打てない日々の中で
打てない日々が続いていた。
瀬戸内シャークスの黒谷に3三振、相模スターズの小宮にはインコースを攻められ詰まるばかり。
カット、スプリット、ツーシーム……。
どれも似た軌道で、結局見送って三振することさえあった。
打球は詰まり、差し込まれ、時に見送って三振。気づけばここ10試合で打率は1割台に沈み、2番打者としての役割を果たせていない自覚があった。
焦りは守備にも表れ、足が動かない。凡ミスとまではいかないまでも、“らしくない”プレーが目立ち始めていた。
「村瀬、どないしたんや」
「おーい、ひろし〜、また打ててへんぞ〜!」
スタンドからのヤジに、村瀬はただ帽子を深くかぶり直した。
試合後のロッカー。
村瀬はスパイクの泥を、無心に、だがどこか苛立ちを隠すように落としていた。
誰も話しかけてこないわけではない。ただ、誰とも話したくない。それが本音だった。
ふと、隣に座っていた新城剛志が汗拭きタオルを放ってきた。軽く受け取った村瀬に、何も言わず、すっと缶コーヒーまで差し出す。
しばし無言。
やがて、新城がぽつりと呟いた。
「浩、お前、打てへん時の顔、あんま似合わんな」
村瀬は驚いたように顔を上げる。
「……そうっすか?」
「せや。なんか、らしくない。スランプは誰にでもある。でも、お前の場合は……ちょっと考えすぎてるんちゃうかって、思う」
「考えないようにしてるんですけど……気づいたら、頭ん中でピッチャーの球筋ばっか想像してて……。構えた時にはもう、打てる気がしてないんです」
新城は缶コーヒーを一口飲むと、ふっと笑った。
「浩、俺が夜に練習してんの、見たことあるよな?」
「はい。……見て見ぬふりしましたけど」
「ええよ、見てて。俺はな、人に努力見せるの、かっこ悪いと思てる。でもな、努力してへんフリしたまま腐るのは、もっとダサい」
新城は腕を組み、壁にもたれかかった。
「お前、自分で“見えてない”って思ってるやろ。でも、ほんまに見えてへんやつはな、そもそも“見えてない”ってことにすら気づかん。迷ってるってことは、ちゃんと景色見ようとしてる証拠や。ほんなら、その先に出口あるわ」
村瀬は黙って、新城の言葉を反芻する。
「……俺、出口見つかりますかね」
「見つかる。ていうか、お前もう半分くらい見えてる。あとは振るだけや。シンプルにな。肩肘張らんでええ」
「お前が振らへんのは、失敗が怖いからちゃう。多分、“打てるはず”って自分を信じきれてへんだけや。せやから——振ってみい」
その夜、村瀬はバットを握ったまま、素振りをしにグラウンド裏へ向かった。打てなかった悔しさよりも、“まだ俺はやれる”という新城の眼差しが、何よりも胸に残っていた。
翌日の試合――。
初回の第1打席、村瀬は相手投手のカットボールにタイミングを合わせ、センター前へクリーンヒット。
二塁ベース上で笑みを浮かべたとき、ベンチの新城が目を細め、口だけを動かして呟いた。「ほらな、振りゃ当たんねん」
ベンチに戻った村瀬に、新城がグータッチを差し出す。
「専属ファン、ついに卒業やな?」
「……いや、まだ様子見中っす」
そう言って笑い合った瞬間、スランプの影は、音もなく消えていた。




