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答えのない場所

――2月・沖縄県具志川市


冷たい風がまだ残る南国の空の下。若手主体の関西ジャガーズ二軍キャンプは、熱気を孕んだ緊張感に包まれていた。


村瀬浩は、丘田彰布二軍監督の鋭いノックをひたすら浴びていた。


「腰! もう一歩前や、打球を追うんやない、呼び込めッ!」


金属音のように鋭く飛んでくる打球。必死に喰らいつくも、捕球が安定しない。


甲子園で日本一に立ったあの夏から、半年。プロの練習は想像の何倍も濃く、重く、速かった。


隣では、キャッチャーミットを外した小久保友之が、ブルペンでフォーム改造に取り組んでいた。

富士川球児はというと、リハビリを終えたばかりで投げ込みは制限中。

同期3人、誰一人として“完成”には程遠い。


丘田は、セカンドの守備だけでなく、打撃面にも容赦がなかった。


「打つときに“間”がない! プロの変化球は回転だけで見極められへんぞ。考えて打たんかい!」


トスバッティングの最中にも、丘田の叱咤が飛ぶ。


それでも、村瀬は食らいついた。未来の知識を頼りに、トレーニングの質は自信があった。だが、プロでは“強度”が桁違いだった。


疲労が溜まると、ちょっとした無理が怪我に直結する。質と量の両立――その難しさを痛感する日々だった。


そんな中、村瀬はキャンプで調整中のベテラン選手、矢木裕と輪田豊に目をつける。


「すみません、キャッチボール……混ぜてもらっていいですか?」


物おじしない姿勢に、最初は驚いた様子を見せた輪田だったが、しばらくすると苦笑交じりにうなずいた。


「ええで。こっちはもう、若いもんの刺激がないと腐ってまう」


輪田と矢木は、村瀬のまっすぐな姿勢に目を細め、自然と自主練に誘うようになっていった。


その様子を、丘田は鋭い眼で見ていた。


――こいつ、ええ嗅覚してるな。


ベテランの背中から何かを盗もうとする若者。それは、かつての自分にもあったものだった。


一軍キャンプでは、ジャガーズのスター選手・新城剛志が軽い太腿の張りでメニュー制限中だった。

乃村監督と相談した丘田は、新城を数日だけ二軍キャンプに合流させることを決める。


「ええ機会や。新城の影を、あいつに見せてやれ」


翌日。村瀬の前に現れたのは、真っ白なユニフォームに身を包んだ、新城剛志だった。


「おいおい、ベテランのおっちゃんにくっついてたら、今度は俺かよ?」


「はい。あの……背中、追わせてもらえませんか」


にやりと笑った新城は、最初は軽くあしらうように振る舞った。だが、村瀬が毎晩欠かさずグラウンドで素振りしている姿を見て、次第に表情を変える。


「……ほんまにやる気あるんやな。じゃあ、言っとくけど俺の練習、楽じゃないぞ」


新城の練習は、一見シンプルだった。バッティングマシンもない、道具も少ない。ただ、驚くほどの集中力と、考察があった。


「これはなんでやるんですか?」


「何でって……そら、考えてるからやろ。“前からそうしてた”とか“言われたから”で動く奴は伸びん。お前、考えてるか?」


言葉が胸に刺さる。


未来の知識に頼って、正解をトレースしていたつもりだった。だがそれは、“答えの丸写し”に過ぎなかったのかもしれない。


自分の身体で、感覚で、理解して磨くことの重要性。村瀬は、初めて“プロとしてのトレーニング”の意味を知った。


こうして、初めての春季キャンプで、村瀬浩は“未来の知識”だけに頼らない、“自分の野球”を模索し始めていた。

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