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開幕前夜

開幕を翌日に控えた夜。

室内練習場の静寂の中で、村瀬浩は一心に素振りを繰り返していた。


「そんなに力まんでも、明日は来るで」


不意に背後から声がした。振り返ると、打撃手袋を片手に、新城剛志が立っていた。


「……ちょっと落ち着かんくて」


バットを握る手を見て、新城は少しだけ微笑んだ。


「まぁ、それでもええけどな。楽しみにしとるってことやからな」


新城の言葉に、村瀬の表情がわずかに緩んだ。


関西ジャガーズの中心選手、新城剛志。

入団から守備の名手としてゴールデングラブを獲得し続け、勝負どころでの一打でも幾度となくチームを救ってきた。ジャガーズの「顔」とも言える存在だ。


だが、その内面は決して平坦なものではなかった。


「実はな、ちょっと前まで、メジャー行こうと思ってたんや」


突然の告白に、村瀬は驚いた表情を見せた。


「え……」


「せや。FA権取ったらすぐ出ようと思ってた。前まではずっと最下位争いやってたやろ?勝っても負けてもファンの反応は鈍いし、チームの未来も見えへんかった。正直、楽しい思える瞬間が減ってたんや」


新城は、静かにバットを握った。


「でもな──お前が入ってきてから、空気が少しずつ変わっていったんや」


村瀬は一瞬、言葉を失った。


「キャンプでも、練習でも、ベテランや主力にずっとついて回ってたな。あれ、誰よりもオレにひっついて来とったやろ?」


「……あの時、新城さん、憧れやったんで」


「“やった”って過去形にすんなや。今もやろ?」


新城が笑いながら言うと、村瀬もつられて小さく笑った。


「正直、オレも驚いたんや。新人が、あそこまで必死で喰らいついてくるのは初めてやった。けど、その時思ったんや『このチーム、まだ何かできるかもしれん』ってな」


そして昨年、村瀬をはじめとした若手が一気に台頭し、チームは長らく低迷していたリーグ戦でAクラスに浮上した。

その光景を見た時、新城の中で、長年くすぶっていた迷いが晴れたのだという。


「日本一になってから、メジャーに挑戦する。それがオレの新しい夢になったんや」


真っすぐな目で、そう語った。


村瀬の胸に、熱いものがこみ上げた。

自分が、新城の背中を押す存在になっていた――それがたまらなく嬉しかった。


「……絶対、日本一になりましょう。このチームで、新城さんと一緒に」


言葉に、迷いはなかった。新しいチーム、新しい時代が、今まさに始まろうとしている。


翌朝、球場のグラウンドに朝日が差し込む。

静かだったベンチに、次々と選手たちが集まり始める。声を掛け合い、バットを振り、ボールを投げる。そのすべてに、明確な“意志”が宿っていた。


開幕前夜に交わされた、言葉と覚悟。

それは確かに、関西ジャガーズというチームに、新たな灯を灯していた。

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