vs中部ハリケーンズ
夏場のロードを戦い抜く中で、関西ジャガーズは確かな復調の兆しを見せ始めていた。
機動力と鉄壁の守備で、順調に勝利を積み重ね、選手たちの表情に自信が戻っていた。
次なる相手は、敵地ナゴヤドームで対する中部ハリケーンズ。シーズンも終盤に差しかかるこの大事な時期、首位とのゲーム差を詰めるには、もう一敗もできない。
初戦。
先発は飯川慶。最速151 km/hのストレートと、曲がりながら落ちるチェンジアップ、切れ味の鋭いスライダーを武器とする、ジャガーズの若手エース。
対するハリケーンズの先発は、若き右腕・河上憲伸。140キロ台中盤の直球と多彩な変化球を武器に、ここまで防御率リーグ2位と快投を続けている好投手だ。
序盤から緊迫した投手戦。両軍スコアボードに「0」が並ぶ中、動いたのは6回表だった。
一死一塁。打席には4番・新城剛志。
河上の2球目、内角低めのカットボールを完璧に捉えた。
「打った! センター、抜けるか──!」
打球は中堅右を深々と破り、俊足の村瀬が一気にホームイン。ジャガーズが1点を先制する。
その1点を守り切るべく、試合は後半へ。
7回、マウンドに上がったのは、勝利の方程式“JFK”──ジェンセン。
スリークォーターから繰り出す155km/hのストレートと、鋭く曲がるスライダーで打者をねじ伏せ、三者凡退に切って取る。
8回──小久保友之。
右足を高々と掲げるトルネードモーションから、157km/hの速球と高速スライダーを織り交ぜ、こちらも三者凡退。
そして、1-0のまま迎えた9回裏。
マウンドには守護神──富士川球児。
立ち上がりは順調だった。二死ランナーなし。
だが、そこから流れが一変する。
3番・服留がフルカウントから四球。
続く4番・山咲が粘ってライト前ヒット。一、三塁。
打席には、「ミスターハリケーンズ」こと立波和義。
球場が沸く。ベンチが立ち上がる。
富士川が深く息を吸い込み、帽子のつばをぎゅっと握りしめた。
一球目、153km/hのストレート。立波、空振り。
二球目、フォーク。外れてボール。
三球目、再びストレート。ファウル。
カウント1-2。追い込んだ。
──ここで勝負をかけた。
渾身のストレート。
富士川の右腕が唸りを上げる。
「投げたッ──ストレート、インローいっぱい──空振り三振ッ!!」
ナゴヤドームが一瞬、静寂に包まれる。
そして、ジャガーズベンチが跳ね上がった。
三塁側スタンドのファンがタオルを振る。富士川、右拳を高く突き上げた。
JFKの継投で逃げ切った初戦。
ハリケーンズの主砲を封じた富士川は、背中越しに村瀬とハイタッチを交わし、静かにベンチへと戻った。
第二戦
宿敵・山元昌が立ちはだかる。
村瀬浩にとって、彼は特別な存在だった。
プロ一年目、手も足も出なかった相手。その記憶は今も脳裏に焼き付いている。
試合前、打撃ケージ裏で声をかけてきたのは、新城剛志だった。
「浩、お前また考えすぎて固まっとるやろ」
「…いや、そんなことは……」
「ええから一回、頭空っぽにして打席立ってみ。来た球、ぶっ叩くだけ。それでええねん」
そう言って、にやりと笑って去っていった。
一回表、村瀬の第一打席。
ワンアウトランナーなし。
打席で意識しすぎた村瀬は、高めのスクリューに手を出し、フラフラと舞い上がった打球は、無情にも捕手のミットへと収まった。
キャッチャーフライ。
ベンチに戻った村瀬の肩を軽く叩いた新城が、耳元でささやいた。
「ほらな、相手のことを考えるんは、打席立つ前までや。立ったらもう何も考えるな」
その言葉通りだった。
二回表、四番・新城。山元の初球を豪快にフルスイング。快音を残して、打球は一直線にバックスクリーンへ。ジャガーズ、1-0。
ホームに戻ってきた新城が、村瀬の前でニヤリと笑う。
「な?こうやって打つんやで」
五回表、村瀬の第二打席。
「ただ振る。それだけや」
初球、インコース寄りのストレート。
反射的にフルスイングした打球は、レフトフェンスを直撃。悠々と二塁へ到達する。
これまで積み重ねてきた打撃理論が、意識せずとも体の奥から引き出された。理屈ではない。手応えだけが全てを証明していた。
その裏、河尻が立波にインローのシュートを捉えられ、逆転のツーラン。
1-2。
迎えた七回表、ツーアウト走者なし。
村瀬、三打席目。
追い込まれながら、体は迷っていなかった。山元が投じた外角低めのカーブに対し、ためらいなくフルスイング。
高く上がった打球が伸び、レフトスタンドへ飛び込んだ。
同点、2-2。
静かだったジャガーズベンチが、一気に総立ちとなる。
“苦手”を打ち砕く一撃。
そして試合は、2-2で最終回へ。
9回表、二死無走者。
またしても、村瀬に打席が回ってきた。
初球、ボール。
二球目、スライダー。ファウル。
三球目――スクリュー。
外角低め、ストライクゾーンから沈む球。
「来た……!」
バットが一閃、白球はセンター後方へ。
バックスクリーンへと吸い込まれるように飛び込んだ。
逆転のソロホームラン。ジャガーズ、3-2。
ベンチへ戻った村瀬を迎えた新城が、ぽんと背中を叩く。
「これでお前も、本物やな」
村瀬はこの日、4打数3安打2本塁打。
苦手としていた山元昌をついに攻略し、自身の成長を強く実感した夜となった。
試合後、ベンチ裏の通路で、村瀬は一人バットを見つめていた。
「俺は、もっと上へ行ける――」
連勝。打ち崩せなかった壁を越え、繋がらなかった攻撃がつながり始めた。
ジャガーズが、もう一度上昇気流に乗ろうとしていた。




