小さな背中、熱い中心
朝6時。片道2時間の遠征試合、徳島・鳴門市営球場に向けて、俺たちは集合した。
「バス、来たぞー!」
顧問の竹内先生の声で、選手たちがぞろぞろと集まりはじめる。
引き締まった表情の1年生、無言の2年、3年生――
だが全員に共通していたのは、“この試合に懸ける想い”だった。
(全国クラスのピッチャー……想像だけじゃない。今回は、倒しにいく)
バスに乗り込んだ俺は、スマホサイズに切ったノートを取り出す。それは、何度も見返して擦り切れるほど使い込んだ、俺だけのデータノートだった。
そこには、志賀翔――東海鳴門のエースのピッチングデータがびっしりと書き込まれていた。
フォームの癖、リリースタイミング、球種配分、ピンチ時の傾向。
「村瀬、それ……まさか全部、自分で?」
隣の水科が驚いたようにのぞき込む。
「全部、YouTubeと新聞から。あとは……未来の記憶やな」
「何だよ、それ。お前、ほんとに変わってるよな」
「うん、そうかもな。でも今日は、勝てるかもしらんって、本気で思ってるで」
徳島・鳴門市営球場。午前10時、東海鳴門高校との練習試合が始まった。
相手は全国8強の強豪校。そしてエースは、MAX140km台後半の左腕、志賀翔。
上方第一、先攻。
1回表。1番・カイトがフルスイングでファウルを打ち込んだあと、意表を突くセーフティバントで出塁。
続く2番・水科。志賀のスライダーを冷静に見極め、
3球目を左中間へ強烈に弾き返した――
「ホームイン!」
1点先制。ベンチがざわつく。
「スライダー……打ったぞ!?」
「今の対応力、ヤバくね……!?」
俺の打順は3番。無死二塁のチャンス。
志賀のストレートは球威十分。
だが、体幹を鍛え、地面を押し込むような動作から連動させるスイングを繰り返してきた俺には、打てる感覚があった。
未来の野球――それは「体格」ではなく「連動」だ。
左足を軽く浮かせてタイミングを測り、地面を踏みしめた瞬間、腰から鞭のようにバットをしならせる。
“芯”を叩く感覚が、手に残った。
「カッキーン!」
打球は伸びて、レフトフェンスを直撃。タイムリー。水科がホームに帰ってくる。
「これは……マグレちゃうな」
「全国クラスに、通用してるぞ!」
だが、全国8強の力は伊達ではなかった。
3回裏。東海鳴門の攻撃。志賀自身がバットを握り、清瀬の甘く入ったスライダーを逃さずライトへ運ぶ。
「ドカーン!」
走者一掃。試合は2対2の同点に戻る。
(……さすがやな。でも、折れへん。ここからや)
4回表。死球で出塁したソウタが盗塁に成功。
その後、四球とバントで一死二三塁とチャンスを広げた。
打席には1年のカイト。俊足だけでなく、練習の虫でもある。
「お前ならいける!」
声援に、カイトは力強くうなずく。
「打てぇぇぇ!」
「カキィン!」
詰まりながらもライト前に落ちるヒット! ソウタが生還し、再びリードを奪った。
「これが、俺らの野球や!!」
7回表。再び、俺に打順が回ってきた。
フルカウント。志賀翔のスライダー――
これまでで最も鋭く、最も打者を試す球だった。
(これを、仕留める)
小柄でも、体の連動が完璧に決まれば遠くに飛ばせる。
俺は知っていた。未来のメジャーで、そんな打者がMVPを取る時代が来ることを。
「小さくても打てる」は根性論じゃない。
体幹を支点にし、脚で地面を踏みしめ、全身の連動で“たたく”打撃。
体をムチのようにしならせ、瞬間的にエネルギーを解放するイメージ。
左足でタイミングを測り、腰を鋭く回す。
打球は、センターの頭上を越えてフェンスを直撃した。
「バァン!」
打球はセンターの頭上を越えてフェンスに直撃。タイムリー2塁打。
ダメ押しの1点。ベンチが歓喜に沸く。
試合は6対3。全国8強・東海鳴門に、俺たちは勝利した。
志賀翔が、疲れた顔で笑いながら握手を求めてきた。
「……お前ら、マジで全国狙えるチームだな」
「まだ、始まったばかりやけどな」
そのとき、三宅キャプテンが近づいてきた。
「……なあ、村瀬」
「はい?」
「今日の試合で、はっきり分かったわ。お前に――チームを引っ張ってほしい」
「え……」
「形とか役職とか、そんなんはどうでもええ。お前が真ん中に立って声出すだけで、みんな動く。今日それが、証明されたやろ」
「……」
「本当はずっと悩んでたんや。キャプテンとして、どうチームをまとめるか……でも、今日のお前を見て分かった。ほんまに必要なんは、技術やなくて熱や。お前がそれを一番持ってる。だから、頼むわ」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
(……分かってくれたんや。自分の気持ちと、このチームの可能性)
「分かりました。俺、やります。全力で、やらせてもらいます」
(ここからや。ここから、本当の“チーム”が始まる)