約束の海 【プロ野球ルーキー編・完結】
1月、ハワイ・オアフ島。
湿った風と波音の中に、バットの乾いた音が響いていた。
海のそばにある小さなグラウンド。観光地の喧騒からは離れた、砂と芝が入り混じる空間。
村瀬浩は、砂浜を走り、スイングを繰り返していた。
自主トレ初日から、想像以上の負荷だった。
毎朝5時にビーチラン、戻ってからのウェイト、午後は打撃フォームの修正に丸一日。
夜は新城のノートを写しながら、フォーム解析の勉強。
(キツい……けど、何かが変わる気がする)
全身を焼くような陽射しの中、新城はどこか楽しげに笑っていた。
「野球しか考えへん毎日って、ええやろ?」
倒れ込むたび、隣で平然と構える新城の姿が目に入る。
笑ってるくせに、毎日、誰よりも自分に厳しい。
その背中に喰らいつきたくて、この地に来た。
夕方、練習後のグラウンド脇。
芝に寝転びながら、ふたりは並んで空を見上げていた。
新城がふと、ぽつりとつぶやいた。
「……来年、日本でやってるかは分からんけどな」
村瀬は、思わず顔を向けた。
「えっ?」
「ま、いろいろあるやろ。オレの年齢的にも、タイミング的にもな」
あっけらかんとした口調だった。
だが、どこか空を見たままの視線が、心の底を映しているようで。
「メジャーですか?」
「かもな。かも、や」
少し笑ったその声には、決めきれない迷いがにじんでいた。
村瀬は一瞬黙ってから、言葉を選んで返した。
「……一緒に勝ちたいです」
新城が振り返る。少し目を細めて、こちらを見る。
「お前、口説いてんのか?」
「マジです」
「ははっ、言うようになったな」
風が吹いた。少しだけ、潮の匂いが強くなった気がした。
「考えとくわ」
そう言って、新城はふたたび空を見た。
今度は、ほんの少しだけ目を閉じていた。
その背中を、村瀬は静かに見つめた。
(来年、この人と日本一の景色が見たい)
年が明ければ、また戦いが始まる。
けれどこの日、この場所で交わした約束は、
村瀬の胸に、しっかりと刻まれていた。




