記憶とサプライズ
火薬の匂いがする。
真っ白な――どこまでも白く塗り潰された空間に、俺はひとり立っていた。
視界の果てまで続くその場所には、音もなく、ただ静寂と違和感だけが漂っている。
背景は徐々に明瞭となり、白く塗りつぶされた空間はかつて俺がいた村となった。
遠くを見渡すと、そこには無数の人々が、まるでモノのように無造作に縛りつけられていた。
その姿は人間というより、“処理されるべき対象”として並べられているようにすら見えた。
俺のすぐ隣には、大人たちが数人。
彼らは黙って銃を構え、冷たい目でこちらを見ている。
その視線の先――つまり、俺に――明確な“期待”が込められているのがわかった。
そんな彼らを、俺は――どこか高揚した気分で見つめていた。
火薬の匂いが鼻にこびりつく。
理由はわからない。ただ、ぼんやりとして、体中が熱を帯びる。
ふと、視線を落とすと――俺の手には、いつの間にか一丁の銃が握られていた。
「撃て。あいつらは我々の敵だ」
誰かがそう命じた。
機械のように、俺の指は引き金へと向かっていく。
そして、照準が合う。
縛られた人々の顔――その表情が、はっきりと見えた。
悲しみ。嘆き。苦しみ――
それだけじゃない。
俺を見つめるその目は、確かに俺に“縋っていた”。
叫びも届かないこの空間で、彼らは沈黙のまま俺に助けを求めていた。
だが、俺はそんな彼らに銃口を突きつける。
そして、俺の心に凍えるような違和感が走った。
……父だった。
……母だった。
……妹だった。
そして、友達だった。
――なのに。
俺は眉ひとつ動かさず、ゆっくりとトリガーに指を掛ける。
一発。
二発。
三発――
響く銃声のたびに、命が崩れ落ちていく。
血の飛沫とともに、愛したはずの人たちが次々と沈黙していく。
けれど、俺の心は不思議なほどに静かだった。
何も感じない。
胸の奥は空っぽのまま、波紋ひとつ生まれなかった。
そして、倒れ伏した彼らを一瞥すると――
俺は背を向け、何事もなかったかのように、その場を去った。
まるで、自分のすべてを置き去りにするかのように。
そんな静寂を、大人たちの拍手だけが埋めていく。
「はっ……!」
息を呑んで、俺は跳ね起きた。
寝汗が背中を伝い、心臓が喉までせり上がる。
肺が過呼吸のように勝手に動き、まるで自分の身体じゃないような違和感に包まれていた。
「……今のは……俺の、記憶……?」
夢――いや、ただの夢として片付けるには、あまりにも鮮明だった。
音も、匂いも、引き金の感触までも……まるで、昨日の出来事のように脳裏に焼きついている。
あの村。
縛られた人々。
そして、俺の手にあった――銃。
ずっと、俺には家族も友達もいないと思っていた。
過去が空白であることに、どこかで納得していた。
けれど、もしそれが――違ったとしたら。
俺が――
俺自身が、彼らを――。
「……まさか、俺が……殺した……?」
ぞわり、と背筋を冷たいものが這い上がる。
夢の余韻が消えないまま、俺はただ、震える指先を見つめていた。
異世界に来てから半年。
――あれから、同じ夢を何度も見た。
繰り返し、繰り返し、俺の脳裏に焼きついた光景が再生される。
そのたびに、俺の中の“空白”が少しずつ埋まっていく。
そして俺は、ついにすべてを思い出してしまった。
……そうだ。
俺が……俺自身が――
あの村で、大切だった人たちを、この手で殺したんだ。
家族も、友も、笑い合っていた日々さえも。
全部――俺が、終わらせた。
あのときからだ。
俺は人を殺すためだけの“機械”になってしまった。
感情も、記憶も、痛みも曖昧になって。
何もかも、鈍く、遠くなっていった。
そしてただひたすらに戦っていた。
――でも、どうしてこんな大事なことを忘れていた?
都合よく記憶を失った?
逃げたかっただけ?
……いや、違う。何かが、俺の中からそれを“奪った”。
思い当たるのは――あの火薬。
大人たちがくれた、妙に甘ったるい匂いのする、それ。
確かにあれを嗅ぐと、意識がふわふわして、心が軽くなった。
頭の奥がぼやけて、現実の輪郭が崩れていく、そんな感覚。
だから俺は、それにすがるように、それを“吸って”いた。
でも――
それだけじゃない。
もっと根深い何かがある。
あれはただの“麻酔”に過ぎない。
俺の意識を奪った何かが、まだある気がする。
「……ね、ねえ! ディリー、ねえってば!」
その声が、霧の中にいた俺を現実へ引き戻した。
気がつけば、スプーンをスープに浸したまま、手が止まっていた。
アースが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
その瞳は、まるで今にも泣き出しそうなほどに不安を滲ませていた。
「ねえ、どうしたの……ディリー。最近、ボーッとしてることが多いし……つらそうな顔、してるよ」
その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。
彼女は気づいていた。俺が、心の奥で何かを抱えていることに。
「そうですよ、ディリー君」
スーさんも声を重ねてくる。その顔は心配の気持ちに満ちていた。
「何かあったんですか?……もしかして、記憶の断片でも思い出したんじゃないですか」
胸の内で、小さな波紋が広がった。
……それは、言うべきじゃない気がした。
口にしてしまえば、この穏やかな日常が壊れてしまう。
今だけは、この温かな時間を守りたかった。だから――俺は、言えなかった。
「い、いや……なんでもないよ。確かに、何かを思い出しそうになることはあるけど……でも、それだけなんだ。ちょっと、ぼーっとなっちゃうだけで」
「そう……なら、よかったあ」
アースは少し安心したように微笑んだ。
「でもね、もし何かあったら、絶対に言ってね?ディリー君は、もううちの子みたいなものなんだから」
そう言って、やさしく声をかけてくれたのは――エイトさんだった。
いつも柔らかくて、包み込むようなその声は、不安に揺れていた心の奥に、ほんの少しだけ温もりを灯してくれる。
俺が子供か……何か、新鮮な感覚だ。
「ありがとう、エイトさん……本当に何でもないんだ」
俺はそう答え、そして急いで食べ終え、食器を持って立ち上がった。
「おい、急いで食べるのは行儀良くねえぞ!」
そう注意するスゥエードの声を無視して、食器を片付け、一人外に出て、森の中を歩く。
森の木々を見つめながら、さっきの夢と、かすかに蘇った記憶を反芻する。
……俺が“殺人マシーン”だったのは、本当に俺のせいだったんだろうか。
もしかして――
あれは、大人たちが仕組んだことだったのかもしれない。
そう言われると、家族たちを撃つ前に、何かを頭に付けられるとか、そう言うことをされていた気がする。
火薬のせいだけじゃないんだ。
確かに、作戦待機中も、よくわからない機械をつけていた。
今の俺の頭には、その機械はない。
俺が“やり直せる”って、そう思えたのは……この世界に来てからだ。
何だか、この世界に来てから、人並みの感情を取り戻せている気がする。
もしかして、何かこちらの世界に来るときに、俺は変わったんだろうか。
「何だ、やっと気が付いたのかのう、お主がこちらに来るときにワシが、空っぽのお前に愛を与えたのじゃ。ついでに、お主の頭についていた醜悪な機械は取り外しておいたぞ」
いつの間にか横に立っているヴァナが俺に向かってそういう。
「愛?空っぽ?つまり俺にはそれが無かったのか?」
「その通りじゃ。お主はまるでそれがほぼ欠如していた。人間なら持ってるはずなんじゃが……あの機械がお主からそれを奪っていた様じゃの」
そういう彼女の顔は憐みに満ちていた。なるほど、俺は本当に殺人マシーンだったんだ。
大人たちに組み立てられた殺人マシーン。
過去の俺を思い返して、やっとわかった気がする。
文字通り、スイッチを入れれば、俺はどんな作戦で、どんな人間でも確実に実行していた。
人をいくら殺しても、特に何とも思わず、淡々と殺していた。
それがどれほどむごいことか、思い返すたびに、思考にこびりついて離れない。
焼け焦げた人体、削ぎ落された細い手足、可愛いピンクの唇が、何か言いたげに空いている。
それは、土に埋まったアースと同じくらいの女児だった。
「ウェェ」
俺はたまらず吐いてしまった。
どれほど悔やんでも、人々の亡骸は俺を離してくれそうになかった。
顔のない死体や腕がない死体、体のどこかが欠損しているそれが、俺を何処までも引っ張っている気がして、とても気分が悪い。
なんとか深呼吸をすることで、気を静め、俺はスーさんの家に戻った。
それから――いつも通り、修行をした。
ただ、今日は少しだけ違っていた。
アースの姿が見当たらない。
いつもなら、元気に駆け寄ってきては無駄話をしながら隣で素振りしているのに。
……ついに飽きたか?
まあ、仕方ない。修行が始まってから、もう半年も経つんだ。
根気よく付き合ってくれた方だろう。
そんなことを考えていると、目の前でスゥエードが構えを取った。
油断している暇など、ない。
「なあ、弟子よ。お前が何を隠してるのかは知らんが……」
そう言いながら、彼女は鋭く剣を振り下ろしてくる。
俺はすかさずカウンターを合わせ、彼女の下半身の隙を狙って斬り上げる。
だが――彼女は笑いながら、その一撃をひらりと避けた。
まるで舞うように。しなやかに、美しく。
「そんな悲しい顔してると、周りまで悲しくなるぞ。……今日くらいは、せめて楽しめ」
飄々とした声に、俺の動きが一瞬だけ止まった。
「す、すみません……俺、そんなに悲しそうな顔してましたか?」
「うーん? すげー変な顔してたな。……ま、いつも通りか!」
スゥエードは、豪快に笑いながら肩をすくめた。
その笑い声が、思いのほか心地よくて、俺の中の重たい何かを少しだけ溶かしてくれた気がした。
「……なんだよ、それ」
俺は思わず苦笑した。自然と、肩の力が抜けていくのが分かった。
「そうそう、今みたいな顔がちょうどいいんだよ。いつも眉間にシワ寄せてたら、しわくちゃのジジイになるぞ?」
スゥエードは剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「スゥエードさんって、意外と優しいですよね」
ぽろりと出た俺の言葉に、彼女は一瞬きょとんとしたあと、顔をしかめてそっぽを向いた。
「な、何だよ、今さら。バカにしてんのか?」
そう言いながらも、耳の先がほんのり赤い。
「いや、本気で言ってますよ」
俺はまっすぐにそう答えた。
「訓練も厳しいけど、ちゃんと見てくれてて……俺が崩れそうな時は、ちゃんと引き戻してくれる、そんな気がします」
「……あーもう、そういうのやめろって。照れるだろ。まあ、無理はするなよ。お前は俺の弟子なんだから」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
スゥエードは不器用だけど、ちゃんと見てくれてる。気にしてくれてる。
その優しさが、まるで夜の月のように、心に染みわたっていった。
「……はい、わかりました。ありがとうございます、師匠」
「……お、おう。素直かよ。……ま、それも悪くねぇか」
彼女はそう言って、照れ隠しのようにもう一度剣を振った。
それが風を切る音は、どこかいつもより軽やかだった。
スゥエードとの修行を終え、俺は家へと戻る。
と言っても、途中から型の練習だけ命じてどこかに行ってしまったけど。
何故か「家には終えるまで戻るな」と念を押されたけど何だったのだろう。
研究施設の前を通りがかるが、そこにはスーさんとエイトさんはいなかった。
いつもはそこら中から機械の音がするが、今日は静かだ。
お休みか何かなんだろうか?
家のドアを開け、足を踏み入れる。
誰かがいるだろうという思惑に反して、室内は真っ暗で灯りがほとんど無い感じだ。
……誰もいないのか?
そう思いかけたその時――
「ディリーおかえり!こっちに来て!」
それは、アースの声だった。
どうやら客室の方にいるようだ。
何やら俺に用があるらしい。部屋を暗くしているのは、何か実験なのだろうか?
そういえば、前もそういうことがあって、アースにびっくりさせられたことがある。
俺は、言われた通りに客室に向かい、ドアを開ける。
「「「誕生日おめでとう!!」」」
――耳に飛び込んできたのは、元気いっぱいの声。
同時に、視界が一瞬、まばゆい光に包まれた。
部屋の中には、虹色にきらめく光の球――
まるでシャボン玉のように、ゆらゆらと宙を漂っている。
赤、青、金、緑……その光が天井を優しく照らし、部屋全体が魔法に包まれたかのような幻想的な空間に変わっていた。
中央のテーブルには、見たこともないほど豪華な料理がずらりと並び、
その周りには、スーさんも、エイトさんも、スゥエードまでもが椅子に腰かけ、笑顔でこちらを見ていた。
そして、アースは両手を広げながら、満面の笑みで言った。
「サプライズ、成功ーっ!」
俺は何が何だかわからず、呆然としていると、アースが俺のその様子を見て嬉しそうに笑った。
「ほら!ディリー早く座って!みんな待ってるんだから!」
俺はその声にハッとして、空いている椅子に座る。
「……アース、これってどういうこと?」
俺は訳も分からず、ただ率直にアースにそう聞いた。
「見ての通り、ディリーの誕生日パーティーだよ!前に今日が誕生日って言ってたじゃん!」
…そういえば、少し前にアースに聞かれてそう答えた気がする。
正直、大体の年齢さえ答えられれば生きていて問題無かったし、誕生日のことなんて覚えていないから、適当に答えたんだけど。
なるほど、このためだったのか。誕生日パーティーなんて初めてだ。
胸の奥がじんわりと熱くなって、うまく言葉が出てこなかった。
「じゃあディリーくんも来たことだし食べようか、皆んな、グラスを持って……乾杯!」
スーさんの音頭共に、グラス同士をぶつけ合い、チンという音が鳴る。
料理も、飲み物も――どれも驚くほど美味しかった。
口に入れた瞬間、思わず「うまっ」と声が漏れるほどに、丁寧に作られているのがわかる。
鳥の丸焼きなんて、いつ以来だろうか。外はパリッと香ばしく、中はジューシーで……思わず頬が緩んでしまった。
でも、何より嬉しかったのは――
このご馳走を、アースたちが心を込めて用意してくれたということ。
その気持ちが、何よりも胸に染みる。
食事のあと、アースとスゥエードから、それぞれプレゼントをもらった。
まず、アースが手渡してくれたのは――
青い宝石が中央に飾られた、美しいペンダントだった。
細やかに編まれた緑の紐には、ところどころに違う色の糸が織り込まれていて、自然の息吹を感じさせるような優しさと力強さがあった。
その宝石を見つめていると、不意に――
宙に浮かぶ、あの青い星の姿が脳裏に浮かんだ。
「……ありがとう、アース。すごく綺麗だよ」
そう言うと、アースは照れたように笑いながら、「でしょー?」と胸を張った。
「これはね、魔法効果が込められたペンダントなの。もしディリーが危ない目にあったら守ってくれるんだ。とても魔力を込めたから、良いものが作れたと思う!」
なるほど、これが手作りなのか。アースは器用だな。
それにしても――
ふと、心に浮かんだ疑問が頭から離れず、俺は思わず口にしていた。
「なあ、誕生日パーティーって……毎年こんなふうにやるもんなのか? すごく手が込んでるし、大変だろ?」
俺の問いかけに、アースは一瞬だけ目を丸くし、すぐに顔を赤くして首を横に振った。
「う、ううん! 普段はこんなに盛大にしないよ? ちょっとケーキ食べたり、おめでとうって言うくらいで……」
彼女はもじもじと指をいじりながら、続ける。
「きょ、今日は……ディリーに元気出してほしくて、私がみんなに頼んだの。最近、ディリー元気なさそうだったから……」
……俺が、元気ない?
その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。
確かに――ここ最近はどこか上の空だったかもしれない。
あの夢。あの記憶。思い出すたびに、心の奥がざらついて。
つい、物思いに耽る時間が増えていた。
いつの間にか、アースたちにまで心配をかけていたのか。
「……ごめんな、アース、ありがとう」
そうつぶやくと、アースはふるふると首を振り、柔らかな笑みを浮かべた。
「ううん、謝らなくていいの。……ちゃんと元気でいてくれるだけで、私、嬉しいから」
その一言が、何よりも心に沁みた。
俺は、こんなにも気にかけてくれる人たちに囲まれていたんだ――
そう、改めて気づかされる。
「本当に、こんな凄いパーティーを開いてくれて……元気になれそうだ」
なんだろう、この優しい空間が俺のあの記憶を塗りつぶしてくれている気がする。
じんわりとした暖かさに涙が出た。
「ど、どうして泣いてるの?ディリー大丈夫?」
「ごめん。いや、これは嬉しくて。まるで夢みたいだなって」
暖かな気持ちを思い出させてくれる、本当にアースには感謝したいことばかりだな。
この世界に来て、俺は本当に夢の中にいるみたいだ。
「そう言って貰えると、私も嬉しいよ」
彼女はふにゃっと微笑んだ。その笑顔はとても暖かくて、太陽みたいだ。
スゥエードからはポーチと短剣を貰った。ポーチは皮で出てきていて、異世界の技術か、見た目以上に物が入る造りらしい。
短剣は無骨な感じだが、きらりと光る剣先から切れ味が伝わってくる。
「お前も今後旅に出るかもしれないからな、こういうものは大事だ。魔法が使えなくなったら身を守れるのは実物の剣しかないんだからな」
そういう彼女の言葉には、何か重みを感じる。
「それに私もあと少しでここを去る。だから餞別みたいなもんさ。ありがたく受け取りな」
俺はその急な知らせに驚く。
「な、なんで去るんですか?」
「なに、単純に監視する期間が終わったってだけさ。わたしも忙しいのさ、次は剣の町に赴かなきゃなんだとよ」
そういえばこの人は監視役とかでここにいるんだった。俺はちょっとガッカリした気持ちになる、せっかく何か身についてきた感じがしたからだ。
「おっ、なんだよその悲しそうな顔は。……何ならお前もついてくるか?剣の町は修行するのにはうってつけの場所だぜ」
その提案に俺は少し考える。
確かにこの世界の知らない場所ももっと見てみたい気持ちはある。それに、もっと強くなって、誰かを必ず守れる力が欲しい気もする。
でも、ここの生活はとても暖かくて、ずっとここにいたい。それが正直な気持ちだ。
「いや、おれはここにいるよ」
「そっか。……なら、それでいい。残念だけどな」
スゥエードは軽く笑いながら、ちらりと後ろを振り向いた。
「――そういうことだってさ、アース」
スゥエードが軽く肩をすくめて言う。
振り返ると、いつの間にかアースがすぐ後ろに立っていて、俺たちの会話を聞いていたらしい。
その表情は、どこか複雑だった。
「……ディリー、それで本当にいいの?」
アースは少し俯きながらも、真剣な声で問いかけてくる。
「もっと……いろんな世界を見てみたいって、そう思わない?」
その言葉に、俺はほんの少しだけ考えてから、ゆっくりと首を横に振った。
「俺は……いいんだ。それよりも、アースたちと一緒にいる方が、ずっと大事だから」
そう答えると、アースは一瞬だけ目を見開いて――それから、そっと笑った。
「そ、そう……それは……嬉しいよ。すごく」
でも、その笑みの奥に、ほんの僅かな翳りが見えた気がした。
「……でも、私は」
アースの声が小さくなった。
その瞳は、まっすぐ前を見つめていた。
揺るぎない意志を湛えたその顔に、俺は言葉を失った。
――彼女の中に、何か決意の火が灯っている。
そんな気がした。
[恋愛戦闘力 25000]