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73/117

雨中の一手

関西ジャガーズは開幕から快進撃を続け、ここまで6戦無敗の6連勝。

今季7戦目の相手は、相模スターズだった。


横浜スタジアムには朝から降ったり止んだりの雨が落ちていた。

グラウンドにはじわじわと水気が溜まり、外野の一部にはぬかるみも見える。

プレイボール直前、小雨に変わった空の下、ベンチでは乃村監督が静かに言う。


「接戦になる。

1点を、どう取って、どう守るかや」


スターズの先発は、美浦大輔――“ハマの総長”の異名を持つ技巧派右腕。

カットボール、スローカーブ、フォーク、シュート…多彩な球種で打者の狙いを外す。

バッテリーを組むのは、球界最高峰の名捕手・谷元信。青山スワンズの古舘と並び称される、冷静沈着なゲームメイカーだ。


一方、ジャガーズはベテラン右腕・河尻哲郎が先発。静かな立ち上がりの中で、両投手ともに緩急とコースを巧みに使い、試合はスコアボードにゼロを並べ続ける。


四回表、関西ジャガーズの攻撃――乃村がついに動く。


先頭・今丘がサードゴロで倒れ、続く矢乃が、右中間を深く破るツーベースで得点機を作る。

続く壷井は、初球をライト前にうまく運び、一死一・三塁。


ここで、打席には一番・紅星。

スターズバッテリーは当然、盗塁も絡めた仕掛けを警戒する。


(この回は上位打線の流れ。一点を取りにくるな――)


雨で足元が滑る状況にもかかわらず、壷井は塁間で鋭いリードを取る。

スターズバッテリーはランナーに意識を割きながら、紅星にはインコースを攻める。


2球目――

紅星が詰まりながらもバットの先で引っ張った打球は、ぬかるんだ二遊間をゆっくりと転がる。


セカンド・種子田が追いつくも、グラブの先が地面を噛みボールを弾く!

打球が内野を抜ける間に、三塁ランナー・矢乃がホームを踏み、ジャガーズが1点を先制!


(これが雨の野球や……)


一死一・三塁。なお続くチャンスに、打席は二番・村瀬。


スターズの守備陣は、まずスクイズを警戒し、内野を前進させる。

谷元もまた、インローにシュートを構え、スクイズ封じに出る。


初球、空振り。

第2球、アウトローの変化球をファウル。

さらに第3球、外角低めのフォークを粘り、バットの先でファウル。


カウントはツーストライク。


(さすがにもう、スクイズはない……)


谷元はそう判断した。

ぬかるんだグラウンドでは、バントの判断も難しい。スクイズ失敗は失点に直結するリスク。

ましてやツーストライク――ベンチでも、通常なら解除する場面だ。


だが、村瀬は理解していた。

このカウントで、なおスクイズが出るなら、それは乃村の“覚悟”だ――と。


そして――


その“常識”を、乃村は逆手に取った。


第4球、谷元はバントケアの少ない外角スライダーを選択。

だが、村瀬は迷わずバットを出した。スクイズだ。


打球は転がった。小雨に濡れたマウンド前、バウンドが鈍くなる。

飛び出す谷元。しかし、ぬかるんだ足元に一瞬バランスを崩し、スタートが遅れる。


三塁ランナー・壷井が泥を跳ね上げながら突入――


「セーフ!」


審判のコールに、スターズのベンチが凍りついた。


スクイズ成功。

しかも、ツーストライクからの敢行。

そして、雨による守備のわずかな狂い。


(わかっていた……なのに、外してしまった)


谷元は、自分の“経験”に裏をかかれた現実を噛み締めていた。


「読まれていても、決められるかどうか。それが野球や」


乃村の頭脳が、谷元の先を行った。


しかし、スターズも黙っていない。七回表、主砲・町田修一がセンターオーバーのタイムリーで1点を返す。


なおも一死二塁のピンチ。次打者の鋭いゴロが三遊間を襲うが、今丘が逆シングルで滑り込み、すかさず二塁へ送球。

村瀬がキャッチして一塁へ。完璧な5-4-3のダブルプレーで切り抜ける。


八回、九回は“JFK”の継投。ジャンセンが八回を締め、小久保が九回を三者凡退。雨中の接戦を制し、ジャガーズは開幕七連勝を飾った。


試合後、谷元が一言だけ、報道陣に漏らした。


「乃村さんは……“裏の裏”を読んでくる」


勝負師たちの静かな読み合い。

その先にあったのは、雨すら味方につけた、乃村監督の完璧な一手だった。

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