7月ー引き出しを増やせー
七夕を過ぎたある日、関西ジャガーズの選手たちは、重たい夏の湿気と共に汗を流していた。
6月終盤から続く連戦の中で、今、チームは確実に「変わりつつある」手応えを掴みかけていた。
2年目の富士川球児は、連日のように150キロを超えるストレートで打者を押し込めば、同じく2年目の小久保友之は、セットアッパーとして連投にも動じずマウンドを支え続けていた。
3年目、左の本格派・飯川慶もまた、鋭く曲がるスライダーを自在に操り、エース・矢吹の次を任せられる投手として台頭し始めていた。
「若いのがどんどん出てくるな」
そう呟いたのは、遊撃手・今丘だった。
村瀬より6歳年上のチームの柱。
その横で、もう一人の主力・檜山がキャッチボールの手を止める。
「いいことやん。やっぱ下が突き上げんと、上も弛むしな」
──村瀬浩はその“突き上げる側”の真っただ中にいた。
すでに打順は2番で固定。
セカンドの守備も安定し、走塁意識やバント技術も評価されていた。
それでも彼の目線は、すでに「その先」へと向いていた。
「俺は、まだ足りてへん。もっと、打てるようにならなあかん」
───
打撃ケージ裏で、檜山に頭を下げた。
「お願いがあります。打撃、教えてもらえませんか?」
驚いたように眉を上げた檜山は、少し間を置いて笑った。
「ええよ。でも俺、パワーで打つタイプやで?」
「だからです。僕に無いものやからこそ、知りたいんです」
檜山の理論はシンプルだった。
“芯を外されないこと”と、“間の取り方”。
そして“ポイントで仕留める”意識を絶やさないこと。
その後、村瀬は比呂澤克実の打撃にも食らいつく。
かつて打点王に輝いたベテランの打撃理論は、まるで設計図のように緻密だった。
「相手が投げたい球を先に読む。それができたら、あとは選ぶだけだ」
「長距離打者こそ“カウント”を打つんだよ?」
“打撃”という一つのジャンルの中にも、無数の「考え方」があることを、村瀬はこの時初めて実感した。
「打つ」という動作の奥に潜む“思考”を知れば知るほど、村瀬はプレーに「選択肢」を持つようになっていった。
───
オールスター休みの夜、テレビに映し出されたのは、新城の姿だった。
1年目から1軍に定着し、いまやセ・リーグを代表する一人として注目される存在。
堂々とスター選手たちと並び、打席に立つ新城。
彼の名前がコールされたとき、球場からわき上がる歓声が、画面越しに村瀬の胸を震わせた。
「新城さん、すげぇな……」
ポツリと呟いたその直後、自分の中で火が灯る。
「来年こそは、俺も、あの場所に立つ」
派手なガッツポーズも、目立つプレースタイルもない。
けれど、村瀬の野球には今、確かな「深み」が生まれ始めていた。
若手の勢いと、ベテランの知見。
両方を飲み込んで前に進む2年目の夏が、こうして静かに熱を帯びていく。




