大阪予選・決勝
灼熱の太陽の下、満員のスタンドが揺れていた。
それでも、俺たちの胸の奥には、静かな緊張が張り詰めている。
相手は――大阪塔䕃。
そして、マウンドにはあの男。窪田 康友。
1年の秋、途中から登板した彼に完璧に封じられ、2年の近畿大会でも手も足も出なかった。
6種類の球種をクセなく操り、151kmのストレートさえもただの一球に過ぎない。
制球、球種、テンポ、メンタル――すべてが“完成されている”。
彼は、俺たちが3年間追い続けてきた“最後の壁”だ。
俺たちの先発は、エース・清瀬。
立ち上がり、2番にセンター前を許すも、3番・4番を力でねじ伏せた。
1回裏、俺たちの攻撃。
2番・水科がセンターへのライナーで出塁するも、
3番の俺はフルカウントからのカットボールに詰まり、サードゴロ。
――やはり甘くない。窪田は、やはり別格だった。
そこからは完全な投手戦。
清瀬が魂の投球で塔䕃打線をねじ伏せ、
窪田はまるで氷のように淡々と、俺たちのバットを封じていく。
5回裏、一死一塁。打席は水科。
インローのカットボールを強く引っ張り、三遊間を破る。
ランナーは一気に三塁へ。ここで試合が動くか――
……が、窪田はギアを変えた。
次打者をスライダーで空振り三振、さらに続く打者をフォークで仕留めて無失点。
点が取れない。
7回表、ツーアウトから塔䕃の4番に痛烈なセンターオーバー。
そして次打者の鋭いライナーが、セカンドの俺の右を襲う――
「……っしゃあああ!!」
体を目一杯伸ばし、ダイビングキャッチ。
そのまま一塁へ送球し、チェンジ!
スタンドが地鳴りのように沸いた。
俺たちは、守って、守って、そして――勝機を待つ。
そして、運命の9回裏。
0-0。先頭の俺に、打席が巡る。
マウンドの窪田は、8回を無失点で投げきったあとでも、涼しい顔。
だが――こっちも、ここが最後の勝負だと決めていた。
初球、カットボール。見逃し。ストライク。
二球目、外のチェンジアップ。ボール。
そして三球目――151kmのストレート。
少し高め。少し甘い。けれど、普通なら手が出ない“窪田の球”。
でも、迷いはなかった。
“カキーンッ!!”
高く、鋭く伸びた打球。ライトがフェンスに張りつく――
が、その足が止まる。
「入ったァァァァ!! サヨナラホームラン! 村瀬、劇的な一発!!」
球場が、爆発した。
俺は叫びながらダイヤモンドを一周した。
ベンチから飛び出した仲間たち。帽子を放り投げて走ってくる清瀬。
水科が泣きながら抱きついてきて、俺の背中を何度も叩いた。
スコアは――1-0。
最後の最後で、俺たちはすべてを超えた。
整列後、窪田と視線が合う。
お互い、帽子を取って静かに一礼。
握手も言葉もない。ただ、それで十分だった。
その後、窪田は一人、静かにうつむいた。
帽子を深く被り直していたが、肩が小刻みに揺れているのがわかる。
ベンチに戻った瞬間、崩れ落ちるように膝をついた。
最後の夏。
あと一歩で届かなかった甲子園。
その悔しさが、彼を突き動かしてきたすべてだったのだろう。
誰よりも強くて、誰よりも完成されていた男が、グラウンドで涙を流していた。
「……ありがとう、窪田」
お前がいたから、ここまで来られた。
これが、俺たちの答え。
これが、俺たちの野球。
そして――甲子園の舞台が、ついに俺たちを待っている。
すべてを超えた、その先で。
俺たちの最後の夏は、まだ続く。




