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84/117

vs相模スターズ

瀬戸内シャークスとの3連戦に敗れ、4位に転落したジャガーズ。

浮上のきっかけを掴みたいチームが挑むのは、技巧派エース・小宮悟、そして球界屈指の名捕手・谷元信を擁する相模スターズとの一戦だった。


“投げる精密機械”と呼ばれる小宮の投球は、140km/hに届かない直球を軸に、スライダー、シンカー、カーブ、スプリッター、そしてナックルに似た魔球「シェイク」まで織り交ぜる。

谷は抜群の盗塁阻止率を誇る強肩捕手。


だが、1番・紅星憲弘と2番・村瀬浩の俊足コンビは、その谷に真っ向勝負を挑む。


初回、紅星が四球で出塁すると、すかさず初球で二塁を狙いスタート。

小宮のクイックは完璧、谷元の送球もストライク。

それでも紅星は一瞬の加速とスライディングの鋭さで、ベースに滑り込む。


「セーフ!」


その判定に、ベンチとスタンドが沸く。

紅星はゆっくりと立ち上がり、ベンチに向かって静かに拳を握った。


続く2番・村瀬の打席。カウントは2-2。

マウンド上、小宮がボールを握り直したのを見て、谷はわずかに右手で合図を送る。


(村瀬は初球のスライダーを見逃していた。次もボールになる変化球で様子を見るか、もしくは……いや、ここで“シェイク”を使うか)


谷は捕手としての経験を総動員して、バッター村瀬の思考を読み取ろうとしていた。


だが、村瀬も谷の癖と配球の傾向を、前日のビデオとバッティングコーチとのミーティングで徹底的に分析していた。


(この場面、谷さんなら絶対に外にシェイクを呼ぶ。あの魔球で空振り三振を取りにくる)


そう確信していた村瀬は、ややベース寄りに立ち位置を変え、スイング軌道を修正していた。

狙いはただひとつ。あの浮き上がるように沈む魔球を、しっかり“点”でとらえること――。


(来い……!)


投げられたのは、予想通りの外角低めシェイク。

谷が「完璧」と信じたその一球を、村瀬のバットが鋭く迎え撃った。


カーン!


とらえた当たりはライト前ヒットへ



1・2番コンビで初回からノーアウト一・三塁の場面と先制のチャンスを作り出し、打席には得点圏打率の高い3番・檜山。


ここで点を取りたい場面で、ジャガーズは思い切った策を打つ。


初球――村瀬がスタートを切る。

セオリーならここは打者勝負。だが、ジャガーズは「足」で揺さぶる。


谷は一瞬の迷いも見せず、素早く二塁へ送球――それを待っていたかのように、三塁走者・紅星がスタートを切る。

二塁送球を誘い出す、仕組まれたダブルスチールだった。


二塁手が慌てて前に出て、ホームへ返球するが、紅星は快速を飛ばし、ホームに滑り込む――


「セーフ!」


ダブルスチール成功。

谷の送球にも乱れはなかった。

村瀬のスタートも、紅星のタイミングも、すべてが完璧に噛み合った一手だった。


谷はそのプレーに悔しさをにじませながらも、冷静にマスクを直し、唇を引き結ぶ。

「仕掛けてきたか」と言わんばかりにセカンドベースの村瀬を一瞥するが、その視線の裏にあるのは、確かなリスペクトだった。


「機動力には波がない」――

チームが掲げてきたその言葉が、説得力を持って試合に現れた瞬間だった。



だが、スターズも黙ってはいない。

9回表、疲れが見え始めたブルペンを救うべく、連投を買って出ていたリリーフ・小久保友之から、若き主砲・町田修一が鋭い一発を放ち、試合を振り出しに戻す。


それでも、小久保は崩れなかった。

157km/hのストレートを軸に、高速スライダーとフォークを織り交ぜながら、粘りの投球で後続のスターズ打線を封じ込めていく。


「小久保が踏ん張ってる。アイツの気持ち、無駄にはできへんやろ」


そんな言葉がベンチから自然と漏れる。


そしてその後、9回裏2アウトランナーなしから、再びジャガーズの“繋ぐ野球”が火を吹く。


8番・壷井が粘って四球を選ぶと、代打・輪田が執念のセンター前ヒット。

紅星がフルカウントから冷静に四球を選び、満塁。


打席には2番・村瀬。


マウンド上の小宮は、静かに首を振ったあと、谷のサインに頷いた。


(外角低め――スプリッター)


谷は配球に自信を持っていた。


村瀬は初回の打席で「シェイク」をとらえた。だからこそ、今度はあえて別の落ち球を見せる。少し速くて、少し鋭く落ちるスプリッターなら、スイング軌道を狂わせられる――


それが、谷の組み立てだった。


小宮の手から放たれたのは、まさにそのスプリッター。

外角低め、ストライクゾーンからスッと沈む球。


だが――


「打った!」


村瀬のバットが、その一球を完璧にとらえる。


打球はライトとセンターの間を真っ二つに割った。

二塁走者・紅星が快足を飛ばしてホームイン。


サヨナラ勝ち。


ジャガーズベンチが沸く。

スタンドが総立ちになる。


“最強バッテリー”の読みを逆手に取った一撃だった。


“最速コンビ”が揺さぶり、若き鉄腕がつなぎ、そして村瀬が締めた。


走塁、守備、そして繋ぐ意識――ジャガーズの野球は、着実に一つの完成形へと近づいていた。





試合終了後。スターズの選手たちがベンチ裏へと引き上げていく。

キャッチャーギアを外した谷元信は、誰にも何も言われぬまま、静かにベンチの隅に腰を下ろした。


グラブを見つめたまま、ぽつりとつぶやく。


「……あのタイミングで、仕掛けてくるか」


声に怒気はなかった。けれど、その低くかすれた声には、わずかに震えがあった。


“俺のリードを、完全に読まれてた”


何がズレたのか、どこで揺さぶられたのか――その答えを、谷は黙って思い返していた。


しばらくして、スタッフがそっと声をかけると、谷は顔を上げた。

いつものように表情を整え、無言で頷く。


だが去り際、ほんの一瞬だけ、遠くジャガーズベンチの方を振り返る。


その目に宿った光は、敗者のそれではなかった。


――再戦を誓う、捕手の瞳だった。

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