試される9月
9月中旬。
センター・リーグの優勝争いは、すでに終焉を迎えつつあった。
中部ハリケーンズが独走態勢を築き、優勝決定まで秒読みの状態。
一方、関西ジャガーズは最下位争いに沈み、浮上の目もほとんど潰えていた。
そんな中、追い打ちをかけるように、正二塁手・輪田が足を軽く痛め、出場を見合わせることとなった。
深刻な故障ではないが、無理をさせて翌年に響かせるわけにはいかない。
残り試合も10を切ったこの時期、乃村監督は静かに決断を下した。
──育てるシーズンに切り替える。
試合前、甲子園球場の監督室。
薄く照らされた室内。壁にはホワイトボード、机の上には数枚の打順表。
その一角に、村瀬浩は緊張した面持ちで立っていた。
「村瀬」
乃村の低く、しかし澱みのない声が響いた。
「輪田がしばらく試合に出られん。で、残りのシーズン、お前をセカンドのスタメンで使う」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
だが次の瞬間、心の奥から熱がこみ上げてきた。
(マジか……!)
これは、ただの代役ではない。
この時期に、シーズン残りすべてでスタメンを任されるというのは、すなわち――本気で試されるということだ。
「今までの成長は、正直、想定以上や。春先には正直、一軍でここまで戦えるとは思ってなかった。けど、お前はそれをひっくり返した」
乃村は真っ直ぐに村瀬を見据える。
「気負いすぎるな。怪我するな。チャレンジしないのは論外やが、空回りしてチームの足引っ張ったら、即交代や。
だがな――完璧なんて求めてへん。全力以上を出す努力をせえ。
その姿勢が見える限り、俺は使い続ける」
言葉のひとつひとつが、胸に刺さる。
厳しさの中に、信頼がある。
プロとして、ひとつ上のステージに踏み出せという、明確なメッセージだった。
「チームとしても、お前をただの若手やとか輪田の代役やとかで、見てるわけじゃない。
いまのジャガーズに必要なピースとして、戦力として起用する。
だからこそ、遠慮せずにやれ。でかいのを狙ってもええ。凡退してもええ。
……でもな、怪我だけは絶対すんな。それだけは、許さん」
乃村は最後に、静かに付け加えた。
「試合は今日からや。構えとけ」
部屋を出た村瀬は、誰にも言わず、ベンチ裏の壁に右拳を軽く打ちつけた。
感情があふれそうになるのを、ギリギリで堪える。
(よし……燃えてきた)
一軍ベンチに座る背番号「22」。
隣の席にはベテランの輪田が座っている。サポーターを巻いた足を投げ出しながら、笑みを浮かべていた。
「しっかりやれよ。レギュラーってのはな、“出続けること”でしか獲れへんからな」
村瀬は小さくうなずき、グラブをはめ直した。
外野から流れ込む甲子園の風が、ほんの少しだけ、背中を押してくれている気がした。




