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変革の一歩

入学式から数日後、俺たち“新入生組”はついに野球部のグラウンドに足を踏み入れた。

上方第一高校の野球部は、人数こそそれなりにいるが、実績も指導方針も正直“緩い”。


(ここから、全部作り直す……!)


しかし、そんな俺たちの覚悟とは裏腹に、グラウンドに足を踏み入れた瞬間、冷ややかな視線が突き刺さった。


「おい、なんやアイツら」

「ちょっと全国大会出たからって、調子乗っとるんちゃうか」

「ガキどもが主役面かいな」


敵意を隠そうともしないその視線の主は、上級生――とくに三年の主力メンバーだった。

中学から持ち上がった内部進学生も多く、本来なら“後輩”である俺たちへの視線は、どこか複雑な色を帯びていた。


その中心にいたのが、三年のキャプテン・三宅勇真みやけ ゆうま

中学時代は市選抜にも選ばれた実力者だったが、高校では伸び悩み、今では“古株の威厳”だけが彼の支えになっていた。


「お前ら、新入生やろ? 勝手に練習入ってくんな。アップ終わってから声かけろや」


(……出た、“昭和の部活”)


内心、ため息が出たが、ここでいちいち火種を撒いても仕方がない。


「すみません。以後、気をつけます」


頭を下げたのは、水科だった。

彼はこの場で揉めても意味がないことを、ちゃんと分かっていた。


「……水科、ええ判断や」


俺は小さくうなずいた。


1週間後、ようやく“新入生の実力テスト”が行われた。

メニューは50メートル走、遠投、守備、バッティング――基本的な内容だが、俺たちはすでに未来のトレーニング理論で基礎能力を引き上げてきた。


なかでも、水科のバッティングは別格だった。


「パァンッ!」


鋭い打球音とともに、打球は一直線にレフト奥の防球ネットへ突き刺さった。


「……なんやアイツ」

「高1で、あのスイングかよ……」


上級生たちの目の色が変わり始めた。


続いて、カイトの走塁。俊足を活かして、5.9秒台のタイムを叩き出す。


「マジかよ……6秒切ってるやん」


そして俺も、フルスイングで柵越えを放った。

飛距離は100mちょっと。まだまだだが、打球の質と弾道で“違い”を見せつけた。


「なあ……あいつら、本物ちゃうか?」


グラウンドにざわめきが広がり、ようやく俺たちは“戦力”として意識され始めた。


だが――それだけで、簡単に“融合”できるわけじゃない。


ある日のミーティング後、三宅が俺たちを呼び止めた。


「おい、村瀬。ちょっと話あるわ」


「……なんですか?」


「お前らな、自分のやり方で勝てる思てんのか? 部活はチームやぞ? 個人プレーで勝てるほど甘ないねん」


「そのつもりはありません。ただ……俺たちは、甲子園を本気で目指してるだけです」


「“だけ”やと? お前らのせいで、チームの空気が乱れとるんや」


売り言葉に買い言葉――そうなりそうになる自分を、グッと抑えた。


深く息を吸い、俺は落ち着いた声で返す。


「じゃあ……見ててください。練習で、結果で、証明します。

俺たちはチームのために動きます。でも……“勝つための正しさ”を変えるつもりはありません」


三宅は無言のまま、ゆっくりとその場を去っていった。


(これでいい。ここでブレたら、“未来を変える”なんて、ただの夢物語や)


4月中旬。春の練習試合の相手が決まった。


【上方第一 vs 東海鳴門高校(徳島)】


全国ベスト8の常連、伝統ある強豪校。

しかも相手のエースは、最速142kmのスライダーを操る左腕・志賀翔しが しょう


(いきなり大舞台やな……これが、俺たちの“一歩目”や)


出発前夜。

俺たちはグラウンドの隅に集まって、静かに気持ちを整えていた。


「怖い?」


カイトがぽつりと問いかける。


「いや、楽しみだよ」


そう言ったのは、水科だった。


「もちろん怖さはある。でもそれ以上に……楽しみが勝つ。

俺、この試合で、志賀のスライダーを打ち崩してやる」


「……俺も、狙うわ」


「俺も」「俺も!」


小さな火が、確かに広がっていた。

勝てる保証なんてない。でも、“勝とうとする意志”だけは、誰にも負けなかった。


「よっしゃ……やったろやないか」


俺は拳を高く突き上げる。

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