日本シリーズ第4戦
甲子園の空は、どこまでも高く澄み渡っていた。
だが、関西ジャガーズにとって、その青空はどこか遠く感じられた。
前日、かつての仲間・湯船敏朗に完封負けを喫したジャガーズは、今シリーズ2連敗。
甲子園で2連勝のライダースが、ついに王手をかけるかという第4戦。
ジャガーズの先発は、サイド気味のフォームから丁寧にコースを突く右腕・河尻哲郎。
対するは、ライダースの将来を背負う高卒2年目の逸材・岩熊久志。
初回、甲子園がどよめいた。
ワンアウト二塁、打席には京阪ライダースの3番、T・ローズ。
河尻の初球――外角低め、わずかに浮いたスライダー。
その瞬間、ローズの身体が動いた。
「行った……!」
打球は一直線にレフトスタンドへ。
スタジアムに歓声が炸裂する。ツーランホームラン。あっという間に、0-2。
一塁側のジャガーズベンチに、わずかな動揺が走る。
初戦で封じた外のスライダー――それが、今では狙い球になっていた。
そして4回表。
今度は仲村紀洋。カウント1-1からのインハイストレート。
フルスイングで叩き込まれた。
レフトスタンド上段、完全な一撃。
点差は0-4。
ジャガーズナインが顔を見合わせる。
捕手・矢乃も、マスクの奥で歯を食いしばっていた。
(ローズも仲村も……明らかに“決まった時”しか振ってへん)
まだそれは、ぼんやりとした違和感だった。
だが、矢乃は確かに感じ取っていた。
“バットを振る条件”が、彼らにはある。
その条件が整わなければ、スイングしない。
逆に――整った瞬間は、確実に仕留めにくる。
試合はそのまま、重苦しく進む。
6回、新城剛志が右中間を破るツーベースで反撃の狼煙を上げるも、後続が倒れ、得点ならず。
ベンチ前、新城が吐き捨てるように呟いた。
「くそっ……あと一本が出ぇへん……」
岩熊久志の投球は、数字以上に重く、巧みだった。
伸びのあるストレート、空振りを誘うフォーク、そして抜いたスライダー。
すべてが、今のジャガーズ打線の“逆”を突いていた。
そして迎えた9回裏。
0-4のまま、マウンドにはライダースの守護神――大津賀晶文。
鋭く落ちる縦スライダーが、まるで消えるようにミットへと吸い込まれる。
最後の打者、矢乃。
1ボール2ストライクからのスライダー。
空を切るバット。甲子園が、大きく沸いた。
試合終了。スコアは0-4。
ジャガーズ、まさかの甲子園三連敗。
通算1勝3敗――日本一へ、あとがない崖っぷち。
しかし、その夜。
ロッカールームで、誰も下を向いていなかった。
矢乃は、スコアブックとにらめっこしながら、ぽつりと口を開いた。
「ローズと仲村……スイングする場面、全部条件が揃ってる。ボール球でも、見極めてるっていうより――“決まった場面だけ”振ってきます」
その言葉に、乃村監督が頷く。
「ふむ……“振るスイッチ”があるっちゅうことやな」
矢乃は頷きながら、言葉を続けた。
「たぶん、球種とコース、そして初球か追い込まれた時かどうか……それらが揃った時だけ、スイングする。逆に言えば、そこを外せば打たれへんと思います」
乃村の目が、わずかに細められる。
「なら――次は、そのスイッチを切りにいこうか」
沈黙の中、誰かが立ち上がる音がした。
新城が、壁に掛けられたユニフォームをじっと見つめている。
「明日は、やるで。ここで終われるか。俺ら、ここまで積み上げてきたんや」
負けた。それでも、希望は消えていない。
次戦――第5戦。
ジャガーズの反撃が、ここから始まる。




