考えること、それがプロだ
午後練習が終わり、村瀬はグラウンドの隅に設けられた簡易ブルペンにいた。
丘田監督の指示で、投手陣の球を実際に受けながら守備位置や打球の出方を体で覚えるための特訓が続いていた。
▽丘田彰布の指導:セカンドとは「状況を読む頭脳と、守備の胆力」
「浩、打球の勢いばっかり見とるな。打者のタイミングと、投げた球の回転見てみぃ」
丘田の声はいつも低く静かだが、芯がある。
「打球に追いつくんやない。打球を“予知”して動くんや。ピッチャーが投げる瞬間から、打球が飛ぶ方向は五分は決まっとる。あとはお前がそれを“見える”ようになるかや」
守備位置の取り方、足の出し方、球際の入り方。高校時代には感覚だけでこなしていたプレーが、プロではすべて理屈と再現性を求められる。
丘田は細部に異様なまでにこだわった。だがそれは、かつて自らがジャガーズで五番・セカンドを務め、日本一を勝ち取った男の“矜持”だった。
「自分の目で“見えるようになれ”。この先、何千本も守るんやぞ」
村瀬は黙って頷き、内心では“未来の知識”が霞んでいくのを感じていた。
▽スター選手・新城剛志の“孤高の努力”
その日の夕暮れ。村瀬が寮に戻る途中、ふと照明の落ちたグラウンドを通ると──外野のフェンス際に一人、黙々とシャトルランを続ける人影があった。
「……新城さん?」
暗がりの中でも分かる、俊敏な身のこなし。間違いなく、新城剛志だった。
(なんで、こんな時間に……?)
好奇心と尊敬が入り混じった思いで、その姿を目で追う。数分後、新城がトレーニングを切り上げ、汗を拭って戻ってくるところを、村瀬は思わず呼び止めた。
「新城さん、あの、どうして人目につかないところで……?」
新城は少し驚いたように村瀬を見たが、すぐに肩をすくめた。
「努力してる姿って、見せたらカッコ悪いやろ?」
そう言って笑う。冗談とも本音ともつかないその一言に、村瀬は何も返せなかった。
新城はペットボトルの水を一口飲んでから、ふと真顔になる。
「でもお前──入団してすぐ、偉いもんやな。矢木さんと輪田さんに食らいついて、丘田さんにも嫌がらずにどつかれて。普通ビビるで」
「……僕、高校で日本一になったけど、正直まだ“野球を知ってる”とは言えません。だから、見て学ばせてもらってます」
「見て学ぶのはええけどな、“考えて変える”とこまで行かんと意味ないぞ」
村瀬が顔を上げると、新城の目は真っ直ぐに彼を見ていた。
「トレーニングってな、“これが正解”なんてもんはないんや。コーチが言ったこと、先輩がやってること──それが“自分に合うか”どうか、疑って試して、捨てて、また作る。それの繰り返しや」
「考えることが……トレーニングの一部ってことですか?」
「当たり前や。何も考えんでやる練習なんか、時間のムダや。せやけど“考えるだけ”でも意味がない。だから“気づかれへん努力”が一番むずい」
静かな夜のグラウンドに、新城の声だけが響いた。
▽プロの本質とは──「未来に賭ける意志」
翌日から、村瀬は変わった。
矢木や輪田に見せる“付きまとい”は変わらないが、トレーニングの合間にはメモを取り、動きの理由を問い、フォームの変化に気づこうと必死になった。
丘田監督もそれを感じ取り、時折ぼそっとアドバイスを漏らす。
「お前な、そうやって“盗む”のがプロの入口や」
そして夜、村瀬は新城に付きまとう。ときに質問攻めにし、やんわりとあしらわれ、それでも諦めない。
「ええ根性やな」と新城は苦笑いしながらも、次第に自主練に付き合わせるようになっていった。
新城が伝えたのは“鍛える方法”ではなく、“鍛える姿勢”だった。
──思考し続けろ。鵜呑みにするな。自分の武器は自分で磨け。
それは、未来から来た村瀬にとってさえ、新しい世界だった。
その日の練習が終わる頃。
丘田彰布はスタッフルームで、新城剛志と短く言葉を交わした。
「浩、どうやった?」
「……面白い子ですよ。あいつ、多分“壁”にぶち当たって喜ぶタイプです」
丘田は小さく笑った。
「ほな、育てがいはあるわな」




