3本目の柱・崩れる打棒
五月中旬、甲子園に吹き込む春の風は、好調を維持するジャガーズナインにとっても心地よく感じられるものだった。
今シーズンは開幕ダッシュに成功し、現在チームは単独首位を快走中。そんな中、迎えたのは中部ハリケーンズ。指揮官は“闘将”星乃仙一。覇気と情熱の男だ。
初戦のマウンドには、ジャガーズのエース・矢吹恵一。そして対するは、ハリケーンズ期待の若手右腕・河上憲伸。注目のエース対決に甲子園の熱は最高潮に達した。
河上のカットボールはえぐるように鋭く、村瀬は2打席連続で凡退。
一方の矢吹も、ハリケーンズの主砲・服留孝介をスライダーで翻弄し、立波和義には徹底した外角攻めでヒットを許さない。
6回を終えて0-0のまま試合は膠着するが、7回裏、檜山の2点タイムリーが飛び出し、ジャガーズが先制。
矢吹はそのまま9回まで投げ切り、被安打5、無失点の完封勝利を挙げた。
翌日の第2戦。
マウンドに上がったのは技巧派左腕・濃見篤史。変幻自在の投球術で相手打線を翻弄。
立波のインコースを攻め抜き、服留のバットには力で真っ向勝負。
球威で圧倒するタイプではないが、コースと緩急で打者を無力化していくその投球は、まさに“職人技”。
味方打線も中盤に集中打で援護し、結果は9回完封、ジャガーズは2連勝を飾った。
試合後、乃村監督は報道陣の前で口にした。
「これで“3本の柱”ができたな。
矢吹、飯川、そして濃見。
ようやく回せる投手陣になってきた」
チームに手応えが生まれつつある中で、静かに歯車が狂い始めていた男がいた――村瀬浩。
第3戦の先発は、16年目の左腕・山元昌。
グラブを高く掲げて背を反らせる独特のフォームから、切れ味鋭いスクリュー、スライダー、そしてカーブを繰り出す技巧派だ。
プロ一年目の対戦で四打数無安打3三振を喫して以降、苦手としている投手だが、今年もまったくタイミングが合わなかった。
結果は4打数無安打、2三振。
打席を終えてベンチに戻る村瀬の表情には、いつもの余裕がなかった。
ヘルメットを脱ぎ、バットを片付けながら、誰とも目を合わせようとしない。
(打てない。全部ズラされてる……。分かってるのに、反応が追いつかない……)
焦りは守備にも出た。
7回、立波のゴロを処理する際に、ほんの一瞬のもたつき。その隙を突かれ、内野安打となった。
試合は2-4でジャガーズが敗れ、連勝は「4」でストップ。だが、村瀬の頭の中には、勝敗以上に“打てなかった”事実がこびりついていた。
試合後のロッカールーム。村瀬は黙々とスパイクの泥を落としていた。誰にも声をかけられず、誰にも気づかれないようにうつむいたまま。
そのとき、隣にいた新城剛志が、無言のまま汗タオルをぽんと投げてよこした。反射的に受け取った村瀬が顔を上げると、新城はいつもと変わらぬ調子でニヤリと笑った。
「浩、今んとこ“山元昌の専属ファン”やな。でもまぁ、そろそろ打っとかんと、向こうにファンレター送らなあかんで?」
村瀬は一瞬ぽかんとし、次いで苦笑した。落ち込んでいるときに、ただ励まされるよりもずっと沁みる――そんな一言だった。




