『煙の異世界を往復』第2話 アニー現世界へ
黄金国から戻った大輔とアニー。
しかし王の様子にはどこか影があり、ふたりは一度“大輔の現世界”へ向かう決断をする。
アニーは大輔の母に会うため、そして「女神の魂」を預かり、この旅に臨む――。
黄金国から戻った大輔とアニーは、玉座の間で王に報告を終えた。
「ご苦労であった、休憩をするように」暖かい言葉をかけた。
「私には子が無い、アニーは私の娘のように感じている。ご苦労であった」
しかし、その王の姿にはどこか陰りがあった。
声に力がなく、目は遠くを見つめている。
大輔は胸の奥に小さな不安を覚えた。
アニーは大臣役宅に戻ると、真っすぐ父の部屋へ向かった。
「パパ、アニーは大輔の国に行ってきます」
その言葉には迷いがなかった。
「大輔の……母上に会いたいの」
「すぐ帰るのか?」
「二、三日で戻ります」
父はしばらく黙って娘を見つめ、それから小さくうなずいた。
そのころ大輔は、カンゾと共に雑草の匂いの改良をしていた。
「匂い袋を作ってみたんだ」
アニーがそっと顔を近づけると、大輔が慌てて止めた。
「だめだ。これを吸うと、一緒に俺の世界へ行ってしまう」
「そうだったわね」
アニーは首をすくめて笑った。
その夜、アニーは母に相談した。
「ねえママ、大輔の国へ行くの。どんな服を着て行けばいいかしら?」
「この前はスラックスに作業服のような格好だったでしょう?」
「そうね。でもあの国の女性たちは、もっと柔らかい服を着ていたわ」
「なら、明るい色の上着とスカートにしたらどう? 髪の色は黒が多いの?」
「そう、黒が多かった。でも私には無理ね……」
「じゃあ、少し明るい茶色にしましょう。服はママが作ってあげる」
「ママ、ありがとう」
アニーは母の手を取り、にっこりと笑った。
そのころ大輔は、黄金国の王から授かった金の種を五つ、小袋に入れていた。
それを現世界で現金に換え、母の暮らしを助けようと考えていたのだ。
出発の朝、二人は緑の社を訪れた。
霧に包まれた社の泉が淡く光り、緑の女神が姿を現した。
「女神様、私たちは現世界に行きます。
どうか、あなたの魂を預かれませんか。あの世界でも、あなたの力が必要になる気がするのです」
女神は静かにうなずいた。
「アニーに託しましょう。私の魂はこの袋の中にあります。現世界のために、賢く使いなさい」
アニーは両手で袋を受け取り、深く頭を下げた。
やがて、二人は匂い袋を一緒嗅ぐと煙が立ちのぼる。
二人の姿は白い光に包まれ、ゆっくりと黄金国から消えていった。
* * *
春の風がやさしく頬を撫でた。
大輔は見慣れた町の道に立っていた。
久しぶりに嗅ぐ土と草の匂いが、胸の奥に懐かしさを呼び覚ます。
「ここが大輔の国なのね」
アニーは目を細め、青空を見上げた。
母の家を訪ねると、母は風邪をこじらせ寝込んでいた。
アニーは女神の袋を開き、小さな光の粒を母の額にかざした。
穏やかな光が部屋を満たし、母はゆっくりと目を開けた。
「あ母さん私の妻アニーです」
「まあ……あなたがアニーさんね。ありがとう……身体が軽くなったわ」
アニーは照れたように笑い、そっと母の手を握った。
裏庭の畑は荒れ、雑草が伸び放題だった。
アニーが「光の契約の珠」をかざすと、土がうねり、芽がいっせいに伸び始めた。
アニーはその光景に息をのんだ。
大輔は母を呼んだ。
「私が寝てて畑が心配していたのが嘘みたい」と目を輝かせた。
三日間、二人は現世界を歩き観光地を見物した。
山郷の日本旅館に泊まり温泉を体験するとアニーが喜び、食事を楽しんだ。
海を見て大きな夕日が沈むのをみた、風を感じ、春の命の音を確かめた。
だが、帰還の日の朝。
煙の中で王城の使者が駆け込んできた。
「大輔様、王が……お倒れになられました!」
アニーの顔から血の気が引いた。
白い煙は激しく渦を巻き、ふたたび二人を岩の国の世界へと包み込んだ。
お読みいただきありがとうございます。
第2話では “現世界” に立ち戻った大輔とアニーの、少し穏やかな時間を描きました。
しかし、王の異変は不気味な影を落とし始めています。
次話では、王に何が起きたのか、岩の国の情勢が大きく動き出します。
引き続きよろしくお願いいたします。




