村瀬のレベルアップ─「もう一度、あの打球を」
東京ドームの右翼スタンド。
三戦目、あの場面が頭から離れなかった。
富士川の渾身のストレートを運んだのは、タイタンズの若手捕手・安倍慎之助。
逆転サヨナラツーラン。
ライト最奥、あの打球が弾けた瞬間、村瀬浩は内野から動けずにいた。
(打てるんか、オレもあんなの……)
甲子園──あの夏の記憶は、まだ焼きついている。全試合ホームラン。
全国の注目を浴びたスラッガー。
その村瀬が、プロに入って数年、木製バットへの適応に苦しみ、長打を“封印”してきた。
身長170cm。小柄な体格ではある。けれど、それを理由にしてきたことも、自覚はある。
「ジャガーズの野球は“つなぐ”ことや。オレが長打にこだわる必要はない」
そうやって納得してきた。でも、どこかでフタをしていた気持ちもある。打てないのではない。打てるはずなのに、打ってこなかっただけじゃないか──。
「納得なんか、できるか」
敗戦直後のロッカールームで漏らしたあの言葉は、まっすぐ自分に向いていた。
オールスター戦前、中断期間の屋内練習場。村瀬は一人、ケージに入り続けていた。
「もう一回、ゼロから打撃フォームを見直しますわ」
練習中にそう口にした村瀬に、打撃コーチは静かにうなずいた。
「ええと思うぞ。別に“ジャガーズの野球”と矛盾してるわけやない。必要な場面で一発を打てる奴がおるチームの方が、つながる可能性も広がる」
「打球の角度が足らん。もっとバレルゾーンでとらえられたら……」
試行錯誤の毎日が始まった。ティー打撃では、角度と回転数を確認。トスでは前さばきのタイミングを調整し、下半身の溜めと体の軸を意識した。
(木製バットやろうが、芯で捉えれば飛ぶ。身体の大きさなんて、最初から関係なかった)
フォーム改造のヒントになったのは、まさかの相手──松居や高梨、茅原といったタイタンズの強打者たちの映像だった。
「前に突っ込まず、最後まで引きつけて、前腕でバットを押し出すように……。アイツら、やっぱりうまいわ」
後輩の酉谷が近づき、ぽつりとつぶやいた。
「村瀬さん、変わりましたよね。最近、打席で構えがなんか……鋭いっす」
「気づいたか? まあ、これで打てへんかったら笑ってくれや」
小さく笑った村瀬の表情に、迷いはなかった。
甲子園のヒーローだった過去を、ただの“過去”で終わらせない。自分が打つことでチームがつながる──そんな未来をつかむための挑戦が、また始まろうとしていた。
(あの夏の打球。もう一度、あの感触を……)
この小柄な男は、再びスタンドを目指す。




