決意の晩餐
甲子園優勝から何日か経ったある晩。
リビングのテーブルを囲んで、両親と兄貴と、俺の四人で話をした。
「……で、ひろしはどうすんの? 大学、行くんやろ?」
母が言った。口調は柔らかかったが、内容はいつもの現実路線だ。
「プロ、行きたいって思てる」
そう答えると、一瞬だけ空気が止まった。
「……ほんまに、あんた、そないに簡単に考えてええことちゃうねんで」
「わかってる。そんなん、簡単ちゃうのもわかってる。でも……行きたいんや」
「アンタ、昔から野球ばっかやったけど、ちゃんと塾も行ってたし、勉強もできた。
せやからこそ、このまま大学行って――ちゃんと卒業してから考えたらええんちゃうん?」
「せやけど、おかん。今、行ける可能性あるんやったら、挑戦したいって思うねん」
「そやけど……プロになったからって、全員が活躍できるわけちゃうねんで!? ケガもあるし、運もあるし、な?」
そこで、黙ってた兄貴が急に口を挟んだ。
「ええやん別に、ひろしがやりたい言うてんねんから。行かせたったらええやん、プロ! 夢やで、夢!」
「たかしは黙っとき!!」
母の鋭い目が兄貴を射抜いた。
「はいはい」と言って、そそくさとコーヒーをすすって黙る兄貴。
俺はちょっと笑いそうになったけど、グッとこらえた。
母の言うことも、よくわかる。
現実ってのは、厳しい。
子どもの夢ばっかりを応援するのではなく、うまくいかなかった時のことを考えるのが、親の役割なんだろうな、と。
でも、俺にはわかってた。
両親とも、本音では――本当は、ちょっとだけ期待してくれている。
自分達の息子が、甲子園で優勝して、ヒーローになって、プロの世界に誘われて。
「うちの子、もしかしたら……」って。
黙って話を聞いていた父が、そこでようやく口を開いた。
「まぁ……どっちにしても、親が決めることちゃうやろ。ひろしが、ちゃんと考えて決めたんやったら――お前の人生や。ええようにせえ」
その言葉に、母はしばらく黙っていたが、最後には小さくため息をついて言った。
「……ほな、好きにし。
ただし、あんたが選んだ道やからな。何があっても、人のせいにはせんとき」
「……うん。わかってる」
そう答えながら、俺は思っていた。
――ほんま、ええ両親のもとに生まれたんやな、と。
前の人生では、親とそこまで真剣に向き合う機会もなかったように思う。
結婚もしなかったし、子どももいなかった。
就職してからは、年に1〜2回くらいしか実家にも帰らず、自分一人で気楽に生きていた。
でも今は――自分のことで真剣に悩んでくれる親がいる。
それが、ただただありがたかった。
「よっしゃ!決まりやな!ひろし、プロ行け!グローブに“夢”って書いとけ!」
兄貴の声に、また母の睨みが飛ぶ。
(ほんま、うるさい。けど、なんやろな――悪くないな、こういうのも。)
母の睨みに肩をすくめた兄貴を見ながら、俺はふと、グラスの水をひと口飲んだ。
あの日、自分の未来を口にしたとき。
家族の顔をひとつずつ見て、「俺はもう逃げへん」と心に決めた。
そして──
あれから三か月。
秋風が、東京のビル街をすり抜けていく。
その夜。
年に一度の“選別”が、静かに幕を開けようとしていた。




