プロローグ
どこに居てもおかしくない、何の変哲も無い男子中学生。
彼の名は、水野陸斗。一か月後に受験を控えた、中学三年生。
いつも通り学校で授業を受け、いつも通り家に帰る。
今日もその、いわばルーティンと化した作業をするだけの筈だった。
いつもと違う事と言えば、雨が降っている事くらい。
雨で見えにくい視界の中、信号が緑になった事を確認すると、陸斗は横断歩道に一歩を踏み出した。
――ザー。
雨の音に混じって、微かに車の走る音が耳に届いた。
反射的に音の方向を見ると、そちらにはトラックが。速度的に、陸斗の存在には気付いていない。
きっと、本気で避けようと思えば、良くて両足骨折、悪くても下半身不随くらいで済み、命までは持っていかれないだろう。
だが陸斗は、作業と化した日常に、満足感を抱けていなかった。
毒親とまでは言えないが、一般的な親と比べれば酷いレベルで、家に居ても不満が募る。
学校では上手く友達を作れず、ただ授業を受けて帰路に就くだけ。
そんな毎日が嫌で始めたネットゲームでも、結局の所コミュ障が発動して誰とも喋れず。
ただただ、親と受験勉強へのストレスが溜まっていくだけの毎日。
(このまま、ストレスを溜めていくだけなら――)
一度そう思ったらもう、陸斗の体は動かなかった。
ププー。
ようやく陸斗の存在に気付いたトラックは、ブレーキを踏みながらクラクションを盛大に鳴らした。
しかしもう、どう足掻いてもトラックは回避出来ない距離。
ベチャッ。
自分の体が撥ねられた音なのか、それとも落下した音なのか。
陸斗は浮遊感を感じたが、感覚が鈍くなり、一体その音がいつ聞こえたのかすら認識出来なくなっていた。
「キャーッ!!」
「おい、救急車! 中学生が撥ね――!」
「血、血が――!」
「おい君、大丈夫か! 意識は――!?」
陸斗の耳に、断続的に人の声が聞こえる。
騒がしくなっていく聴覚野とは裏腹に、視覚はどんどん鈍くなっていく。
次第に、聴覚も鈍くなっていった。
先程まで鼻がひん曲がるくらいに感じていた血の臭いも、もう微塵も感じない。顔にどれだけ雨水が当たっても、何の感覚も無い。
「かはっ……」
口から血が出た。
しかし、血の味は感じない。
五感がどんどん薄くなっていき――気付いた頃には、陸斗の意識は闇の中だった。
「――っ!」
バッ、と体を起こした陸斗は、辺りを見回す。
一面真っ白い空間で、陸斗の正面にだけ、何やら椅子と机、机の上に物が置かれている。
いや、机だけでなく、椅子の上にも、何かが居た。
「お目覚めになられましたか?」
人間の女性の形をしたその何かは、陸斗に声を掛けてきた。
聞くだけで幸せな気分に包まれそうな、そんな声だ。
「きちんと意識を保っている様ですね……はい、やはり素質アリです」
訳の分からない事を言っているが、知性はある様だ。
陸斗の目には、それが人間に映らなかったが、知的生命体である事は理解出来た。
「あの、ここは……?」
見た目は人間だが、人ではない。
しかし、同じ言語を喋り、人間の様な仕草をしている以上、会話を試みるべきである。
陸斗はそう言った思考の元、目の前の何かに問いを投げ掛けた。
「ここですか? そうですね……天と地の狭間、とでも表現するのが分かりやすいでしょうか?」
何かは可愛らしく首を傾げた後、的を得ない回答を陸斗にくれた。
続けて、問いを一つ。
「貴方は、自分が誰なのか覚えていますか? 何があったのか、どうしてここに来たのか分かりますか?」
「えと……俺は、水野陸斗。何があったのか……? ああそうだ、確か、トラックに撥ねられて……」
「なるほど、記憶しているのはそこまでですか。では、何故ここに居るのかは、私がお答えしましょう」
陸斗の答えが満足のいくものだったのか、何かは笑顔で立ち上がると、床に座ったままの陸斗に手を差し伸べた。
「ここは、死者が集う場所。死後の処遇の判別所……と呼ばれていますが、長いし格好悪いので、狭間と呼ぶ者が多いです」
「狭間……」
「はい。そして、処遇を判別するのは、私。自称すると胡散臭いかもしれませんが、神の一柱である私が貴方の処遇を決定します」
「しょ、処遇……!? 俺、別に悪い事は何もしてません!」
陸斗はただの男子中学生。
特に善行を行った記憶も無いが、かといって悪行を働いた記憶も無い。平々凡々な受験生としての行動しか行っていないのだ。
神を自称する何かは、きちんとそれを知っているらしい。
「ええ、貴方がここに来るまでの間に、貴方の人生に関する情報は閲覧済みです。積極的に善行を積む訳でも無く、かといって非道に走る訳でも無い……」
陸斗が差し伸べられた手を握り返さなかった事が不満なのか、神は笑顔を消すと、椅子に戻って座り直す。
「貴方の様な人材こそが、転生をするに相応しい」
「転生?」
「そうです。基本的に、善行を働いた者は天国へ、悪行を働いた者は地獄へ送られます。しかし、貴方の様な特に特徴の無い者は、どちらへ送るかの判別がし難い」
「特徴の無い……」
「ああ、悪く言うつもりはありませんよ。特徴が無いのも特徴の一つですからね」
神はフォローしているのかよく分からない言葉を陸斗に投げ掛けると、説明を続ける。
「そういった方々には、転生をしてもらう事になっています。前世の記憶を持ったまま転生をすると、一体どういう生を歩むのか……そういった部分を観察すると同時に、その者が善悪どちらに傾くのか――そして傾く過程を観察する。それが目的です」
「観察って……」
「ああ、悪行を働くのも自由ですよ。基本的に、生ある限りは神々は干渉しません。ただ、死後に地獄行が決定するだけですから」
(それを聞いて、わざわざ悪行に走る人も居ないと思うけど……)
陸斗は心の中で呟いた。
説明を終えた神は、再び椅子から立ち上がると、机の上にある物を指した。
「これらが、転生後の貴方についてを定める品々です。転生された方々は、『ガチャ』とお呼びしますが……」
「…………」
見た目がちょっと神々しいだけで、完全にガチャだな、と陸斗は思った。
中にカプセル状の物が入ってるのも見えている……。
「この二つの品で決めるのは、貴方の種族とスキルです」
「種族は分かりますけど、スキルって……?」
「鍛えた末に手に入れる能力……でしょうか。転生する方には、特典として特別にスキルを一つ贈呈します」
「なるほど……」
ラノベで言うチートみたいなものか、と陸斗は納得した。
相手が超常の存在である事は何となく感じられるし、反抗して存在を消されたりしたら敵わない。陸斗は大人しく、言う事を聞く事にした。
陸斗は立ち上がると、神が片手を突いている机に近付いた。
「これ、引いてもいいんですか?」
「ええ、どうぞ」
神の許可も得られたので、陸斗はガチャを回した。
つまみを回しているのに、外から見えるカプセルは一切動いていない……なるほど、神が作った訳だ。無駄に凄い機能を持っている。
出てきたカプセルを開こうと陸斗は手を伸ばしたが――カプセルは発光しながら回転し、自分からその中身を出した。
カプセルから出て来たのは、鱗のある有翼生物のミニチュア――ドラゴンだ。
「おお、ドラゴンですね! これは当たりですよ!」
「当たり、ですか……まあ確かに強いイメージありますけど。ちなみに、他の中身ってどんなのがあるんですか?」
興味本位で陸斗が尋ねると、神は案外簡単に教えてくれた。
「普通の人間とか、外れ枠だと猫とか犬とかもありますね……他の当たり枠だと、エルフなどでしょうか?」
「エルフ……」
(長命で人型だし、そっちの方が当たりなんじゃ……)
そんな事も思ったが、神が当たりと言った生物。それならば、心配不要だろう。
続けて陸斗は、スキルの方のガチャを引く。
またもやカプセルは発光し、自律して中身を出した。
出て来たのは……赤い、人?
「これは『炎纏い』のスキルですね。効果は読んで字のごとくです」
「つまり、体に炎を纏う……的な?」
「ええ。それ的なやつです」
なるほど、この赤いのは炎か。
陸斗は理解すると同時に、思った。
これ、地味じゃね……と。
「これで諸手続きは終了です。後は、新たな肉体に宿るのみです」
「のみです、って言いますけど……正直、急展開過ぎて頭が付いて来てないんですが?」
「あら? その割には、結構すんなり言う事を聞いてくれましたが……」
(他の神が話を盛っていたのかと思いましたけど……やはりこの作業、面倒なのですね)
「言葉にすると簡単ですよ。貴方は死にましたが、運良く新しい生を手に入れたので、今から生まれ変わるのです」
「大分簡単じゃないと思いますけど……もっとこう、説明とか……」
「説明、ですか? それなら、一応一日に数分程私と話せるので、安心して大丈夫ですよ」
「……それなら、まあ……」
なんだか神が面倒くさがっている。
それを感じ取った陸斗は、渋々ながらも神の言葉に納得した。機嫌を損なわれても敵わないからだ。
それでは、と神は両手を広げた。
「水野陸斗さん、貴方の新しい門出に、幸多からん事を祈っています」
どう返答すればいいんだろう……と陸斗が迷っている間に、陸斗の足元に魔法陣の様な物が広がった。
魔法陣は光を放ち、そして急速にその光を強めていく。
ふっ、と陸斗の体が浮遊感を感じたと同時に、意識が途絶えた。
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