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誰も譲らぬマウンドの上

【7回表】

スコアは1対1。

だが、目に見えない重心が、ゆっくりと上方第一のほうへ傾き始めていた。


「あの松永が……打たれた」

横浜学園のベンチが微かにざわつく。

“絶対”だった男に、ほんのわずかでも揺らぎが生まれたのは事実だった。


その気配を察したのか、先頭の6番打者は初球を無理に叩き、ライトフライ。

続く7番は清瀬の外スラに引っかけて空振り三振。

8番も、インローに沈むチェンジアップを見逃し、三者凡退。


清瀬のガッツポーズは、これまで見たことのないほど力強かった。

その背中を、俺たち内野陣は迷いなく追いかけていた。


【7回裏】

「よっしゃ、流れはこっちや! この回、一気に行くぞ!」

ベンチのリュウスケが声を張る。

ナオキが黙ってバットを強く握り直した。


だが――松永は、まだ底を見せていなかった。


むしろタイムリーを許したことで、スイッチが入ったようにすら見えた。

フォームは研ぎ澄まされ、投球はさらに加速する。


ナオキ、ユウマ、清瀬。

打球すら上がらない。三者連続三振。


「……ここで、強くなるんかよ……」

ベンチに戻るリュウスケの拳が、膝の上で震えていた。


俺はスコアボードを見上げる。

1対1。

たった1点が、どれほど遠いものかを思い知らされる試合だった。


【8回表】

清瀬の球数はすでに110球を超えていた。


それでも、1番・宮路をスライダーで空振り三振。

2番を詰まらせてセカンドゴロ。

この流れのままいけるかと思ったが――


3番・高瀬。初回にタイムリーを打たれた因縁の相手。


マウンドの清瀬が、目を細めて構えた。

「打たせへん」

その意志が、投げ込まれたインローに宿る。


高瀬のバットが走る。

快音。

打球はセンター前へ抜けるか――


俺は、走っていた。


全身を投げ出すようにスライディングキャッチ。

土と芝の匂い。

一拍遅れて、甲子園全体が揺れたような歓声が響く。


清瀬が小さく帽子のつばを押し下げた。


【8回裏】

「……流れ、絶対こっちやのに……」

ソウタがベンチで拳を握る。


だが、松永はここでもう一段ギアを上げてきた。


ストレートは157km。

まるでボールが小さく、速く見える。

まるで、時間そのものをねじ曲げてくるような投球だった。


こちらも三者凡退。

誰もが歯を食いしばった。

決して引かない。だが、押し返すには、まだ何かが足りなかった。


【9回表】

スコアは1対1。

この回を無失点で抑えれば、サヨナラのチャンスが生まれる。


清瀬がマウンドに立つ。

その姿に、もはや疲労は隠せない。

帽子のつばの奥で、汗が何本もの線を描いていた。


先頭打者に四球。

球場がざわつく。


ベンチからナオキが立ち上がる。

「切り替えろ、清瀬!」


清瀬はコクリと頷き、マウンドを踏みしめる。

次打者、内野ゴロ。二塁封殺、そして一塁へ――


ダブルプレー。


スタンドが一斉に立ち上がった。

だがまだ終わりじゃない。

最後の一人、8番打者。初球、ファウル。二球目、ストライク。追い込んだ。


三球目。

打たせて取った。ショートゴロ。


ソウタが捕り、一塁へ送球――


アウト!


清瀬が、吠えた。

最後の力を振り絞るように、マウンドで拳を突き上げる。


俺はその姿を見ながら、ベンチで立ち上がった。




――終わらせる。

この9回裏で。

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