vs相模スターズ
瀬戸内シャークスとの3連戦に敗れ、4位に転落したジャガーズ。
浮上のきっかけを掴みたいチームが挑むのは、技巧派エース・小宮悟、そして球界屈指の名捕手・谷元信を擁する相模スターズとの一戦だった。
“投げる精密機械”と呼ばれる小宮の投球は、140km/hに届かない直球を軸に、スライダー、シンカー、カーブ、スプリッター、そしてナックルに似た魔球「シェイク」まで織り交ぜる。
谷は抜群の盗塁阻止率を誇る強肩捕手。
だが、1番・紅星憲弘と2番・村瀬浩の俊足コンビは、その谷に真っ向勝負を挑む。
初回、紅星が四球で出塁すると、すかさず初球で二塁を狙いスタート。
小宮のクイックは完璧、谷元の送球もストライク。
それでも紅星は一瞬の加速とスライディングの鋭さで、ベースに滑り込む。
「セーフ!」
その判定に、ベンチとスタンドが沸く。
紅星はゆっくりと立ち上がり、ベンチに向かって静かに拳を握った。
続く2番・村瀬の打席。カウントは2-2。
マウンド上、小宮がボールを握り直したのを見て、谷はわずかに右手で合図を送る。
(村瀬は初球のスライダーを見逃していた。次もボールになる変化球で様子を見るか、もしくは……いや、ここで“シェイク”を使うか)
谷は捕手としての経験を総動員して、バッター村瀬の思考を読み取ろうとしていた。
だが、村瀬も谷の癖と配球の傾向を、前日のビデオとバッティングコーチとのミーティングで徹底的に分析していた。
(この場面、谷さんなら絶対に外にシェイクを呼ぶ。あの魔球で空振り三振を取りにくる)
そう確信していた村瀬は、ややベース寄りに立ち位置を変え、スイング軌道を修正していた。
狙いはただひとつ。あの浮き上がるように沈む魔球を、しっかり“点”でとらえること――。
(来い……!)
投げられたのは、予想通りの外角低めシェイク。
谷が「完璧」と信じたその一球を、村瀬のバットが鋭く迎え撃った。
カーン!
とらえた当たりはライト前ヒットへ
1・2番コンビで初回からノーアウト一・三塁の場面と先制のチャンスを作り出し、打席には得点圏打率の高い3番・檜山。
ここで点を取りたい場面で、ジャガーズは思い切った策を打つ。
初球――村瀬がスタートを切る。
セオリーならここは打者勝負。だが、ジャガーズは「足」で揺さぶる。
谷は一瞬の迷いも見せず、素早く二塁へ送球――それを待っていたかのように、三塁走者・紅星がスタートを切る。
二塁送球を誘い出す、仕組まれたダブルスチールだった。
二塁手が慌てて前に出て、ホームへ返球するが、紅星は快速を飛ばし、ホームに滑り込む――
「セーフ!」
ダブルスチール成功。
谷の送球にも乱れはなかった。
村瀬のスタートも、紅星のタイミングも、すべてが完璧に噛み合った一手だった。
谷はそのプレーに悔しさをにじませながらも、冷静にマスクを直し、唇を引き結ぶ。
「仕掛けてきたか」と言わんばかりにセカンドベースの村瀬を一瞥するが、その視線の裏にあるのは、確かなリスペクトだった。
「機動力には波がない」――
チームが掲げてきたその言葉が、説得力を持って試合に現れた瞬間だった。
だが、スターズも黙ってはいない。
9回表、疲れが見え始めたブルペンを救うべく、連投を買って出ていたリリーフ・小久保友之から、若き主砲・町田修一が鋭い一発を放ち、試合を振り出しに戻す。
それでも、小久保は崩れなかった。
157km/hのストレートを軸に、高速スライダーとフォークを織り交ぜながら、粘りの投球で後続のスターズ打線を封じ込めていく。
「小久保が踏ん張ってる。アイツの気持ち、無駄にはできへんやろ」
そんな言葉がベンチから自然と漏れる。
そしてその後、9回裏2アウトランナーなしから、再びジャガーズの“繋ぐ野球”が火を吹く。
8番・壷井が粘って四球を選ぶと、代打・輪田が執念のセンター前ヒット。
紅星がフルカウントから冷静に四球を選び、満塁。
打席には2番・村瀬。
マウンド上の小宮は、静かに首を振ったあと、谷のサインに頷いた。
(外角低め――スプリッター)
谷は配球に自信を持っていた。
村瀬は初回の打席で「シェイク」をとらえた。だからこそ、今度はあえて別の落ち球を見せる。少し速くて、少し鋭く落ちるスプリッターなら、スイング軌道を狂わせられる――
それが、谷の組み立てだった。
小宮の手から放たれたのは、まさにそのスプリッター。
外角低め、ストライクゾーンからスッと沈む球。
だが――
「打った!」
村瀬のバットが、その一球を完璧にとらえる。
打球はライトとセンターの間を真っ二つに割った。
二塁走者・紅星が快足を飛ばしてホームイン。
サヨナラ勝ち。
ジャガーズベンチが沸く。
スタンドが総立ちになる。
“最強バッテリー”の読みを逆手に取った一撃だった。
“最速コンビ”が揺さぶり、若き鉄腕がつなぎ、そして村瀬が締めた。
走塁、守備、そして繋ぐ意識――ジャガーズの野球は、着実に一つの完成形へと近づいていた。
試合終了後。スターズの選手たちがベンチ裏へと引き上げていく。
キャッチャーギアを外した谷元信は、誰にも何も言われぬまま、静かにベンチの隅に腰を下ろした。
グラブを見つめたまま、ぽつりとつぶやく。
「……あのタイミングで、仕掛けてくるか」
声に怒気はなかった。けれど、その低くかすれた声には、わずかに震えがあった。
“俺のリードを、完全に読まれてた”
何がズレたのか、どこで揺さぶられたのか――その答えを、谷は黙って思い返していた。
しばらくして、スタッフがそっと声をかけると、谷は顔を上げた。
いつものように表情を整え、無言で頷く。
だが去り際、ほんの一瞬だけ、遠くジャガーズベンチの方を振り返る。
その目に宿った光は、敗者のそれではなかった。
――再戦を誓う、捕手の瞳だった。




