雨中の一手
関西ジャガーズは開幕から快進撃を続け、ここまで6戦無敗の6連勝。
今季7戦目の相手は、相模スターズだった。
横浜スタジアムには朝から降ったり止んだりの雨が落ちていた。
グラウンドにはじわじわと水気が溜まり、外野の一部にはぬかるみも見える。
プレイボール直前、小雨に変わった空の下、ベンチでは乃村監督が静かに言う。
「接戦になる。
1点を、どう取って、どう守るかや」
スターズの先発は、美浦大輔――“ハマの総長”の異名を持つ技巧派右腕。
カットボール、スローカーブ、フォーク、シュート…多彩な球種で打者の狙いを外す。
バッテリーを組むのは、球界最高峰の名捕手・谷元信。青山スワンズの古舘と並び称される、冷静沈着なゲームメイカーだ。
一方、ジャガーズはベテラン右腕・河尻哲郎が先発。静かな立ち上がりの中で、両投手ともに緩急とコースを巧みに使い、試合はスコアボードにゼロを並べ続ける。
四回表、関西ジャガーズの攻撃――乃村がついに動く。
先頭・今丘がサードゴロで倒れ、続く矢乃が、右中間を深く破るツーベースで得点機を作る。
続く壷井は、初球をライト前にうまく運び、一死一・三塁。
ここで、打席には一番・紅星。
スターズバッテリーは当然、盗塁も絡めた仕掛けを警戒する。
(この回は上位打線の流れ。一点を取りにくるな――)
雨で足元が滑る状況にもかかわらず、壷井は塁間で鋭いリードを取る。
スターズバッテリーはランナーに意識を割きながら、紅星にはインコースを攻める。
2球目――
紅星が詰まりながらもバットの先で引っ張った打球は、ぬかるんだ二遊間をゆっくりと転がる。
セカンド・種子田が追いつくも、グラブの先が地面を噛みボールを弾く!
打球が内野を抜ける間に、三塁ランナー・矢乃がホームを踏み、ジャガーズが1点を先制!
(これが雨の野球や……)
一死一・三塁。なお続くチャンスに、打席は二番・村瀬。
スターズの守備陣は、まずスクイズを警戒し、内野を前進させる。
谷元もまた、インローにシュートを構え、スクイズ封じに出る。
初球、空振り。
第2球、アウトローの変化球をファウル。
さらに第3球、外角低めのフォークを粘り、バットの先でファウル。
カウントはツーストライク。
(さすがにもう、スクイズはない……)
谷元はそう判断した。
ぬかるんだグラウンドでは、バントの判断も難しい。スクイズ失敗は失点に直結するリスク。
ましてやツーストライク――ベンチでも、通常なら解除する場面だ。
だが、村瀬は理解していた。
このカウントで、なおスクイズが出るなら、それは乃村の“覚悟”だ――と。
そして――
その“常識”を、乃村は逆手に取った。
第4球、谷元はバントケアの少ない外角スライダーを選択。
だが、村瀬は迷わずバットを出した。スクイズだ。
打球は転がった。小雨に濡れたマウンド前、バウンドが鈍くなる。
飛び出す谷元。しかし、ぬかるんだ足元に一瞬バランスを崩し、スタートが遅れる。
三塁ランナー・壷井が泥を跳ね上げながら突入――
「セーフ!」
審判のコールに、スターズのベンチが凍りついた。
スクイズ成功。
しかも、ツーストライクからの敢行。
そして、雨による守備のわずかな狂い。
(わかっていた……なのに、外してしまった)
谷元は、自分の“経験”に裏をかかれた現実を噛み締めていた。
「読まれていても、決められるかどうか。それが野球や」
乃村の頭脳が、谷元の先を行った。
しかし、スターズも黙っていない。七回表、主砲・町田修一がセンターオーバーのタイムリーで1点を返す。
なおも一死二塁のピンチ。次打者の鋭いゴロが三遊間を襲うが、今丘が逆シングルで滑り込み、すかさず二塁へ送球。
村瀬がキャッチして一塁へ。完璧な5-4-3のダブルプレーで切り抜ける。
八回、九回は“JFK”の継投。ジャンセンが八回を締め、小久保が九回を三者凡退。雨中の接戦を制し、ジャガーズは開幕七連勝を飾った。
試合後、谷元が一言だけ、報道陣に漏らした。
「乃村さんは……“裏の裏”を読んでくる」
勝負師たちの静かな読み合い。
その先にあったのは、雨すら味方につけた、乃村監督の完璧な一手だった。




