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小さなズレ、大きな違い

5月、福岡のファーム球場。夏の気配をまとい始めた陽光の下で、村瀬浩はまたひとつ、試合の終わりを見届けていた。


この日も3打数1安打。内容としては悪くなかった。二打席目には、インハイのストレートを左中間へ運び、俊足を活かして二塁まで到達した。


それでも、どこか「惜しい」。

完璧に捉えたはずの打球がフェンス直前で失速する。

変化球を狙い通りに捉えたのに、逆風で伸び切らない。


ベンチに戻りながら、浩はぼそっとつぶやく。


「……なんか、ちょっとズレとるんよな」


タイミングも良い。

スイングも鋭い。

でも、まだ“何か”が足りない。


試合後のミーティングを終えると、寮に戻る前に球場の室内練習場へ立ち寄った。そこには誰もいない。バットを片手にティースタンドの前に立ち、フォームを再確認する。


「もう一段、押し込めるはずや」


小柄な身体では、ただ速く振るだけではパワーにならない。バットの“面”を長く、正確にボールと重ねていくこと。ヘッドの入射角と下半身の使い方。その微妙なバランスこそが、今の自分には決定的に重要だった。


ノートを取り出す。

ページの端にかつて書いた、未来のメジャーで小柄な身体でMVPとなった名選手のフォーム分析があった。


──「始動は早く、小さく。ステップは小さくても、捻転差でパワーを生む」

──「インパクト時の骨盤の開きが、ヘッドの走りを生む」

──「打点は前でも、頭は残す。上下の分離がスピード差を最大化」


(せや……ヘッドの“走らせ方”や)


思い出すのは、春先のある打席。

打った瞬間、詰まり気味だったはずの打球が、妙に伸びてライトの頭を越えた。


“押し込み”じゃない。

あれは“走らせた”打球だった。


翌日の練習。

浩は構えを微調整した。トップの位置をわずかに高く、バットの角度を立て気味に保つことで、ヘッドの出を自然に早める。


「浩、お前……その構え、ちょっと変えたか?」


丘田監督が首をかしげた。


「はい。ちょっと試してみたくて」


「ふぅん。スイングスピードは変わらんが、バットの抜けがええな」


その言葉が、確かな後押しになった。


6月上旬。

イースタン・リーグ、対中部戦。


カウント2-1、相手はカーブでストライクを取りにくる傾向が強い投手。浩はあえてそのカーブを狙い撃った。


フォームは変えず、タイミングの“余白”を持たせて待つ。

重心は低く、ヘッドは走らせすぎず、だが一瞬の捻転でパチンと振り抜く。


「カシュッ!」


インパクトの瞬間、バットがボールを押し出すような感覚。

打球はセンター前へ一直線。ラインドライブで抜けたヒットだった。


(ヘッドの走りと、体幹の“ズレ”がハマった)


この日を境に、浩の打球は明らかに変わり始めた。


凡打でも芯に近い音が増えた。

フライでも、角度がつきすぎることなく、ライナー性のまま伸びていく。

長打の割合も、すこしずつではあるが増えてきた。


打率は2割5分台へ。

徐々に率も残せるようになっていく。


だが、村瀬の中には満足感はなかった。


(まだ“打ち損じ”が多すぎる)


たとえば、カウント1-2からの変化球。

あるいは、初球の甘いボールに対する反応。

一軍の舞台では、それらを“仕留め切る”技術が求められる。


未来の知識では──“角度”と“打点”が鍵になる。


浩は、またノートを開いた。


──「打点を前へ。面の角度を保ったまま、角度を“狙って”打つ」

──「バレルゾーンは、狙って入れる領域。偶然じゃない」


「次は……そこやな」


まだ道の途中。

けれど確かに、“プロの打者”としての輪郭が見え始めていた。

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