2年目ー2月春季キャンプー
南国の温かな陽射しが、照り返すグラウンドを包み込んでいた。
プロ2年目の春、村瀬浩は今年、一軍キャンプスタートというチャンスをつかんでいた。
「村瀬、ええ動きしてるな!」
ノックを受けるたびに飛ぶ汗が、自信に裏打ちされた動きを証明していた。
体は昨年より一回り大きくなり、冬場のフィジカル強化の成果もあって、本人も手応えを感じていた。
――が、それが裏目に出た。
「浩、どうした? ちょっと動きが鈍いぞ」
ノックバットを握っていたコーチの声が、鋭くも冷静に響く。
村瀬は「大丈夫です」と答えながら、張る太腿にそっと手をやった。違和感。それは間違いなく、全力を出し過ぎた結果だった。
「浩、今日はここまでや。無理すんな」
コーチの判断は早かった。張り切る気持ちが先走り、体の声を聞く余裕がなかった。
その日の夜、ミーティングルームで乃村監督に呼び出された。
「浩、お前な、まだプロ2年目や。やる気があるのはええことやけど、空回りしてどうすんねん」
冷静に、しかし明確な語調で伝えられた言葉は、グラウンドでのミスよりも村瀬の胸を強く刺した。
そして、監督は静かに続けた。
「明日から、二軍キャンプで調整しなおしてこい。焦るな」
──一軍からの降格。自分の準備が足りなかったことへの悔しさが、胸に沈殿した。
翌朝、村瀬は荷物をまとめ、少し離れた二軍キャンプ地に向かった。
どこかうつむき加減な足取り。そんな彼を出迎えたのは、二軍監督の丘田だった。
「おう、浩。体調崩したらしいな。無理せんとけよ」
丘田の声は温かかった。だがその後に続いた言葉は、予想外のものだった。
「それと、お前には任務がある。あのルーキーの酉谷、見てやってくれ。まだガキで、何もわかっとらん。お前がちょっと面倒見たってくれ」
「酉谷……」
どこかで聞いた名前だった。村瀬は思い出す。未来で「球団史上、屈指の遊撃手」として語り継がれる男──酉谷 敬。
巧みなバットコントロール、出塁能力、そして堅実な守備。走攻守揃ったユーティリティプレイヤーとして、新城にも匹敵する球団の顔となる男。
まだその原石が、今はここにいる。
「おはようございます、村瀬さん!」
はつらつとした声。精悍な顔立ちに、まだ線の細さが残る若者が、泥だらけのユニフォーム姿で頭を下げる。これが、酉谷 敬だった。
「うん、おはよう。…酉谷、やったな?」
「はいっ!」
キラキラした目。野球が大好きでたまらないという気持ちが、全身からにじみ出ている。だが、その動きには粗さも目立ち、技術もまだまだ未熟だった。
村瀬は思う。
──去年の俺も、こんな感じやったんかな。
かつて自分が、新城や輪田に教わったように。今度は自分が「教える側」として、未来の主力を育てていく番だ。
「なぁ酉谷、ショート守る時、バウンドに入るタイミング、もうちょい早めた方がええで」
「え、そうなんですか?」
「バウンド合わせへんと、プロの打球は取れへん。…俺も昔、輪田さんに言われたんや」
「なるほど…!わかりました、やってみます!」
汗をかきながら、一生懸命に頷く姿。村瀬の胸に、少しずつある想いが芽生えていく。
──今の自分にできることは何か。それは、“教えることで自分も育つ”ということなのかもしれない。
焦らず、一歩ずつ。そうして成長を重ねていくことが、今の自分に求められている役割なのだと、村瀬は気づき始めていた。
春の空は、どこまでも青かった。




