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再戦

誕生日パーティーから日々は静かに流れ――

ついに、スゥエードが旅立つ日がやってきた。

玄関の前に立つ彼女は、身軽そうな革のポーチを腰に下げ、どこか清々しい表情をしていた。

背筋は伸びて、視線はまっすぐ。彼女らしい旅立ちの姿だ。


「スゥエード、今までありがとう。……私の娘を見てくれてたこと、国には“安心してほしい”って伝えてくれるように頼むよ」


スーさんがやや堅めの口調でそう言うと、スゥエードは気怠げに片手を上げて応えた。


「任せとけって。……あいつ、元気にやってるってな」


その隣でエイトさんが、少し寂しそうに微笑みながら声をかける。


「スゥエードちゃん、元気でね。あんまり偏ったものばかり食べないで、ちゃんと健康的に暮らすのよ?」


その言葉に、スゥエードは小さく眉をひそめた。


「ああ、ああ……わかったよ。全く、楽しく過ごせた分、割の良い仕事だったぜ」


そして少しだけ唇を尖らせて続ける。


「それとな、エイト。俺のこと、いつまでも子供扱いするのはそろそろやめてくれ」


その言い方はどこか拗ねていて、それがまたスゥエードらしくて、皆の口元に自然と笑みが浮かんだ。

別れのときになっても、スゥエードは相変わらずだった。

あっけらかんとしていて、笑っていて――まるで明日また会えるような顔で。


「……アース。お前の覚悟は、しかと受け取った。任せておけ」


彼女はそう言って、力強くアースに拳を突き出した。

アースも戸惑いながらも、それにそっと拳を合わせる。

そして、スゥエードは俺の方を振り向いて、にやりと笑った。


「というわけで、途中まで付き添ってくれや、弟子よ!」


そう言うなり、俺の手をがしっと掴み、ちぎれそうな勢いで振りまくる。


「……な、何で俺が?」

「いや、弟子も寂しいだろう!良いじゃあないか」


なんだい、この人、意外とこう見えて俺と別れるのが寂しいのかもしれない。

こういうところ、意外と可愛いかもしれない


「……分かりましたよ。行きますって」


俺はため息混じりにそう答えた。

けれどその胸の奥には、ほんの少しだけ、暖かいものが広がっていた。

何、俺だってちょっとばかし、寂しいんだ。

そんな別れの空気の中、以外にも人一倍悲しんで涙ぐんでるように見えるのはアースだった。


「なぁ、どうしたのアース。そんなにスゥエードさんと別れるのが寂しいのか?」


そう声をかけると、アースはビクリと肩を震わせ、顔を伏せた。

そして、俺の言葉に反応するように、さらに悲しそうな表情を浮かべた。


「……う、うん。もうしばらく会えないって思うと……すごく、悲しくて……」


か細い声でそう言いながら、彼女は無理に笑おうとする。

だけど、その顔は引きつっていて――それが余計に、彼女の寂しさを物語っていた。


「なに、大丈夫だよ。どうせまた、そのうち会えるさ」


俺はできるだけ明るく言ってみせた。


「……うん。そうだね」


アースは少しだけうなずき、今度はちゃんと、笑おうとして笑った。

少しだけ、平静を取り戻してくれたみたいだ。


「ほらっ、行くぞディリー!」


スゥエードの明るい声が、空気を一気に切り替える。


「アースもそんな湿っぽい顔すんなって。またすぐ会えるさ!」


俺たちのやり取りなんて気にも留めず、彼女はいつも通りの調子でズカズカと話に割って入ってくる。

それが、なんだか逆にありがたかった。


「……分かりましたよ、師匠。行きましょうか」


そう返して、俺はゆっくりと玄関を出る。

その背後から、アースの声が追いかけてきた。


「――じゃあね!」


見送るアースたちの顔は、なぜか俺にも向いている気がした。



山道を下る。

しばらく降りてスー家が見えなくなった頃、

風がとても心地よく拭き、スウェードの髪を揺らした。

スウェードの髪は、その剛気な性格と違いとても艶やかだ。


「それにしても師匠、こうやって道を歩いて次の場所に向かうんですか?報告も必要ですし、大変でしょう?」

「ははっ、確かにその通りだ。だが、私の能力は空間の入れ替え。マーキングさえあれば、自分が行った場所はすぐに行けるのさ、魔力を凄く使うから連発はできないけどな」

「なるほど……じゃあ何でこうやって歩いてるんですか?」


先を歩いていたスゥエードが、俺の問いかけにぴたりと足を止めた。

そして、くるりと振り返り、ニヤリと笑う。


「それはだな、お前を剣の聖地に連れて行きたいからだ」

「また、それですか。……俺はついて行きませんよ」

「なに、断ろうが無理やり連れて行こう。私も我慢しようとしたが……お前みたいな逸材は置いてけん!お前は剣大会に出るべきだ!」


そうして、彼女は剣を抜いた。


「じょ、冗談ですよね?」

「冗談ではない!」


そう言って剣を振りかぶった。


「さあ、お前も構えろ!私に勝ったら、ここに残れ!負けたら、無理やり連れて行こう!」


……前もこう言うやり取りをした様な気がする。

本当にこの人は大雑把で、ゴリ押してくる。一筋縄じゃ行かない人だ。


「分かりましたよ……俺が半年前の俺だとは思わないで下さい!」


俺も剣を構える。

そう俺は半年前の俺とは違う。

単に剣技を身につけただけではない。

俺の恋愛戦闘力は25000まで上昇していた。

これもすべて、こちらの世界でスーさんの家で過ごしたあの暖かい時間のおかげだ。

身につけた能力は二つ。

一つ目は、《愛のブレスレット ヒルディス》

これは、俺の恋愛戦闘力が高くなればなるほど、魔力が増え、より身体能力が上がると言うもの。

単純な強化で非常に使いやすい。

魔力を体に込める方法も身につけたため、単純なパワーアップである。

目の前で、スゥエードの姿がふっと揺らぐ。

次の瞬間には、彼女の姿が残像と化し――完全に視界から消えていた。


「ッ――!」


気づいた時には、右上から斬撃が迫っていた。

鋭く、速い。まるで、閃光。

いや、もはや音よりも早い一閃――それが、師匠の剣だった。

俺は咄嗟に身をひねり、軌道をずらす。

刃が掠める寸前、手元で受け流し、すかさず反撃に転じる。


「――根!」


カウンター、振り下ろし。

それらすべての起点であり、終点。

シグル流の技術体系における“基本”にして“極意”。

その精髄たる技こそが、この「根」だ。

……しかし、俺の根に対して、さらなるカウンターが俺を襲う。


「――枝」


その一言と共に、スゥエードの剣が乱れ咲くように舞った。

一本、また一本。まるで樹の枝が四方八方に伸びるかのように、無数の斬撃が俺を包囲する。

だが、それは殺しの一撃ではない。

あくまで“牽制”――相手の動きを制限し、次の一手を誘導するための布石。

シグル流の中でも、攻防の呼吸を制する技巧だ。

俺はすかさず一歩、距離を取って回避する。

牽制といっても、師匠のそれはもはやその無数の一手一手が必殺の威力を持つ。

刃が風を裂く音だけが耳元をかすめ、皮膚にひやりとした感触を残していく。


「……はぁ、はぁ……さすがです、師匠! さっきまでの打ち合いとは比べ物にならない速さだ!」


息を整えながら、俺は叫んだ。

けれど、どこか高揚している自分に気づく。

これが“本気”の剣戟。まるで稽古とは違う、研ぎ澄まされた緊張と興奮。


「ふっ、これに耐えてくるとは……驚いたぞ」


スゥエードは満足げに笑い、剣先を軽く揺らす。


「やはり、お前は着いてくるべきだ。」


本気で、俺を連れて行こうとしている。

それが、言葉じゃなく剣から伝わってきた。

……確かに、楽しい。

息が切れて、腕が痺れてもなお、楽しいと思える。

けれど――

この勝負だけは、負けるわけにはいかない。

スゥエードが再び剣を構え、俺を真正面から捉える。

その気配には一切の揺らぎがない。――次は、決めにくる。

だが、こちらも奥の手を隠したままでは終われない。

俺は、ついにその力を解放した。

――《愛のピアス トリエル》。

それは、魔力を込めることで発動する特異な能力。

愛という曖昧にして根源的な感情と“万物の意志”を繋ぎ、触れ合う力。

ただし、使いこなすには膨大な集中と感受性を要する。

だが――今なら、いける。

耳元に灯るピアスがほのかに輝き、世界の気配が変わる。

スゥエードの心の動きが、波紋のように胸に響いてきた。

……見えた。

俺は余裕を持ってスウェードの剣を避ける。

「なっ……!」

スゥエードが一瞬、目を見開く。

その一瞬の意識の揺れを逃さず、俺は剣を投げた。

狙いは“踏み込みの起点”――スゥエードの足元。

その動きを封じた瞬間、俺は迷いなく駆け出す。

片手に握ったのは、小さな戦闘用ナイフ。

予備動作なしで踏み込み、刃を振るう。

愛の剣――この魔剣は、意志ひとつで二振りにまで分裂し、形状も自在に変えられ、投げた剣を再び手に生み出すこともできる。

そして俺のナイフ術は、アフリカのあの地獄の戦いで研ぎ澄まされたもの。

……本気で戦う、その時のためにだけにスゥエードに隠していた切り札だ。

姿勢を低く、地を這うように一気に間合いを詰める。

踏み込んだ瞬間、重心をずらして足払い――避けようと跳ねたスゥエードの懐に、すかさず斬撃を滑り込ませる。

距離を取られそうになれば、躊躇なくナイフを投擲。

そのナイフを振り払ったり避けようとしたら、、二刀に分かれた愛の剣でもう一歩深く斬り込む。

避ける。カウンターする。投げる。距離を詰める。

先読みとシグル流、俺のCQC――そのすべてを一つの連続した動作に溶け込ませ、 相手の選択肢を徹底的に削ぎ落としていく。

スゥエードは俺の戦い方が一変したことを悟り、必死に対応を切り替える。

だが、その変化すら読みの中。

こちらの刃は、わずかな躊躇も許さず彼女の守りの隙間に食い込もうとしていた。

行ける――。

今、確実に俺が押している!

そして、こちらの読みが完全に上回り、ガラ空きになったスウェードの懐に斬り下ろそうとしたとき、スゥエードの姿が目の前から消えた。

……瞬間移動

スゥエードの空間転移によるもの、だと言うのはついさっき分かったことだ。

普通なら対応できないだろう。

だが、意志を読み取れば、先読みして……

「ここだ!」

俺は渾身の力を込めて切り下ろした。

――だが、その一瞬の優勢は、あっけなく終わる。


「シグル流・奥義――《蛇》」


先読みしたはずの一閃は、ぬるりとした不可解な抵抗を受け、軌道をわずかに外される。


「なっ――!」


驚愕の声を上げるより早く、しなるような銀閃が首元へ吸い込まれた。

まるで蛇が獲物を締め上げるかのように、スゥエードの剣は流麗な移動線を描いて、俺の急所へぴたりと刃を当てる。

やられた。――そう思った。


だが、振り下ろされたはずの剣は、俺の目前でぴたりと止まった。


「ど、どうしたんですか師匠……一思いにやっちゃってくださいよ」


思わずそう声をかけるが、スゥエードは俺ではなく、何か別の方向をじっと見つめていた。


「……おい、スーの家の方……あれ、なんか光ってないか? それに、あの紋章……」


その声に促されるように振り返ると、視線の先にあったのは――青白い光。

スーさんとアースの家が、まるで結界のような紋章に包まれていた。

それは空から降り注ぐ光柱のようにも見え、不思議と威圧感はなく、むしろ神聖で、幻想的な雰囲気すら漂わせていた。

まるで、天から何かが降りてきているような……そんな光景だった。

それを見たスゥエードは、一瞬だけ逡巡した――そして、すぐに駆け出した。


「……マズい。行くぞ、ディリー! 説明は後だ!」


「わ、分かりました!」


状況も理由もわからない。

でも、スゥエードの声が、いつになく真剣だった。

俺は問いかけるよりも先に、地面を蹴って彼女の後を追った。

あの青白い光のもとへ――アースの家へ向かって。


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