゴゴ……
地響きのような重低音と共に、坑道内が微かに振動する。
「何……? 地震? なんかのイベントフラグ……?」
そう高くない天井から、振動でパラパラと小石や砂が降ってくる。
しばらく動かずに様子を伺っていると、やがて重低音と振動はおさまていった。
「……なんだったんだろう?」
辺りを見渡すが、見える範囲で異常は見当たらない。
クエストウィンドウも確認したが、特に新たなクエストが発生した様子もない。
「う~ん。なんか不気味だし……、早く引き上げちゃお~!」
ユナコは先程見つけた薬草を採取すると、素早くインベントリに押し込んで、その場を離れようと立ち上がった。
ピシッ……ピキピキ…………
「えっ……?」
足元から嫌な音が響く。
困惑しながらも視線をそっと下に向けると、自分が立っている場所から放射状に亀裂が広がっていく。
「まっずいっ!」
一足遅れて危機を察したが、すでに今まであったはずの足場は崩れ落ち、開いた亜空間の中に吸い込まれていった。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!」
瓦礫の落ちる音に紛れて、死を覚悟した悲鳴が辺りに響き渡った。
(むりむりむりむり! しぬーっ!?!??)
確かにこの坑道は、地下にもダンジョンが広がっている。
しかし床に大穴が空いて、階下にエスケープなんて話は聞いたことがなかった。
頭は完全にパニックを起こして真っ白になり、体が落下する感覚に気が遠くなっていく。
(あぁ……、落下ダメージ痛そうだなぁ……。死んじゃうかも……)
どのぐらいの高さから落ちてきたのか、どこまで落ちていくのか、全く想像もつかない。
だが、その一瞬の悟りにも似た心の声が、ユナコの思考にある事を思い出させた。
(死ぬかも……? 階下で死んだらまずくない……?)
ユナコの脳裏を過ったのは、このゲームのデスペナルティーだった。
もう長らく死ぬような場所で戦っていなかったので、すっかり忘れていたが、このゲームでは体力の全損で死亡した場合、最寄りの街で蘇生される代わりに、一定量の経験値を失い、さらに装備の一部が死亡地点にドロップする。
そして最悪なことに、現在いるこの坑道は、地下に行けば行くほど敵が強くなる。
……つまり階下で死ぬと、装備を回収できない可能性があったのだ。
(それは困るっ!)
ぐっと体に力を入れ直し、落下する方向へと体の前面を向ける。
「コード:天馬の風っ!」
詠唱と同時に体の周りに風が収束していき、落下速度が心なしかゆるやかになる。
「みえた……!」
目の前に恐らく底であろう場所が迫ってくる。
意識を集中して腕を前に出すと、体に纏う風を勢いよく底へと噴射した。
ゴオッっという音と共に、落下の勢いが相殺されていく。
そして風の力を吐き切った体は、床まで残り五十センチのところで止まり、浮力を失った後はドサッと音を立てて床に吸い寄せられた。
「いてて……」
かなり衝撃は抑えられたものの、若干削れた体力ゲージが視界に入る。
辺りではユナコと共に落下してきた瓦礫の破片が、パラパラと音を立てては転がっていた。
「ここ、どこ……?」
「回答。外れの鉱山、下層エリア」
「あ~、やっぱ一番下まで落ちちゃったか~。そうだよね、あの勢いで落ちたもんね。ありがとう親切に教えてくれて! …………、教えてくれて……? うん?」
独り言のような疑問に、ごく自然に返答が返ってきたせいで、さらっと流すところだったが、ユナコは慌てて声がした方向に振り向いた。
視界に飛び込んできたのは、暗闇に溶ける真っ黒な長い髪、真っ黒なコート。
そして青と黄色の暗がりでもよく映える鋭い眼光。
「あっ、プレイヤー……?」
「あなた、中層プレイヤーね」
「へ……? あ、そうです!」
若干の威圧感を感じながらも、端的な質問に返答する。
恐らく頭上のレベル表記を見たのだろう。
ユナコのレベルは82、この鉱山でいくと『中層エリア』なら戦える程度の強さだ。
だが現在地は『下層エリア』。
推奨レベルはたしか91~130のはず。
ユナコは目の前の少女の頭上に目を凝らす。
『Nocturne Lv.117:Dark Knight』
名前はノクターン、レベルは117の黒騎士。
だがそれ以上に気になったことがあった。
少女の体力ゲージが半分を切っていたのだ。
ユナコは反射的に回復魔法を使おうとしたが、それを遮るように積もった瓦礫がカタカタと音を立て始めた。
「推奨、すぐにここから立ち去ったほうがいい」
「え……?」
「警告、時間はあまり無いと推定される」
ガラガラガラッ!
カタカタと音を立てていた瓦礫が弾けたかと思えば、そこから飛び出してきたのは数匹の魔物だった。
『SoldlerGoblinーElite Lv.120』
下層にしか出ないゴブリンの上位種。
レベル差を表す真っ赤なネームタグと共に、鋭い視線が浴びせられる。
しかし、ノクターンは戦う気でいるらしい。
だがユナコは──
「戦闘かいsっ……!?」
戦闘に入ろうとするノクターンの左腕を強引に掴むと、敵がいない反対方向へと走り出した。
「逃げる!」
「に、にげる……?」
「だって無理(死にたくない)だもん!!!!!」
ユナコの必死の叫びに、引っ張られるノクターンだけでなく、瓦礫から飛び出してきた魔物たちも呆気にとられているようだった。
☆
「ねぇ!」
全速力で先陣を切る白魔導士の少女は、振り返らずに黒騎士の少女に問いかける。
「出口どこ! 知ってる?」
「回答。来た道を戻れば中層エリアへ上がる階段がある」
「なしなし! 却下! それ以外!」
「……それ以外に出口に繋がる通路はない」
「……がち? ほんとにないの?」
ノクターンは再度マップ検索を掛けるが、現在判明している上へ繋がる通路は、やはり来た道を戻った先の階段しかない。
しかし、戻ればもう一度モンスターハウスからの追手と戦うことになる。
おもむろにもう一度マップを表示する。
「……!」
ノクターンは前方へと視線を向けた。
マップで見るとこの先は広い空間になっていた。
「回答訂正。……一つだけ、別ルートがある」
「ほんと? どこっ!」
「このまま真っ直ぐ、この先の広間に進入」
「まっすぐね! 了解!」
二人は速度を落とすことなく前進し、滑り込むように広い空間へと進入した。
「で、ここからどうするの?」
「……ボスを討伐します」
「なるほど! その手があったか! ……へ?」
「ボスを、討伐します」
「ま、まってまって! え?」
キイィィ……ガチャンッ
後方で無慈悲に封鎖用の扉が閉まる。
すると目の前では、辺りの魔石の破片を魔法の力が巻き上げながら形を成していく。
『The JadeGolem Lv.127』
鉱山下層のボス、翡翠ゴーレムの真っ赤なネームタグが出現する。
体表は薄緑の鉱石が覆い、人の二倍ほどの背丈でこちらを威圧してくる。
「これ……、勝てるの……?」
「回答。対象ボスは四~五人パーティー用。現行戦力での勝率は2%未満と推定される」
「ひょぇ……」
「でも、倒すのはコイツだけでいい」
「……あぁ、確かに。ボスエリアが封鎖されたから、モンスターハウスの追手は来ないのか。しかも、倒せれば確実に脱出ポータルが出る……」
「複数個体を同時に相手するよりは、比較的生存の可能性がが上がるうえ、確実な脱出方法と言える」
「なるほどね! まっ、どっちみち後には引けないし、やるっきゃないか!」
「ゴオォォォォ……!」
翡翠の石像は激しい唸り声で空間を揺らす。
ビリビリと吹き抜ける衝撃波を体で受けながら、ノクターンは羽織っている黒コートを翻した。
「戦闘開始──」
☆
かろうじてレイド戦の経験があって良かった。
本格的に交戦が始まり、最初に頭に浮かんだのはこれだった。
間近でヒーラーの動きを見ていた経験が生きている。
とはいえ本職のヒーラーではない上、レベルも足りていないユナコにとっては、全く安心できる状態ではなかった。
(通常回復と持続回復でなんとかもってるけど、このペースだとマナポイントが結構ギリギリかもな……)
目の前では、ノクターンと翡翠ゴーレムの攻撃が激しくぶつかり合う。
ノクターンもユナコと同じく、ボスに対してレベルは足りていないが、メインで使っている蹴り技は打属性扱いのため、打属性に弱いゴーレム系に有利を取れている。
さらにクールタイムも短いおかげで打数が多く、ボスの体力ゲージの三割を削ることに成功していた。
だが、ユナコの回復ペースを考慮してか、かなり守り気味な戦い方をしているため、長期戦は免れないだろう。
(私の装備が回復特化ならなぁ……)
ユナコは手元に握る魔導杖に力を込める。
ユナコのメイン装備は攻撃特化。
両手杖の『虹の筆跡』で、攻撃系のコードを強化する効果がある。
本来はサブ火力のポジションを担う立場だが、今回はレベル差がありすぎて火力役としては不十分といえる。
せめて回復スキルのクールタイム減少や、消費マナ削減の装備があれば……と思わずにはいられなかった。
「次のヒールまで十秒っ!!」
「了解」
「カウント……4、3、2、1、コード:癒しの祈り!」
ユナコが放った薄緑の光が、ノクターンの体力ゲージを回復させる。
回復を受けると、黒衣の少女はすぐさま前に飛び出し、炎や雷のエフェクトを散らしながら、連撃の蹴り技を決めていく。
その一連の工程を何度も何度も繰り返し、ついにボスの
ゲージが半分に差し掛かった頃。
「次のヒー……って、うわぁっ!」
急に地面がぐらついた。
足を取られたユナコはその場で膝をつく。
何が起こったか分からず、一瞬その場で動けなくなったユナコは、ふと顔を上げた先で、翡翠ゴーレムがこちらを向いているのが目に入った。
(……っ!? タゲがこっち向いてる……!)
大きく腕を振りかぶった翡翠ゴーレムの姿から、ユナコは目が離せなかった。
ただその腕が振り下ろされるのを待つだけかと思われたその瞬間、視界を黒い何かが遮った。
──その直後、轟音と共に砕かれた岩の波が押し寄せる。
風圧に押しのけられるように、ユナコは硬い床の上を転がった。
「うぅ……」
「ユナコ、大丈夫?」
「なんとか……」
見上げる天井を映す視界は、四方が赤く点滅している。
自らの体力ゲージが残り二割を切って、危険域に入っていることを警告していた。
「直撃してたら確実に死んでた……、助けてくれてありがと、ノクターン」
「いえ、私も警戒を怠りました。ボスの攻撃パターンが変わります」
「そっか、残り体力で攻撃パターンが変わるのはよくある仕様だったね」
「はい。体力ゲージが五割を切ると、魔法攻撃のステータスが一番高いプレイヤーにタゲが移ります。以降、一割削るごとにタゲがリセットされます。さらに遠距離攻撃も使用するようになります。着弾予測地点は地面が揺れるので、その場に立ち止まらずに移動してください」
「なるほど……、そういう感じね」
淡々としたノクターンの説明を聞きながら、ユナコは体を起こし、流れる動作でポーションの小瓶に口をつける。
「ふぅ……、ていうか随分詳しいね」
「そうですね」
どこか他人事のような受け答えをするノクターンに、ユナコはその視線を上げた。
「ここのゴーレムと戦ったことあ……るの…………?」
ユナコの発した声は勢いを失っていく。
(あれは……)
目の前に映ったのは、ノクターンの後ろ姿。
先程の攻撃のせいで装備が破損したのか、印象的だった黒コートが消滅していたが、ゴーレムを前に立ちふさがるその姿は、凛々しく毅然としていた。
だがそれよりも、ユナコの目を引いたのは……
(右手が……見えない……?)
一瞬疑ったのは攻撃による部位欠損。
しかし、ステータス表記に出血のデバフは表示されていない。
それに手が無いと言うよりは、正常に表示されていない、視認しようとするとぼやけるような感覚。
(この感じ、3Dモデルの出力エラーだ)
このゲームはひとつの売りとして、自作のイラストを用意すれば、そのイラストから3Dモデルを自動で出力し、それをゲーム内のアバターとして使用できる、というものがある。
一応推奨されるのは『自作のイラスト』だが、中にはイラストを描けない人が、『AIイラスト』を使用するケースがあった。
しかし、ここで問題が起きる。
一昔前の『AIイラスト』は、総じて手の造形を苦手としていたのだ。
曖昧な表現の手を出力するのは難しく、ノクターンの右手のような不完全な状態での3Dモデルになることがしばしばあった。
こういう場合、多くは3Dモデラーに依頼して、手のみを新たに形成してもらうのが、当時の一般的な解決策だった。
(そっか、そういうことか。黒騎士なのに蹴り技しか使わないのは、手が使えなかったから。でも3Dモデルの改修をしていないってことは……BOTってことじゃ……。いや、会話は出来てるからノクターンは…………)
「『AIプレイヤー』。自律型人工知能を搭載したNPCの俗称」
ユナコの心を読んだかのように、ノクターンの声が答える。
「AIプレイヤー……、やっぱり……」
「『I・CODE』の世界を形造るマスターコード。私達はその余剰リソースで運用されている。つまり私もあのゴーレムも、元を辿れば同じコードの一部です」
「そうなると、どうなる?」
「……データの閲覧ができます」
「お姉さん……それ、俗にいうハッキングじゃない……?」
「あなたが喋らなければセーフです。さぁ、足を止めないで!」
「ふぇっ!?」
さらっととんでもない事も一緒に言われたような気もするが、ノクターンの警告とほぼ同時に地面が揺れ始める。
慌てて攻撃の範囲外へ転がるように移動する。
「とりあえず足を止めない、了解!!」
「ヒールのクールタイムは?」
「もうスキル上がってるよ! いつでもいける!」
「了解。戦闘を続行します」
☆
漆黒の少女の華麗な蹴り技が決まるたび、鮮やかな炎や電撃のエフェクトが迸る。
だが、ゴーレムの体力を削る速度は目に見えて鈍化し始めていた。
「くっ……」
「コイツさっきより硬くなってない?」
「回答。戦闘時間が長引くほど、防御力が高くなる仕様のようです。」
これ以上時間を掛ければ勝ち筋は無くなる。
状況は、何か打開策を考えなければいけない段階に入りつつあった。
(何か……、何かないかな…………)
ユナコは回復魔法を使いながら、焦りで杖を握る手に力が入る。
(せめてノクターンが戦いやすいように、バフとかで強化してあげたりできれば……、ん……? 強化? ……そうか、強化なら!)
ユナコの脳裏に先程の会話がよぎる。
『つまり私もあのゴーレムも、元を辿れば同じコードの一部です。』
『コード』。彼女も『コード』の一部なら。
『攻撃能力を持ったコード』なら。
ユナコはそっと杖を握りなおした。
「ねぇ! ノクターンっ! あなたも『コード』なんだよね!」
「回答。先程そのように返答しました」
その返事に短く頷くと、ユナコはノクターンへ杖を構えた。
「一か八か、賭けてやろうじゃん。コード:虹の筆跡!」
唱えたのは自らの杖の名前。
ユナコの呼び声に反応するように、真っ白の杖から煌めく何かが溢れていく。
その効果は『攻撃系のコードの強化』。
ノクターンの存在も、コードの一部だというのならきっと……、きっとできるはず。
「ノクターン! 受け取って!」
「ユナコ……!?」
溢れる光が強くなるごとに、ユナコが握る杖に亀裂が走っていく。
(お願い……っ!)
祈り、強く握ったユナコの杖が、ガシャリと大きな破裂音を立てる。
だがその砕け散った破片すらも、数多の煌めきに変わっていく。
七色の輝きを紡いで空間に軌跡を描くと、漆黒の少女へと向かっていく。
そして──
「光が……右手に……? 解析不可。一体何が…………」
ノクターンの右手を包む光は、脈動するように輝きながらその姿を書き換えて、本来の右手を造形していく。
「私の、最高のバフコードだよ」
「……!」
「勝って! ノクターンっ!」
「……了解。」
その眼は、漆黒の中に鮮やかな煌めきを宿していた。
☆
空気が一変した。
ノクターンの身体に、今までの比にならないような闘気が巡り始める。
両手を握る感覚を噛みしめながら、覚悟の一撃にその力を集中させる。
「コード:神光の黒剣」
詠唱と同時に、足元を飾る黒曜の装飾が輝き始める。
力強く地面を蹴ったノクターンは、翡翠ゴーレムの前へと躍り出た。
華麗な回し蹴りから始まり、ゴーレムが追いつけない速度で怒涛の連撃が叩き込まれる。
今まで出来なかった手を軸にすることが可能になり、細やかな方向転換が技のロスを減らし、より高度な蹴り技が繰り出される。
一発、また一発と放たれる攻撃は、剣撃のような閃光が舞い、それと共に翡翠の欠片を散らしていく。
メリメリと減っていくゴーレムの体力バーは、気づけば一割を切っていた。
「これでっ、おわり……っ!」
深く踏み込み、低い姿勢から地面を抉るように飛び出し、虹の輝きを纏った脚閃が半円を描いてゴーレムの胴体を貫いた。
「グッ、グゥォォォオオオオッ!」
断末魔のような雄たけびと共に、翡翠ゴーレムの体力ゲージが消滅する。
真っ赤なネームタグが明滅すると、その翡翠の身体はまるでガラスが砕け散るように、破片のエフェクトを残して消滅した。
『全体アナウンス:エリアボス撃破』
「戦闘……終了」
「勝っちゃった……、すごいよノクターン!」
背後から駆け寄る足音が聞こえる。
「ユナコの力が無ければ不可能だった。この右手、見た目だけでなく、すべてのステータスを大きく上昇させていた。」
「『攻撃系コードの強化』の力、想像以上でびっくりしちゃった。応えてくれた杖に感謝だね。」
そういうユナコの手元に、杖は見当たらない。
「杖は……どうなったの?」
「うん? 砕けちゃった……けど、筆跡はちゃんと残ってるからいいさ」
「筆跡……」
ノクターンは新たに造形された自らの右手を眺める。
すでにバフの効果時間は切れているはず。
ステータスも通常通りの数値を見せるが、この手だけは消えていなかった。
「ねぇ、ノクターン」
「……?」
「友達にならない?」
「回答。それは……、私はAIプレ──」
「そんなの関係ないよ! 私、またノクターンと冒険したい! めちゃくちゃなことも言ってた気がするけど、冒険には強引さも必要だからさ。ノクターンはどう?」
凄まじい速度で思考が巡る。
データベースの集合知から送られる数多のテンプレートメッセージが浮かぶが、それが最適な回答ではないことを、ノクターンはよくわかっていた。
求められているのは『私』の言葉だ。
「回答。友達申請を承諾する。プレイヤーユナコ、……よろしく」
回答を聞くや否や、ユナコの表情は花が咲いたかのような笑顔になる。
「やったー! よろしくね、ノクターン!」
翡翠が照らす試練の底で、二人は小さな絆の握手を交わした。
☆
『あなたのコードを探して──』
コードはこの世界では貴重な宝物。
冒険、ボス攻略、あるいは人助け。
その対価に、あなた方はあらゆるコードと出会うでしょう。
それだけではありません。
共に攻略する仲間、友情、あるいは思い出。
それら全てがあなたの宝になるはず。
あなたの宝物は見つかりましたか?
Fin.




