革命は、静かに始まる
誰よりも早くグラウンドに入り、誰よりも遅くまで残る。
一見“気まぐれにふらっと”現れたように見える新城剛志の一日には、実は秒単位で組まれたメニューがあった。
そのすべてを、俺はノートに記録していた。
起床時間から体幹トレ、加圧式のスプリントメニュー、変則インターバルのティー、そして球場裏のトンネルで黙々と行うシャドースイング──。
「お前、マネするだけで終わる気か?」
ある日の夕方、練習帰りのロッカールームで、新城が村瀬の肩をトンと叩いた。
「見られてるの知ってて、わざとズラしてるトレーニングもある。気づいてたか?」
「……はい」
「マネすんのは簡単や。でもな、オレの身体とお前の身体は違う。
今のお前がこのメニューそのままやったら、多分……壊れるぞ?」
村瀬は拳を握ったまま、こくりとうなずいた。
新城はロッカーのベンチに座り、野球スパイクを脱ぎながら言った。
「野球って、最終的には“自分に合った型”を自分で作るスポーツやねん。
“正解”は人の数だけある。その“正解の作り方”を、今のうちから練習せえ」
「考えろ、ってことですね」
「せや。人に言われて動くだけのやつは、壁にぶつかったとき、すぐ折れる。
お前、センスはある。
ただ、知識に甘えてる。
ここで色々と教えてもらったことで、
“自分は理解してる”って錯覚してるやろ」
図星だった。
村瀬浩が理解したつもりになっていたのは、
“誰かの正解”でしかなく、そこに至るプロセスは見えていなかった。
新城は、そんな村瀬の奥にある“甘え”を、すでに見抜いていた。
「ちゃんと“悩め”。そして“答えを作れ”。
オレが今やってるのは、10年前に“自分で試して考えて選んだ答え”や。
それを、毎年、毎年、変えてる。毎日、身体は変わるからな」
その言葉が、村瀬の胸に深く刺さった。
***
翌日から、村瀬はトレーニングノートに“気づきの欄”を設けた。
やった練習メニュー、結果、負荷だけではなく、「なぜこの練習なのか」「どこを鍛えているのか」──。
最初は矢木や輪田に「お、またメモしてるで」と茶化されたが、輪田はある日こう言った。
「浩。お前、ちゃんと見とるな。
ワシが二塁で食ってきた理由、わかるか?」
村瀬は首をかしげる。
「体力でも、肩でも、打撃でもない。“目”や。
打球の角度、スイングの起点、打者の癖……全部“見る目”でカバーしとる。
浩の“頭”にはそれがある。せやから丘田さんも、お前を二塁で使いたいんやろ」
それからの守備練習では、輪田がノックの合間に、細かな重心のかけ方や、打者ごとのスタートの切り方を丁寧に教えてくれた。
矢木もまた、バッティングケージで言った。
「代打の神様って言われとるけどな、オレが打席に入る前に何してるか知ってるか?」
「……配球を読む?」
「せや。けどな、それだけやと足らん。
もっとや。ピッチャーの肩の上がる高さ、セットのときの癖、インステップの角度……全部“数センチ単位”で見とる。
だから、1球で仕留められる」
村瀬は、その話を聞いてから、投手を見る“目の精度”が格段に上がった。
ただ未来を知っているだけじゃない、“今を感じる目”がようやく育ち始めていた。
***
新城、矢木、輪田──
一軍で生き残ってきた男たちは、どこか“共通の哲学”を持っていた。
──「正解を待たずに、自分で答えを出すこと」
そして、村瀬は少しずつ、その哲学の入り口に立ち始めていた。
丘田彰布が、キャンプ後のコーチ会議でこんな言葉を漏らしていた。
「村瀬浩。面白いわ。
“ただの有望なルーキー”やと思てたけど……ちょっと、違うかもしれん」
革命の種は、静かに芽を出し始めていた。




