一発の怖さ─首位攻防・武蔵タイタンズ3連戦
七月中旬、東京ドーム。
真夏の蒸し暑さとは裏腹に、球場には、ただならぬ緊張感が張り詰めていた。
首位・関西ジャガーズと、1ゲーム差で追う2位・武蔵タイタンズ。
前半戦最後のカードにして、首位攻防の天王山。
すべてを懸けた3連戦の火蓋が、今──切って落とされた。
東京ドーム三塁側ベンチ。
ジャガーズ指揮官・乃村克也は、タイタンズの指揮官・中嶋茂雄の名を耳にするたび、いつもの冗談を漏らす。
「現役時代の成績はワシの方が上なんやけどな……あっちはスターやからなあ。人気は完敗や。ほんま、セ・リーグってのはズルいな」
その言葉に笑う者はいなかった。だが選手たちは、監督の言葉に込められた“敵将への闘志”を確かに感じていた。乃村はこの3連戦に、並々ならぬ覚悟を持って臨んでいた。
1回表、ジャガーズは先頭・紅星憲弘のヒット、村瀬の送りバントでチャンスを作ると、3番・檜山がセンター前に運び、あっさりと先制。機動力とつなぎの意識が噛み合った理想的なスタートだった。
初戦のマウンドに立ったのは、ジャガーズのエース・矢吹恵一。
立ち上がりは威圧感十分だったが、四球からリズムを崩した。
先頭・西が四球で出塁すると、2番・二丘が左中間へタイムリーツーベース。
あっという間に同点に追いつかれる。
3番・高梨はスライダーを逆方向へ流し打ちでライト前。
無死一・三塁でバッターボックスにはタイタンズの主砲・松居。
「……やっぱりこの男がいる限り、油断はできん」
ベンチで乃村がつぶやいた次の瞬間だった。矢吹の内角直球を、松居がフルスイング。打球はライナーで右中間スタンドへ突き刺さる──3ランホームラン。
スコアは1-4。東京ドームが大歓声に包まれる中、矢吹は淡々と次の打者に向き合ったが、立ち上がりの4失点が最後まで重くのしかかった。
その後、酉谷のソロ本塁打などで反撃を試みるも、タイタンズの中継ぎ陣が堅実な投球で粘り切り、試合は3-5で終了。ジャガーズは大事な初戦を落とした。
第2戦。ジャガーズの先発はベテラン右腕・河尻哲郎。最速は140km/h台前半に落ち込んだが、サイドスローから繰り出されるジャイロボールや多彩な変化球で打者を幻惑する技巧派だ。
対するタイタンズは、長年チームを支えてきたベテラン・鍬田真澄。球速こそないが、浮き上がるように見えるカーブと抜群の制球力で勝負するサウスポーだ。
ジャガーズ打線は、この鍬田の「魔曲」に完全に翻弄された。特に中盤、カーブがまるで一度空中で止まり、急降下するように見えると評され、若手選手はタイミングを外され続けた。
「振らされてるんじゃない。見えてても当たらん」
ベンチで矢乃がつぶやいた直後、壷井がスライダーに手を出せず、見逃し三振。
ベンチには重たい沈黙が落ちた。
一方の河尻も粘投を見せたが、5回に勝負の綻びが生まれる。
先頭の高梨が、内角高めのシュートを詰まりながらもスタンドへ運ぶ技ありの一発。
続く松居がセンター前に運ぶと、5番・茅原が真ん中高めのスライダーを完璧に捉え、レフトスタンド上段へ突き刺すツーラン。これでスコアは0-3。
「才能って、こういうやつのことを言うんだろうな……」
グラウンド上、二塁手の村瀬が小さく呟いたその声は、球場の喧騒に溶けて消えた。
その後、ジャンセンと小久保が見事なリリーフで試合を締め直すも、打線の奮起は及ばず。終盤に2点を返しあと一歩まで追い縋るも、結果は2-3で敗戦。これで2連敗となり、今カードの負け越しが決定した。
迎えた第3戦。この試合を落とせば、前半戦の首位の座が完全に明け渡される。
先発は、若き左腕・飯川慶。最速151km/hのストレート、切れ味鋭いスライダーを武器とする本格派だ。プレッシャーの中でも彼はブレなかった。
その立ち上がりから、飯川はギア全開。
西、二丘、高梨と、タイタンズ上位打線を三者凡退。4番・松居、5番・茅原をいずれも空振り三振に仕留め、東京ドームに響いたのは三塁側からの大歓声だった。
飯川は7回1失点の快投。強打のタイタンズ打線を封じ、味方の援護を待ち続けた。
均衡を破ったのは、8回表。先頭・酉谷が右中間を破る二塁打で出塁し、1死後、矢乃の鋭い当たりがセンター前へ──ついに勝ち越し点が入る。
スコアは2-1。
9回裏。マウンドには守護神・富士川球児。火の出るようなストレートとフォークで、数多のセーブを積み重ねてきた右腕が、勝利まであと一歩の場面で登場した。
だが──。
先頭・8番、若手捕手の安倍慎之助。
プロ2年目にして注目を集める逸材が、インローのストレートを捉える。腰をひねるような独特のフォームから放たれた打球は、ライトポール際へ。
──カーン。
乾いた打球音とともに、ボールは弧を描き、ライトスタンド最奥へと消えていった。逆転サヨナラ2ランホームラン。
富士川はマウンドに膝をつき、ジャガーズベンチは凍りついた。
最終戦も落とし、痛恨の3連敗。
今回の直接対決により、ジャガーズはゲーム差2.0の、2位に転落。
前半戦を首位陥落という苦い結末で終えることとなった。
「納得なんか、できるか」
試合後のロッカールーム。静まり返る空気の中、村瀬がぽつりと口を開いた。
「……もう一回、ゼロから全部見直そうや。悔しいのに、なんか、負けて納得してる自分が嫌や」
新城が無言でうなずき、酉谷がバットを握り直す。乃村は誰にも声をかけず、スコアブックをじっと見つめたままだった。
“守備と機動力のジャガーズ”と、“一発攻勢のタイタンズ”。
スタイルの違いが、これ以上ない形で露呈した3連戦だった。
だが、まだ終わりではない。
後半戦は、すぐそこまで来ていた。




