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3年目ー春キャンプー

2月、沖縄。

陽射しはまだやわらかいが、グラウンドに響くスパイクの音と捕球音は、すでに火花を散らしていた。


「今年こそ、日本一になる」

キャップを深くかぶり直しながら、村瀬浩は静かに言葉を漏らす。


プロ3年目の春。

昨シーズン、村瀬は開幕スタメンこそ逃したものの、5月以降はスタメンに定着。壷井、檜山、そして比呂澤にも何度も頭を下げて、打撃について一から学び直した。泥くさく、自分を磨き上げたシーズンだった。


昨シーズンの最終戦、かつては手も足も出なかった現役最強投手・大魔人・笹木主浩から、値千金の一発を放った。

その一振りで、ようやく“プロの世界で食らいついていける”という手応えを掴んだ。


……だが、それでもまだ足りない。

プロ野球全体で見れば、一流とは言えない。

チームもAクラスには入ったが、日本一には遠かった。

自分にも、チームにも、“もっと上”がある。


「今年は、本気で獲りに行く。個人としても、チームとしても、もっと高い場所へ」

心の中でそう誓う村瀬の表情には、決意がにじんでいた。


今季、チームには大きな追い風がある。

何より――新城剛志が残留を選んだことだ。


球団の象徴ともいえる男が、FA権を行使せずチームにとどまった。

メジャー移籍が確実とまで言われていた中での決断。

あの背中が、もう一年、同じユニフォームで闘ってくれるという事実は、若手選手にとって大きな支えとなる。


「日本一になる。その覚悟を持って、全員がこのキャンプに来ているはずや」

村瀬がそう感じたように、今年のキャンプは、例年とは明らかに空気が違っていた。


まず目を引いたのは、新戦力たちだった。


紅星憲弘――社会人野球界きってのスピードスター。

一塁到達3.74秒、バントなら3.50秒という驚異的な脚力。スタートの鋭さ、スライディングの姿勢、外野での守備範囲。すべてが、プロのベテランたちですら目を丸くするほどの完成度を誇っていた。


「バケモンだな、あいつ……」

隣でキャッチボールをしていた壷井が、半ば呆れ顔でつぶやく。


投手陣にも、新たな風が吹いていた。


濃見篤史――左のスリークォーター。

静かに構え、淡々と投げる姿は、まるでベテラン投手のようだった。

最速151キロのストレートに加え、140キロ台のフォーシームと多彩な変化球。特にフォークの精度は圧巻で、捕手の矢乃輝弘は、ボールを受けるたびに唸っていた。


「一年目とは思えん落ち着きやな。こりゃローテ入るで」

村瀬がそう漏らすのも無理はない完成度だった。


そしてもう一人、異国のブルペンから放たれる異様な音が注目を集める。


ジェイムス・ジャンセン――通称JJ。元メジャー右腕。

鋭いスライダーと、最速156km/hのサイドスロー。

捕手のミットが爆発するような音を立て、ブルペンの空気を一変させた。

その様子を見つめていた乃村監督が、静かに頷く。


キャンプ5日目、全体ミーティング。

乃村の言葉が、選手たちに火をつけた。


「今年のジャガーズは変わる。いいか、お前ら。俺たちは“打ち勝つ野球”なんて目指さん。タイタンズの真似はしない。大砲ばかり並べた重量打線じゃない。ウチが目指すのは、“機動力と守備”で圧倒する野球や」


「足で揺さぶれ。守備で封じろ。お前たちの総力を、ひとつの武器に変えて、日本一になる」


それは、ジャガーズ改革の宣言だった。


新城の残留、若手の成長、そして新戦力の台頭。

すべてが噛み合えば、頂点が見える――誰もがそう感じていた。


村瀬はグラブをはめ直しながら、紅星のダッシュを目で追った。

その背中が、未来を切り拓いていくように見えた。


「負けてられんな……俺も、やったるぞ」


春は、始まったばかりだ。

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