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僕がもう一度、夢を見る理由

硬い布団。

起き上がり、伸びをすると届きそうな低い天井。――確かに覚えている。

兄との争奪戦に敗れ、下の段が己の寝床となった二段ベッド。

眠気が引いていくにつれて、クリーム色の壁紙や、二つ並んだ学習机が、はっきりと現実味を帯びてくる。


「……夢じゃねえのか、これ」


体を起こすと、窓の外にはカンカン照りの太陽。セミの鳴き声が頭に響く。

昭和の夏。

子供部屋には扇風機もなく、節約のためと8月までつけさせてもらえなかったエアコン。


鏡を見る。

映ったのは――小学2年生の俺だった。


ガリガリの体。前歯が抜けかけている。

だけど、目だけは確かに“今の俺”のままだ。


時間が戻った――そうとしか思えなかった。

「何がどうなってるんだ…」と呟いたとき、母の声がした。


「たかしー、ひろしー、ごはんできてるわよー!」


母の声は若かった。少し驚いたような気分になる。

もう何年も聞いていなかった声。それが目の前に、確かにある。


戸惑いながらも、食卓についた。

味噌汁と白米、焼き鮭に海苔。テレビから流れるのは、プロ野球のハイライト。


その瞬間――胸が震えた。


そうだ。これだった。

子供の頃の“唯一の楽しみ”。

学校も塾も退屈だった。でも、野球だけは、心を熱くさせてくれた。


もう一度やれるなら、

もう一度、この世界で生き直せるなら――


俺は、野球を選ぶ。



「昨日のジャガーズ、また負けてるやん」

兄がそう言って笑った。


「今年も最下位やろなぁ。もう、監督クビにしたらええのに」


関西ジャガーズ――今でこそ常勝軍団として知られているが、当時はまさに“暗黒期”。シーズン100敗近くを記録し、ファンの期待も薄かった。


俺は黙って、テレビに見入った。

選手の名前、打率、フォーム――全部、未来の記憶と一致する。

俺だけが知っている未来の活躍、球団の改革、トレード、ドラフト。


「……そうか。全部、知ってるんだ、俺」


箸を止めて、ふと自分の手を見た。

細くて小さい手。けれど、この手は、これから未来を変えられるかもしれない。


一度目の人生では選ばなかった道。

それでも、本当はずっと夢見ていた道。

野球選手になる――それが、俺の本当の夢だった。


部屋に戻って、小学生向けの勉強ドリルを前にしながら、頭の中で計画を練る。

まず、俺の武器は何か? それは「知識」だ。

未来のトレーニング理論、スポーツ科学、栄養学、さらにはプロ野球の選手名や進路、ドラフト情報まで、すべて覚えている。


問題は、この体。小学生の今の身体では、何もできない。

しかも、一度目の人生では最終的に166センチまでしか伸びなかった。

当時の自分なら、体格を理由に諦めていただろう。


でも今は違う。

未来の世界では、身長168センチでメジャーリーグMVPを獲った選手がいることを、俺は知っている。

その男は、メジャーのパワーヒッターたちを相手に、二塁手として首位打者や盗塁王を獲り、ゴールデングラブ賞まで手にした、まさに“走・攻・守”の天才だ。


身長なんて、言い訳にならない。

しかも今の俺には、栄養学の知識がある。

骨の成長期にカルシウムやビタミンD、マグネシウムを意識的に摂ること。

睡眠の質が成長ホルモンの分泌に影響すること。

血糖値を急激に上げず、吸収効率のいいタイミングでタンパク質を摂ること。

――そうした基本すら、昭和の時代には誰も知らなかった。


身体能力だって同じだ。

ただがむしゃらに走るのではなく、子どものうちに“動きの型”を整えるコーディネーショントレーニングや、関節可動域を広げるストレッチ。

その重要性も、今ならわかる。

「やり方」さえ間違えなければ、俺はこの体を最適な形に育てられる。


「まずは……体幹トレーニングから、やな」


そう呟いて、まっさらのノートを取り出す。

覚えている限りの知識を、ひとつひとつ書き殴っていく。


ページを進めるたびに、俺の中に確信が強まっていく。

これは、もう二度と後悔しないための、

“本気の挑戦”なんだと――。

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