――覚醒の刻
センバツが終わった夜。
テレビでは、優勝を決めた横浜学園のエース・松永大輔が、インタビューに応じていた。
「全員で掴んだ優勝です。でも……ここは、まだ通過点です」
落ち着いた声音で語るその横顔に、誰もが感じただろう。
――この男は、近いうちにプロの世界を支配する。
俺は、画面をじっと見つめたまま、自分の胸に手を当てた。
(勝負したい。あいつと、正面から)
その思いに突き動かされるように、夜のグラウンドへと足を運んだ。
誰もいない球場。静寂の中、俺はバットを握った。
グリップが、汗を吸って指に馴染む。
振り抜いた瞬間、空を裂くような風音が鳴り響いた。
その軌道には一切のブレがない。身体のすべてが、理想通りに連動している。
(……今の俺なら、打てる気がする)
静かに、口角が上がった。
かつての俺は、身長166センチ。
体格のハンデを感じながらも、必死で喰らいついていた。
でも今は違う。
未来の記憶を持って戻ってきたこの“2回目の人生”で、栄養管理も、睡眠も、筋トレも、すべてを根本から見直した。
結果、身長は170センチに届き、体重は80キロ――
無駄な脂肪のない、鍛え上げた筋肉の鎧を身にまとった。
「小柄だから飛ばない」なんて理屈は、もう通用しない。
俺のバットには、今――“破壊力”が宿っている。
センバツでは3番打者として、チャンスで結果を残し、出塁と走塁、守備でも存在感を発揮した。
単に打つだけじゃない。
流れを変え、リズムを作り、勝負の流れを引き寄せる。
そんな“チームの中心”としての役割を、自分なりに全うできたと思っている。
だが、まだ足りない。
松永のような“規格外”の存在と渡り合うには――。
だから俺は、この春、ひとつの決意をした。
「もう、ヒットじゃ足りん。点を取れる打者になる」
目指すは、“ホームランを狙える3番打者”。
破壊力と突破力を兼ね備えた、新時代の中軸。
そのために、徹底的に下半身と体幹を鍛え直し、
股関節の開きと捻転差を研究し尽くし、打球速度とバレルゾーンの再現性を高めた。
バットスピードは140km/hを超え、打球の初速はメジャー平均に迫る。
手本にしたのは、未来でメジャーMVPを獲るホセ・ヘルナンデス。
――身長170に満たない彼が、世界の頂点に立ったように。
「このサイズで打ちまくったら、世界、ひっくり返せるやろ」
俺の視線の先は、もう“高校野球”の枠を超えていた。
6月。茨木白陵との練習試合。
相手エースは、プロ注目の149キロ右腕。
スタンドにはスカウトの姿も見える。
初回。俺は先頭打者としてバッターボックスに立った。
周囲がざわつく。
「あいつ……身体、デカくなってねぇか?」
「いや、オーラも別モンやろ。何があったんや……」
かつては細身のスピード型。
だが今は、明らかに別人。
鋼のような肉体に、堂々たる構え。
そして――初球。
インロー、149キロのストレート。
渾身の一振り。
打球は逆方向、ライトポール際へ――
「……入った!?」
「いや、マジで入ったって!」
逆方向のホームラン。
高校生離れした弾道と飛距離に、スカウトたちがどよめいた。
「身長170で、あれだけ打球飛ばすって……」
「これは……ドラフト候補筆頭やな」
この一打を皮切りに、試合の評価は一変した。
広角に打ち分けるバットコントロール。
盗塁で魅せる俊足。
守備ではダイビングキャッチ。
走攻守、すべてがトップレベルであることを証明してみせた。
試合後、ベンチで水科がポツリと言った。
「お前、プロの世界、もう見えてるやろ」
「……まあな」
俺は少し笑って、こう返した。
「でも、その前にや。夏のてっぺん、獲りに行くぞ」
このチームで、もう一度甲子園へ――
そして、あの松永に勝つために。
6月末。大阪大会組み合わせ抽選日。
ウェイトルームで汗を流し終えた俺は、バットを片手に再びグラウンドへと戻った。
仲間たちが振り返る。
「……なんやあいつ、マジで“別人”やんけ」
水科がニヤリと笑った。
「うちの“主人公”、もう誰にも止められへんぞ」
未来は、もう見えている。
ドラフト? プロ? メジャー?
――全部、掴みに行く。
俺の名を、世界中のスタジアムに刻む。
そしてまずは、この夏――
甲子園の主役になるのは、俺だ。




