最後の夏
甲子園。
土の匂いと、銀傘に反響する金属音。
スタンドの歓声が波のように打ち寄せる。
その中で、俺たちの初戦が始まった。
相手は北北海道の天塩工業。全力疾走とバントを武器に、ここまで勝ち上がってきたらしい。
初回、先頭のカイトが低めを叩いて出塁。いつも通り、塁に出た瞬間に表情が切り替わる。
水科が送って、1アウト二塁。俺の打順。
インコース高め。浮いた初球を逃さず振り抜く。
手応えは、十分すぎた。
白球はライナーで左中間スタンドへ。2点先制。
「ようやく、始まったな」
ベースを回りながら、心の奥でそう呟いた。
4番のリキヤが詰まりながらもライト前へ。
リュウスケも初球を捉えて、レフト線ギリギリのタイムリー。
打線がつながる。
守備では、清瀬が序盤から淡々とテンポよく投げ続けた。
球速はいつもより少し抑え気味。でも、その分、コーナーへの制球が冴えていた。
要所では水科がマウンドへ歩み寄り、表情ひとつ変えずに会話を交わしていた。
5回、二塁への鋭い打球を俺が横っ飛びで止めたとき、ソウタが小さくガッツポーズをくれた。
試合は7-2。終盤、ナオキがダメ押しのタイムリーを放ち、甲子園初戦突破。
試合後のロッカー。ユウマがタオルを被りながら呟いた。
「……すごいな、甲子園って」
その言葉に誰も返さなかった。誰もが、言葉より先に鼓動が鳴ってた。
2回戦。東東京の修栄学園。
巧打と継投で勝負するバランスのいいチーム。
初回は互いに無得点。
三回、先制したのは修栄学園。ツーベースからタイムリーを浴びて1点ビハインド。
だが、その裏。先頭のカイトがまたも右前へ。
水科が見事なバントで送ると、俺の打順が回ってきた。
初球、変化球。甘く落ちたその球をすくい上げる。
右中間、スタンド中段へ突き刺さる逆転2ラン。
ベンチに戻ると、リキヤがぽつりと口を開いた。
「……ずるいわ、村瀬。いつも打ちやがる」
その顔には、悔しさよりも嬉しそうな笑みがあった。
中盤、ユウマが三塁線への痛烈なゴロをダイビングキャッチで防ぐ。
ソウタが難しいバウンドをさばき、試合はしまった展開に。
八回。ダメ押しとなったのはリュウスケのバットだった。
インハイの直球を振り切って、左中間を破るツーベース。
試合はそのまま3-1。甲子園で2つ目の勝ち星。
試合後、スタンドを見上げると、薄く夕日が差し込んでいた。
歓声が遠くで続いていて、でも、妙に静かな気持ちだった。
勝った喜びより、まだ続いていることへの安心。
その裏側に、いつか終わりが来ることを全員がどこかで意識していた。
だからこそ、次に進む。
準々決勝――沖縄海洋高校。
最速160キロ。荒垣渚。
まだ見ぬ景色が、もうすぐそこまで来ていた。




