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3月 ー静かなる火花ー

3月初旬。沖縄のキャンプ地では、春の陽気の中で実戦形式の練習が続いていた。

村瀬浩は、2月のリハビリと調整期間を経て、ついに一軍へと復帰を果たしていた。


「浩、戻ってきたか」


笑顔で声をかけてくれたのは輪田豊。

正二塁手の座を張るベテランだ。人懐こい笑みを浮かべながら、ふと真顔に戻ると、ぽつりと呟いた。


「……譲る気は、ないで?」


その言葉は優しさと鋭さを内包していた。闘志を静かに燃やしながら、後輩を潰さずとも挑戦を許す。輪田はそういう男だった。


村瀬は笑って頷いた。


「もちろんです。俺も、譲ってもらうんじゃなくて、奪い取るつもりですから」


プロの世界。

実力のある者だけが、試合に立てる。

年齢も、上下関係も、関係ない。


オープン戦が始まった。


打撃では、冬の間に積み上げた成果が現れていた。初戦でいきなりレフト前ヒット、続く試合でも盗塁を決め、鋭い打球で外野の間を割った。


「村瀬、今のスイングだいぶ良いんじゃない?」


ベンチで比呂澤克実が言った。


この春からチームに加わった、元・武蔵タイタンズの4番打者。

打点王のタイトルをとった豪打の持ち主だが、昨季はプレッシャーから不振にあえぎ、ついに放出された。


村瀬は、そんな彼の一球ごとの観察力、間合いの取り方、打席での「余裕」に惹かれ、積極的に話しかけていた。


「比呂澤さん、武蔵にいたとき、あのプレッシャーって、どうやって乗り越えてたんですか?」


比呂澤はタオルで顔を拭きながら、ふっと遠くを見つめた。


「乗り越えたっていうより……飲み込まれてたな。俺は強くなりたかったんだ。でもな、強く見せようとして、本当の自分が見えないようになってた」


村瀬は、思わず息をのんだ。その言葉は、自分の2月の姿と重なっていた。気合が空回りし、張り切りすぎて体調を崩したあの数日間。


「本当に強い打者ってな、“打てる”って思う前に、“見えてる”んだよ。そういう状態にもってくには、自分の調子を受け入れることだ。なにができるか、冷静に見つめて、それを試合で出すだけだな」


「……はい」


比呂澤は村瀬の肩を軽く叩くと、ニヤリと笑った。


「ま、言うほど簡単じゃないけどな」




チーム内にも変化が訪れていた。

村瀬と同期の右腕、富士川球児がその豪速球で一軍に定着。ファイヤーボールと称される浮き上がるストレートが、相手打者のバットを次々と空振りさせていた。

さらに同じく同期の小久保友之も157km/hをマークし、富士川とともに一軍に昇格してきた。


「おい村瀬、見とけよ。俺らの代で時代、変えたるんやからな!」


富士川の熱い言葉に、村瀬は笑って返す。


「おう、俺もポジション奪取するから、マウンドでもたつくなよ」


そんな同期の活躍に刺激を受け、昨年は伸び悩んでいた1年先輩・飯川慶も本格的に覚醒しはじめていた。151km/hのストレートに、ストンと落ちるチェンジアップ。

この春以降は矢吹恵一に次ぐ2番手として、堂々たる存在感を見せるようになる。



若手が競い合うだけではなく、先輩たちも負けじと意地を見せる。チーム内に漂う緊張感は、昨年とはまるで違っていた。


数日後の紅白戦。


スタメンセカンドは輪田。

村瀬は途中出場だった。


8回裏、相手が放ったセンター前に抜けそうな打球を、輪田は滑るように横っ飛びで抑え、一塁ベースへジャンピングスロー。

打者走者のスピードとタイミングがほぼ同時、だが判定はアウト。


「うっわ……輪田さん、エグい……」


村瀬は、そのプレーを見ていた。

打撃と走塁では村瀬に分があるかもしれない。だが、この“守備で勝負を決める力”は、輪田にしか出せないものだった。


そして村瀬は思った。


──まだ、届いてない。けど、背中は見えてる。


プロの勝負は、僅差の積み重ねで決まる。

その日以来、村瀬は守備練習の合間に、輪田に質問をぶつけるようになった。


「この時って、どのタイミングで飛び込むんですか?」


「足元と打球の回転を見とけば、読めるもんや。最初は外れるけど、何回も見たらわかってくるで」


輪田は、飾らない言葉で答えてくれる。


ライバルだけど、仲間。そういう関係が、静かに築かれていった。


3月の空は、少しずつ冬の名残を手放し、柔らかな春の色へと変わっていく。


村瀬浩はその空の下で、技術と心を整えながら、確かに「プロ2年目の春」を前へと進んでいた。

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