開幕戦・ジャガーズの野球
甲子園の空に、球春が戻ってきた。
詰めかけた5万人の観客が見つめるのは、――関西ジャガーズ。
ベンチ前。乃村克也監督がゆっくりとグラウンドを見渡す。
背筋を伸ばし、胸に手を当て、静かに言葉を口にする。
「大きいの打って目立とうとか、
派手なホームラン打ってやろうとか、
そんなん狙わんでええ。
ひとつずつ拾って、ひとつずつ前へ進め。
守って、走って、勝ち切る。
それが、わしら”ジャガーズの野球”や。
今日から、始めるで」
まるで自らに言い聞かせるように、しかしその声は選手一人ひとりの胸に届いていた。
歴戦の名将の瞳には、過去の名勝負と重なるように、今日という舞台が映っていた。
開幕カードの相手は、青山スワンズ。
ベンチには乃村克也の後、青山スワンズの監督に就任した若林勉。
その采配の要には、球界随一の名捕手・古舘淳也と、剛腕エース・石居一久が構える。
初回、先発・矢吹恵一は、静かにマウンドに立った。
青山スワンズの先頭打者が打席に入り、甲子園が静まり返る。
いきなりフルカウントとなるも、最後は外角直球で見逃し三振。
矢吹の立ち上がりに、5万人の拍手が沸き上がった。
そしてその裏、ジャガーズの攻撃――
先頭・紅星憲弘が、甘く入った初球を捉えた。
「打ったァーッ!! これは伸びる! ライト、見送ったァーッ! 入ったァーーー!!」
甲子園に、開幕戦の口火を切る一発が突き刺さった。紅星が迷いなくダイヤモンドを駆け抜ける。開幕戦、その一打がまるで旗印のようだった。
「最初に動いたのは、ジャガーズだ!」
1番打者の一撃に沸く甲子園。
続く2番・村瀬浩が内野ゴロの間に出塁すると、次の瞬間には二塁を陥れる。
そして、3番・檜山が放ったライト前ヒットで一気にホームイン。
序盤から「動く野球」が炸裂する。
先発の矢吹恵一は、青山打線に粘られながらも要所を締める。
2回、4番エルナンデスに二塁打を打たれるも、続く古舘へアウトローの直球で空振り三振を奪うと、その後の2人も連続三振に切って抑え、観客からの声援が飛ぶ。
「矢吹、ええぞ!!」
「これが、関西ジャガーズのエースや!」
バックを支える守備陣の鉄壁ぶりも際立っていた。ショート・酉谷とサード・今丘の三遊間、そして酉谷と村瀬の二遊間の連携は、何度もピンチを切り抜ける大きな要因に。
特に酉谷は三度の好守でチームを救い、ファンから大きな拍手を浴びる。
中盤、1点を返され、2-1の緊迫した展開。
そこで見せ場となったのが、守備のもうひとつの柱――外野陣だった。
6回表、スワンズの主砲・エルナンデスの放った大飛球がセンターとレフトの間を襲う。
紅星と新城が一直線に飛び込む。
交錯寸前、紅星がグラブを伸ばして捕球。
甲子園に地鳴りのような歓声が響いた。
「守れる者だけが、勝利の鍵を握るんや」
乃村がベンチで呟いた言葉が、まさに体現されていた。
8回からは継投策。
7回まで投げ抜いた矢吹に代わり、“JFK”のうち、富士川、小久保が継投で締めにかかる。
8回、富士川が稲田・エルナンデス・古舘の中軸に対し、150キロ台後半のストレートで圧倒。古舘をフォークで空振り三振に仕留めると、マウンド上で静かにガッツポーズを取った。
そして9回。マウンドには小久保友之。
ツーアウト一塁三塁。最後の打者・高橋を迎える。カウント1-2からの5球目。小久保の内角低めストレートが、バットの芯を外す。打球はピッチャー正面――小久保が自ら一塁へトスして、試合終了!
スコアは2-1。
薄氷の勝利ながら、関西ジャガーズが見せたのは、まさしく「動く野球」の真骨頂だった。
試合後、ベンチ裏で乃村は選手たちを静かに見回した。
「これが、わしら”ジャガーズの野球”や。
今日だけやない。
これを、ずっと続けるんや。
ほんまに勝ち続けたいんやったらな」
選手たちは誰も言葉を返さない。ただ、確かなものがそこにはあった。
動く野球。それはただの作戦ではない。乃村ジャガーズの”信念”そのものであった。




